「王が動かなければ、配下が着いてきません」
彼女はそう言って、黒の王を一手進ませた
「王だけが先走っても、部下は付いてこないと思うけどね」
白の騎士を移動させ、その場にいたポーンを取る
後一手でチェックメイトだ
「優秀な王は、自らも駒として見れるものです」
彼女の陣から、黒の聖職者が移動してくる
白の騎士が取られ、一気に形勢が逆転する
「む……」
白の王を斜め前に移動させる
それがすでに彼女の計略にはまっていた
彼女はニコリと微笑み、黒の王を進ませる
「ちぇっく・めいと」
どこか子供じみたイントネーションで、彼女は言う
たぶん他の人には区別できないほどの微細な変化
見分けられる事がどこか誇らしくなってくる
「………もう一局」
「負けたらキスしてくれるって言うんなら、良いですよ」
………そう思わなきゃ、やってられない
普通の人にはオオカミの耳と尾が生えていない
そんな事に気付いたのは小学校も2年生に上がった時
TV番組の内容を自分の頭で理解できるようになった時だ
小学校の友達には誰一人生えていなかったし、私に生えているのを気にしてる風もなかった
だからこれが普通だと思っていたけど、どうやら見えていなかっただけらしい
動物が一定以上の年数を生きると不思議な力を得る、というのはよく聞く話だ
私はそうした動物と人間との間に生まれた子供、その子孫らしい
その為か両親に耳や尻尾が生えておらず、姉には生えている
隔世遺伝という奴だろうか?
普通なら何かしらのショックを受けるべきなのだろうが寛容な精神に育ったらしい
別段グレる事もなく、すくすくと育ってきた
はずだ。
と言うのも実は私は「普通」に準ずる評価を受けたことがない
一人称とかを見てわかるとおり、私の性別は女だ
だと言うのに、女性と付き合っていると言う噂が絶えない
何故かと問われれば、私は男だからだ
………okok、まずは落ち着いて聞いてくれお客さん方。って誰のことだ。
嘘みたいな話だが私は女であり男なんだ
しかもそれは別に珍しい事ではない
言っておくが、女装趣味が多いって意味じゃないぞ、決して
『15,6歳迄に女性経験がない男子は、女性になる』という、ふざけた現象の所為だ
「大人気無いですね」
「同い年なんだけど」
隣で彼女……櫻井 しずるがわざとらしく頬を膨らませる
原因はと問えばやはりチェスの結果だろう
ここぞとばかりに本気を出して、見事唇を守り通した
彼女はどうやらそれが不服らしい
(いい娘なんだけどねぇ)
はぁ、と一息
思い返せばしずるとは小学1年からの付き合いになる
今高校2年だから……11年くらいになるのか
老獪な賢狼の血を引いてる所為か、小学1年生の癖に妙に賢しかった私
学校の図書館で『銀河鉄道の夜』を読む程達観していたしずると気が合うのは、必然だったのかもしれない
そして、成長していくにつれて彼女に心が惹かれてしまう事も、また
彼女は10人が10人振り返るような美人だった。ある程度親しい身としては「可愛い」という評価がしっくりくるが見た目の話だ
上質の絹糸のように細い黒髪は腰の辺りまで伸びてさらさらと揺れている
その瞳には自分に確固たる自信を持っていることを表す強く、それでいて柔らかな光が宿っている
周りに諂う事も無理に合わせることもせず、常に自分を自然に保っている
そんな女の子が近くにいて、惚れない男など居ようか?いいや居る訳ない(反語表現)
私、もとい俺こと石田 結城(イシダ ユウキ)(現在は由利(ゆり)もその一人だった
しずると一番親しい男子として、ちょっとした優越感に浸っていたのである
「で、どうするんですか?」
「ん? ……ええと、なんだっけ」
「聞いてなかったんですか? ……その恋文の事ですよ」
「あぁ」
手元の便せんに目を向ける
放課後、げた箱に入れられていたものだ
ピンク色の可愛い封筒にハートマークのシールで封をされていたもので、一目でラブレターの類と分かる
存知のとおり私は今は女であり、このラブレターは男が出すにはキツイ物がある
それもそのはず、この手紙の差出人は女の子だからだ
「丁重にお断りするつもりだよ。変に期待させても悪いからね」
「人気者はつらいですねぇ、『白銀の流星』?」
「ハハハ……お褒めに預かり光栄だよ、『真紅の薔薇』」
白銀のなんたらとか真紅のどーたらっていうのは、私たちのあだ名みたいなものらしい
校内で人気の高い人達は、総じてこんな感じのあだ名で呼ばれている
男子が言うと中学二年生相当の精神年齢にも思えるが……生憎呼ばれることはないだろう
察しの良い人は分かっていると思うが、私の通う学校は女子校と呼ばれるたぐいの所
正真正銘、お嬢様学校だからだ
しずるとの関係が変わったのは、中学3年生の時になる
ある程度の性の知識も身に付き、友人と思っていたしずるを若干「異性」として意識するようになった
私が一人で空回りしてた気もするけど……とりあえずはちょっとギクシャクした関係になった
その所為で色々と一悶着あったりしたけど今は関係ないので、青春の苦い1ページとしてしまっておこう
まぁ、そんなこんなで、しずるに告白をしようと思ったんだ
女体化、という現象に焦っていたのも事実だけど、体目的ではないと言い切れる
確かにそれも理由の一つだったんだけど、一番の理由ではないと信じている
だが悪いのは間か、運か、私か。
そう決心した次の日に私は女体化した
15,6歳といっても殆どは16歳、つまりは高校生になった時に女体化してる事が多い
だから油断していた。迂闊も良いところだ
そんな煮え切らない感情をもてあました私を救ってくれたのは、しずるだった
『勉強を教えてほしいのですが。具体的には理数社英を』
『え?』
何となしに気まずくなった私に、しずるがかけた第一声がそれだ
女体化に対する事も、誕生日なのに祝いの言葉一つかけることなく、勉強教えてくれ、と言った
彼女なりの気遣いなのか、まで考えて妙におかしくなり、思わず吹き出してしまった
その時こう思ったわけだ
しずるの恋人になれなくとも、一番の親友で居ようって
『……ちなみに高校、何処受けるの?』
『聖女です』
『………無理じゃない?』
ちなみにしずるは国語以外の成績は思わず目を瞑りたくなる程だ
この学校に入るために、夏休みや冬休み返上で私が家庭教師として苦労した
……知的なのは雰囲気だけのようで
努力の甲斐あって合格し、無事進級もしたわけだから結果オーライだとは思うけどね
と、私たちの乗っている黒塗りの車が一軒の家の前で停車した
「また明日」
「はい、それでは」
エンジン音を響かせることなく、私を下ろした黒塗りの車は去っていく
しずるの家はとある大手缶詰会社であり、しずるは正真正銘お嬢様となる
ギャリソンだかセバスチャンだかの、万能執事も備えている
人生不公平なようで、バランス取れてるんだねぇ
「リーチしたのは失敗だったね……そのドラ!ロン!ロン!ロォォォォォォォォン!」
「ふふ、こんな事だろうと思いましたよ……貴女が此処にドラの9萬をすり替えるのは、すでに見えていた」
「何?!」
「ふふふ……ツモ!リーチ一発ツモ メンチン平和一通ドラ1! 数え役満の16300点オール!」
家の扉を開けると、そこには阿鼻叫喚の惨状が広がっていた
白を基調とした壁紙を軸にして、自己主張の少ない淡い色合いの家具
大きくはないにしろ庭に面した縁側兼窓から陽の光が差し込んでいる
そしてその景観を潰すように転がる、ユン○ル(栄養ドリンク剤)の空瓶
廃人のように卓を囲む四人の姿を見て、ため息を禁じえない
「………まだやってたんだ」
「んー? 今のでハコ割れだからもうそろそろお開きかなぁ」
じるじるとユンケ○をストローで吸う姉さん
麻雀卓の他の席には、友人の小説家さんとその担当さん。そして狐耳を生やしたお兄さん
小説家さんと担当さんは私や姉さんの尻尾が見える特別な人
狐耳の人は去年辺りから頻繁に見るようになった、正体が狐のお兄さん
非日常のオンパレードだ
週刊誌に売りつけたら売れそうだな。証明できればの話
「水どうぞ」
「あー……ありがとうね、由利ちゃん」
小説家の女性……赤木 藤乃さんに氷水を渡す
徹夜は慣れてそうだけど若干眠そうだ
妙な悲壮感を漂わせながら今の麻雀の負け分を精算している
お金をかけたら犯罪だって言うべきだろうか。まぁいいや
「そうだ、由利ちゃんって聖女だっけ?」
「えぇまぁ、そうですけど」
「じゃあアレもそろそろよね?えーっと、何だっけ……模範……」
「あぁ、模範的留学生ですか」
「そうそうそれそれ」
私の通う学校には、他校と違う部分がいくつかある
その中の一つがこれ
本当はもっと長いんだけど、皆『模範留学生』って呼んでる
留学生、といっても外国からではない
周辺の他校から生活態度や成績が優秀な者を一定期間留学生として受け入れて、他の生徒に見習わせよう、というもの
しかしその時に男子を呼ぶことも多く、殆どの学生はそれに期待している
お嬢様といえども、一人の女の子だから仕方がないと言えば仕方がない
呼ばれる方も男子にしてみれば女の園に合法的に入れるし、結構有名な学校なので拒否する人はほとんどいない
呼ばれるということは模範的とみなされたと言う事で、内申書とかも結構いい具合になるしね
「多分、妹が行くことになるからよろしくね」
「はぁ」
言い終えると、そのまま机に突っ伏した
程なく規則正しい寝息が聞こえてくる
………器用な人だ
「あらあら」
くすりと笑って、姉さんが三人に毛布をかける
その様子を背に、私は二階の自分の部屋へと昇っていく
………姉さんと赤木さんは恋人同士だ
運が悪く赤木さんが女体化してしまったけど、姉さんはそれでもいいと付き合ったらしい
お陰で今では見てる方が恥ずかしいほどのラブラブっぷりだ
(………未練、だな)
恋人が女体化しても、付き合い続けている二人
そんな二人を見ているともしかしたら、と思う事もある
ただ姉さんと私の違いは、告白ができたか出来なかったか
勿論告白しても、玉砕していた可能性が無い訳では……むしろ、そっちの方が有り得る
(もしかしたら、なんて思いだしたらキリがないんだけど)
自嘲気味にため息を漏らしても心境が変わるわけではない
男の時に告白できていたらな、なんて未練が心を占める
襟元の赤いリボンを外し、カラーの部分が青色のセーラー服を脱ぐ
同じく青色のスカートがストンと床に落ち、目の前の姿見に下着姿の少女が映し出される
茶髪、というよりは暗い金色という方が近いストレートの髪の毛
同じ色の耳と尻尾が鏡の中の私にもついている
年齢の割に童顔で、身長もそれほど高くない
狼の血をひいてる所為か運動は得意で、無駄な脂肪が付いていない
薄いピンクの下着に包まれた膨らみもそれほど大きくない
しかし、どこからどう見ても女の子だ
本当、告白だけでも出来ていたらなぁ
「未練がましいなぁ」
気持ちに折り合いをつけるために呟く
鏡の中の女の子も口を動かし、どこか嘲笑的な笑みをしているようにも見える
たぶん私の気のせいなのだろうけど
「………くしゅんっ」
少し長い髪を白いリボンでまとめ上げて、ポニーテールにする
ストレートの髪型よりこっちの方が好きだ
黒地の上着にチェックのスカートに着替えて下に降りる
「あら、お出かけ?」
優雅に紅茶を飲んでいる姉さんが私を見て言った
姉さんの仕事は私立探偵、という奴
動物や霊の類とかからも情報収集できる分、優秀らしい
その体験談とかを赤木さんが小説にするあたり、結構いいコンビなのかもしれない
ただ、眠っている赤木さんを見る姉さんの目には、母性というか慈愛の光みたいなものが宿ってるように見えた
「私が居ないと駄目なんだから」みたいな感じの
そんな“女”の姿を見て、つい訪ねてしまっていた
「姉さんは今、幸せ?」
唐突な質問に少し目を丸くしていた
それもすぐに元に戻り、質問に答えを返してきた
「えぇ、幸せよ。そうね……由利もいつか大切な人が出来て、一緒に居たいって思える人が出来たら判るかもね」
「………勝てないね、姉さんには」
こっちが思ってることはお見通しってことですか
昔からそうだったなぁ
私が尋ねたいことの一歩先を読んで的確に答えを返してくれる
(………ただ、その一緒にいたいってのが難しいんだけどね)
ハァ、と誰にも分らないように溜息をついた
『模範留学生の話を知っているかしら? 』
『えぇ、まぁ。一応有名ですからね』
『それに貴女を推薦する事にしたから』
『は?』
『というかもう推薦しちゃったから。頑張ってね? 桜書記』
『あの、拒否権はないんですか? 音子副会長』
てな会話を生徒会室でしたのが一週間前
名前の通りに以外に猫かぶってる音子さんにゴリ押しされて、模範留学生の話を受けてしまった
「………不安だ」
「まぁまぁ、私も一緒に行くことになるから。ね?」
「断っても良かったんだよ? 犠牲者は私だけで」
「犠牲者って……ほら、私も行ってみたかったし」
涼子ちゃんがフォローを入れてくれるが、どうにも気が進まない
聖女って言ったら隣町の見事な進学校なのよね
他の女子や男子はものすごい羨ましがってたけど……お嬢様がたの中に混ざるなんて晒し者以外の何物でもない
「もっと前向きに考えようよぉ……」
そんなことを涼子ちゃんが呟いた
2年生になっても相変わらず学級委員長さんだ
私はなぜか生徒会の書記に、きつねさんは会計になってるけど
「ん、ここから別々だね」
「うん。約束覚えてる? 桃ちゃん」
「隣町に買い物……だよね? うん、大丈夫」
「じゃ、また後でね」
「また後で」
「……ぐー、すー」
「………」
涼子ちゃんと同じ方向じゃなくて良かったなぁ
なんて、玄関先に倒れている姉さんを見て思った
一昨日『麻雀に行ってくる』と言って出かけたきり連絡もよこさないと思った矢先にこれだ
また徹夜でやってたんだろう。お酒臭くないのが救いだ
「おーい、風邪ひくよー」
「……こくしむそー」
「……ダメだこの人」
『YOU LOSE』
「ん……」
安っぽいホラーフォントでそんな字が浮かび上がる
私は手にした銃型のコントローラーを鏡体に戻す
新作のガンシューティングが出てたからやってみると、意外に難しい
「さて、次は」
隠してても仕方がないが、私はゲームが大好きだ
学校でのイメージからかけ離れているために、高校に上がってからはあまり積極的にやっていないけど
それでもこうやって時々ゲームセンターにやってきている
やるのはもっぱらシューティングや格闘ゲームをやっている
プリクラやUFOキャッチャーなどの証拠が残るものはほとんどやらない
………殆ど、だから時々やるけど
店のロゴが入ったビニールの中に入れた某RPGの敵キャラである水色のス○イムのぬいぐるみを抱えながらをそう言い訳する
大丈夫大丈夫、学校は川を挟んだ向こう側だから滅多に学校の人こっち来ないし
わざわざバスに乗ってまで川渡って来てるんだし
なんて、誰に向かってか判らない言い訳をする
私の住んでる町はそれなりに大きい
上から見ると卵型みたいな形で、その中央を大きな川が流れて町を二分している
その川の支流が街中にも流れており、沢山の小さな堤防が街中を走っている
雨が降ると川の水位が上がって、時々溢れ出すことがある
床上浸水の無いように、大抵の建物は入口に段差やスロープを設けてたりする
今日みたいに雨の上がった次の日は、川の水位が上がってるから近くで遊んでるとちょいと危ない
「助けてー!!」
そうそう、気を抜いてるとこんな助けを呼ぶ声が頻繁に
聞こえてたまるか
心中で一人突っ込みをした後、声のした方向を振り向く
そこは堤防にかけられた小さな橋の上で、小学校低学年ぐらいの男の子が泣いていた
その周りではスーツを着た大人や買い物帰りらしいおばさんとかが集まっていた
無論私もその子の傍へ行くと、説明を聞くまでもなかった
雨の後に水位が上がった川の中に、二人の子供がいた
これまた低学年らしい男の子と女の子
泣き叫んでる男の子の様子を見るに、友達だろう
さてさてどうしたものだろうか
これでも賢狼の血をひく私である
この程度の流れならば泳ぐことなど造作もない
しかしそれが幼子二人を抱えてとなると難しい
下手をすれば共倒れになりかねん
しかしこのまま助けを待っていれば手遅れにもなりかねん
「ええい、ままよ」
小さくつぶやき、ぬいぐるみの入った袋を投げ、橋の欄干に手をかける
すでに橋の下流に流されている二人の子供の上流に落ちるように身を投げた
「桃!?」
同時に聞こえる、悲鳴にも近い声
振り向いてみると、私と同じように橋から飛び込む女学生
同い年ぐらいだろうか
彼女はその目を驚きに見開いている
自分も同じ事をしているのに何を驚いているのだろうか、とも思ったけど、多分私も同じような顔をしてる事だろう
ドッポーン
という音が二つ聞こえる
まぁ、手伝ってくれるのは有難い
正直私一人で二人とも救えるかどうかは分の悪い賭けだから
川の流れに加えて手や足で水をかくにつれてスピードが増し、あっという間に子供たちに追い付く
私が女の子の方を捕まえると、どうやらもう一人も彼女が捕まえたらしい
水中で短く目を合わせると、示し合わせるかのように近いほうの岸に向かって泳ぎだす
片手で子供を押さえて、もう片方で水をかく
二人も持っていたら溺れていたかもしれない
彼女には感謝しなくてはなるまいて
「―――ぷはっ!」
子供を岸に登らせたあと自分もどうにか登ることができた
桃と呼ばれていた彼女の方もどうやら同様にして岸に上って来ていた
「大丈夫?怪我はない?」
「……うん」
女の子は小さく頷いた
必死に涙をこらえているのが可愛かった
「はいはい、もう大丈夫だよ」
「ふぇっ、うぇ、うっ」
もう一人の男の子は少し泣きだしてしまい、桃さんが慰めていた
と其処へ、頭上からタオルがかけられた
「ほら、桃」
「ありがと、涼子ちゃん」
桃さんにも同じようにタオルをかけている。恐らくは友人だろう
その好意をありがたく受け取る事にしよう
「後これ、貴女のですよね?」
「え?あ、ありがとうございます」
涼子、と呼ばれた方の人が、私の放り出したぬいぐるみの袋を持ってきてくれていた
栗色の髪が頬にかかってる感じの、可愛げな人だ
どこか子犬を連想させる
自然と目が涼子さんの頭に向いてる事に気づいて、少し苦笑する
「全く、貴女も無茶する人ですねぇ」
生徒と友達関係の可愛い先生、みたいな感じで涼子さんが呟いた
「まぁ無茶するのを見るのは慣れてるけど……」
これ見よがしに桃さんの方に目を向けた
その目線から逃れるように桃さんが目をそらす
なんだか力関係が分かった気がする
「案外、気が合いそうよね貴女達」
ため息交じりに言われた
私はと言えば苦笑するしかない
視界の隅では、泣いていた男の子が溺れていた二人に話しかけている姿が見えた
いつの間にか連絡が行ったのかそれとも近くにいたのか、母親らしき人が三人、傍にいた
「っと、自己紹介がまだだったわね」
何かに気がついたかのように涼子さんが言う
一応会話の中から名前だけは把握したけど、向こうは知らない訳だからちゃんとした方がいいだろう
「私は涼子。水野 涼子。涼子って呼んでくれていいよ」
「由利です、石田 由利。由利と呼んでください」
屈託のない笑顔で笑う涼子さんは、私が初めて出会うタイプの人間だった……同い年では
学校の皆はなんか「おほほほほ」って感じに笑うから、こういう「ニッコリ」って感じの笑い方は新鮮だった
「ほら、桃ちゃん」
そう促されて、髪を拭いていた桃さんがこちらを向いた
「赤城 桃です。桃って呼んでください」
よろしく、とあいさつを交わして握手をしようとしたところで気づく
赤木?
赤木って確か姉さんの恋人の……
『多分、妹が行くことになるからよろしくね』
藤乃さんのそんな言葉が蘇ってくる
「赤木 藤乃さんの、妹さん?」
「え?なんで姉さんの名前……あ、確か石田って姉さんの……」
どうやら桃さんも何か気付いたらしい
涼子さんだけなんだか分らないって顔をしている
「……とりあえず、よろしく」
「あ、うん、よろしく」
そのあと三人組のお母さんからお礼を言われ、何かお礼を送りたいと言うのを丁重に断った
「その濡れた服、着替えないとね」
涼子さんのその一言で、なんとなくお開きなムードが漂う
しかし私はまだいいとして、桃さんは濡れた服でどうやって帰るんだろう
確か藤乃さんが言うには家は隣町のはずだし
「ん、大丈夫。運転手呼ぶから」
そう言って涼子さんは携帯電話を取り出す
運転手って……彼女も学校の人やしずるみたいにお嬢様なんだろうか
と思いつつ、電話をかける彼女を見つめる
「あ、もしもしお兄ちゃん?」
……お兄ちゃん?
「うん、迎えに来てほしいんだけど。車で」
「いや、服濡れちゃったから。私がじゃないよ、桃ちゃんが」
「え?服の色?……白だけど」
「ちょっと待ちなさい。すごく邪なこと考えてるでしょ」
「………もし不埒な真似したら、本棚の上から二番目の英和辞書のカバーに入ってる本、お母さんにバラす」
「よろしい。じゃ、早く来てね」
通話終了のボタンを押した
何やら不穏な会話をしていた気がする
「これでよし」
女って怖い
満面の笑顔で言う彼女を見て、そう思った
「またね、で良いのかな。こういう場合」
「うーん、多分?」
「そう、それじゃあまたね。学校で会いましょう」
「………えーと、ごきげんよう?でいいのかな?」
「えぇ、ごきげんよう」
時間は少し進むことになる
あの出来事から週末を跨ぐぐらいに時間が過ぎる
その日の私はいつもの様に、しずるの黒塗りの車に乗って登校する
「どうしたんですか?」
「ん?」
「なんだか嬉しそうです」
自分で自覚がなかったが、どうやら微笑みでも浮かべていたらしい
しずるが怪訝な顔をしてこちらを見ている
「新しい出会いって良いもんだよね」
「?」
案の定、もっと怪訝な顔になる
最もしずるの怪訝な顔とは、少しだけ眉根にしわを寄せる程度だが
それでも普段の彼女を知ってる身とすればかなりの変化だ
しかし成績以外は聡明な彼女はすぐに気がついたらしい
「あぁ、留学生の話ですか。由利はそんな事気にしない人だと思ってました」
「そう?」
「えぇ。てっきり男性とかには興味ないものかと」
何気に失礼だ
それにどこか声が不機嫌だ
「やっぱり由利も、彼氏とか欲しいのですか?」
「はい?」
冷たく突き放す言い方で、彼女はそんな事を言い出した
「しずる」
「なんですか」
「留学生って……女の子だよ? 少なくとも2年生は」
「……何で知ってるんですか?」
「私の姉さんの恋人さんの妹さん。ほら、聞いたことあるでしょ」
「あぁ……確か弓道部なんでしたっけ? 初出場でいきなり3位とかいう成績を残した」
「うん、凄いよね……ご教授願いたいものだよ」
しずるの不機嫌はどうにか治ってくれたらしい
にしても、男子に興味を持ってると不機嫌になるのは……なんでだろう
もしかして嫉妬、とか? いや嫉妬する理由がないか
「着きましたよ」
「あ、うん」
黒い鞄を持って車を降りる
私としずるが下りると自然と扉が閉まり、どこかへと走り去って行った
「さ、行きましょうか」
「うん」
教室に入ると、留学生の話で持ちきりだった
基本この学校は転校生などの受け入れが無いため、留学生は格好の話の種だ
特に模範的な生徒となると見た目も良い生徒が多くて、女子校の人にとっては出会いのチャンスでもある
例外と言えば、来るのが女の子と分かっている私としずるぐらいだった
と、会話が先生の登場とともに途切れる。さすがお嬢様と言うべきか
「さて、今日は皆さんも知っての通り、このクラスに新しい生徒がやってきます」
特にもったいつけることなく、先生はその二人を通した
赤木 桃さんと、水野 涼子さん
最初こそ男でなかったことに脱力した空気を感じたが、その空気が数秒もせず立ち直る
すでにその興味は、新しくやってきた二人の生徒に向いていた
「赤木 桃です。限られた期間とは言え皆さんと同じ環境で学んでいける事を光栄に思います」
その落ち着いた挙措に、思わず感心してしまう
この学校に来ていれば、生徒会長に選ばれても恥ずかしくないほど自信に充ち溢れていた
その後涼子さんも同じように挨拶をする
定型文をここまで美しく見せる人、初めて見た
去年来た人は男子だったけど、女子校に来た事に気を取られて自己紹介すら忘れてたし
「それじゃあ席は……由利さんとしずるさんの隣へ」
涼子さんがしずるの隣へ、桃さんが私の隣の席へと来る
足音を立てることない静かな歩き方で、皆の視線を一身に受けている
何やらその周りに華が咲き乱れて見えそうだった
「これからよろしく、由利さん」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
涼子さんもしずるとあいさつを交わしているようだった
前にあった時と比べると若干大人しい。猫かぶりか_
女の人って怖いな、と考えてるのとは別に、気分が高揚した
期日が来たら彼女たちは帰ってしまう
それでも、彼女たちと過ごす学園生活は、ひどく楽しそうに思えた
~続く~
最終更新:2008年07月21日 04:32