「よっ、アネキ」
「うるせー、いい加減にしろ!」
もう文化祭も終わったんだ。一体いつまでそんなあだ名で呼ばれなけりゃいけないんだよ……。
事の起こりは、九月の頭。文化祭で我が一組の出し物が「メイド&執事喫茶」に満場一致(俺含めた数名除く)で決まった時からだ。
はっきり言って、俺は人付き合いが苦手だ。だから今回も料理係になるモンだとばかり思っていた。
「ウェイター?俺が!?」
「モチのロン。よろしく頼むな」
だからこの言葉には耳を疑った。
「いやいやいやいや、無理だって!俺、料理係とかさ……!」
「お前の超絶的破壊的終末的殺人的な料理の腕はみィんな知ってるんだよ」
……何も言い返せなかった。
しかし、本当に大変な事態はこの後にやってきた。
「それ」は文化祭準備日、つまり文化祭の前日の時。
少しくらい前兆があってもいいものだと思う。あまりに突然で理不尽で無味乾燥だ。
いや、正直に言おう。少しだけは「覚悟」していた。「もしかしたら」、「まさか」なんて思っていた。
女体化。
正式名称は忘れた。なにやら長ったらしかった気がする。
優良健康青少年な俺はこの年になっても未経験で、その結果である。
教室の前に飾りを取り付けている最中にぶっ倒れ、保健室で気が付いた時にはもう女だった。
しかし、現実は残酷というか、俺のクラスメイトが薄情なだけかもしれないが、翌日の文化祭にはしっかりと駆りだされた。それも、俺には意外な形で。
文化祭当日、もしかしたら、まさか、俺はメイド服なんて着せられるんじゃないかとビクビクしながら登校した。
準備されていたのは、前日まで俺用に用意されていたウェイター服のままだった。
「え?これって……」
「ん?どこか破れてた?」
「いや、違う。俺、ウェイター?」
「そりゃそうだろ。前日にいきなり衣装変更は無理だって」
「あ、いや、そうだよな」
「なァんだよ?もしかしてアレか?メイド服着たかったのか?」
「ん、んなワケねーだろっ!ばっかやろ!!」
「ムキになるなって。来年着ればいーじゃん」
五発殴ってやった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
何をやってるんだ、俺は。
「紅茶が入りました、お嬢様」
昨日まで男で、昨日から女になって。それでも男の格好をして、女の相手をして……。
なんだか頭が混線しそうだ。というか実際に頭痛がしてきた。
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に客はどんどんやってくる。後から聞いたんだが、どうやら俺目当ての客が半分はいたらしい。
中性的な顔立ちが素敵だとか、一組で見ない顔の転校生が男装してるだとか。
当たり前だ。俺は昨日まで男だったのだ。それに男装じゃねえ。
いや、事実男装なのだが、俺は男装しているつもりは無い。
しかし、俺の意志に関係なく客の増加していく。最初に言ったとおり、俺は人付き合いが苦手なのだ。破滅的に。
そんな俺にしてみれば、この仕事は苦痛でしかない。
自分の外側の問題と、内側の問題の二重苦。
フラストレーションが加速度的に溜まっていっても、仕方ないだろうと思う。
けれど、限界近くまで溜まった俺のストレスは、案外にも早く解消される事となった。
お昼時となり、客の大半が喫茶店のような軽食屋から流れていった頃だった。
ちょうど一息ついていた俺だから聴こえたのだろう。
「カシャ」
ごくごく小さな機械音。ざっと教室内を見回してみる。特に何も異変は無い。
「カシャ」
二度目。どうやら間違いではなさそうだ。
「カシャ」
三度目。
いた。アイツだ。
教室内をズンズンと横切る。何人かが振り向いて俺を見てきたが、どうやら何も分かっていないらしい。やはり、気づいたのは俺だけみたいだ。
一見、何だかマジメそうなヤツだった。オタクの様にも見えないし、変質者になんてとても見えそうにない。
「普通の高校生」、そう、言い表すなら「普通の人」だろう。
友達の高校の文化祭に出かけ、少し小腹が空いたので軽食を取ろうと思い、興味本位と笑い話のネタになるだろうという少しの意地悪さでメイド喫茶などに入り、紅茶とクッキーを頼んだ。
そう説明されれば誰だって信じたろう。俺以外は。
「お客様」
俺の右手は、小型のデジカメを持ったソイツの手首をしっかりと掴んだ。
さっきからの機械音。テーブルの下からコソコソと、メイド達のスカートの中に向けられたカメラ。
「アンタだな」
「なっ……にを言ってんだ…!」
「だからさ、やってただろ?盗撮」
「やってない!やってない!」
溜息。
いくら言い訳したって、もうカメラっていう確かな物証は押さえてあるんだがな。
「違う!やってない!」
でもな、ぶっちゃけて俺は盗撮を注意しに来た訳でも、ましてや言い争いしに来たワケでもないんだ。
「う、うう……違うぞ……僕は…」
教室内の皆が集まってきている。こちらを注視している。
知ったことか。
俺はもう、このストレスを解消したいだけなんだ。
腕を振り上げる。
皆が息を呑むのが分かる。
男が目を見開く。
格闘技なんてやった事は無い。
ただ、思いっきり。
ぶん殴ってやった。
あれからもう一週間も経っている。
あの男だって、こちらが公にしないという約束で学校側には黙っておいてもらった。
その後の店の売れ行きだって上々だった。万事丸く収まったはずだ。
なんの後腐れも残っていない。
はずなのに。
「アネキ、今日の現国だけどさ」
「アネキって言うな!!このヤロオ!!」
「じゃあ、あれか?女子達にならって『お姉さま』って呼ぶか?」
「そっちはもっと却下だっ!!」
アレ以来、女子間での俺の立場は著しく変わった。
変わったと言うか、祭り上げられたと言うか……。
「お姉さま、カラオケ行こうよ?」
「あのなあ、何度も言うけど、その呼び方を……」
「え~?何で?」
「何でって……」
「モテモテだなあ、アネキ」
「うるせえ!!」
女になってから女にモテるって……。
あ、ヤバい。涙が出てきたよ。
今は静かに、学園祭の思い出が風化するのを待つだけだ……。
完
最終更新:2008年07月21日 04:55