『続・学園祭のおもひで』

ようは「慣れ」なんだろう。

慣れてしまえば、どうという事はない。些細な問題である。

しかし、そんな些細な問題こそ、今の俺にとって最大で最難関の最重要課題である。



「おねーさまっ!早く入りなよう」



その上、最悪である。



「いや、あのさ。気持ちは嬉しいというかありがた迷惑なんだけども、ホント、いいから」

「遠慮なんてしなくてイイんだよぉ?ねえ、皆?」



周りに居る女子達が一斉にうなずく。



「だって、もう女の子でしょ?」



そう、それ。それなのだ。俺はもう男じゃあない。女になってしまったのだ。

思い起こせば10月の頭、文化祭を前にして女になってしまって以来、俺の受難は続いているのだ。



「だからさぁ、あんまり意地張らないで」

「そうだよ。たかだか服を着替えるだけでしょ?」



数人の女子が、そうだそうだと輪唱する。



「だあーから!俺はまだ慣れてない。っつってるだろっ!?その……、なんだ、あー……あれだよ……」



女の裸に。



しかし、そんなワガママを言い続けられない事ぐらい分かってる。もうすぐ体育が始まってしまうのだから。こんな、更衣室の前で悩んでいても仕方ない。

女子が全員着替え終わるのを待っているのでは、確実に遅刻する。一回や二回なら平気だが、毎回となると成績に響いてしまうだろう。



「覚悟を決めなってばぁ!」

「そーだよー?」

「うう……、わーったよ!!入ってやる!!」



更衣室のドアから顔を出していた数人が、黄色い声を上げる。何がそんなに面白いんだ?



「よーし、行くぞ。ホントに行くぞ。嘘じゃないぞ。絶対に行く……」

「早くしなって!」





引っ張られた。目に飛び込んできた景色は……、


「うわあっ!」
「何で目、隠してるの?」
「お、お前ら!男の前で無防備すぎ!!見えてるって!!」
「だからもう女でしょ」


いや、ある程度心の準備はしてきましたよ?でもさ…、こりゃヤバいって。肌の露出が高すぎ!下着だって見えてるぞお前ら!なんか…もっと…こう…。


「あー、もうお姉さまカワイすぎ!」
「ほぉら。お姉さまも脱がないと!」
「あ!ちょっと!止めろって!あぅっ」


イジメだ。これはイジメですよ先生?女子が数人がかりで僕の服を脱がせようとしてるんです先生。男だったら興奮したかもしれないけど、もはや恐怖でしかありません先生。


文化祭でのとある事件により、女子達からは「お姉さま」などと呼ばれるハメになっているが、お前ら。ホントに「お姉さま」として俺を見ているのかと問いたい。むしろ「お姉さま」という名前のペットとして扱ってないかお前ら?


「ちょっと…ホント止めろってそれ以上はヤバいって…っ」
「あとちょっとでお姉さまの弱点、みつけられそうだったのになあ」


何やら怖い発言を残しながら、俺の体から離れていく女子達。いやむしろ「剥がれていく」と言った方が正確かも。
とにかく、やっと落ち着いて着替える事が出来る。さっきのゴタゴタの間に、何人かはもう着替え終わっているようだし。とりあえず上着を脱ぐ。
視線。


「きれーい。服着てる時から思ってたけど、お姉さま無駄な肉が全然ないのねー…」
「そうなの…か?」
「ええっ!自覚なし?!」
「じゃあ、もしかしてその胸が女子高生レベルだとかなり大きい方に分類される事にも気づいてないの!?」


知るかよ!ていうかじろじろ見るなよ!それも下着姿で!!
急いで体育着に袖を通す。次はスカートな訳だが……。
視線。痛いほどの視線。


「あの~、とても着替えにくいんだけど…」
「いいから、いいから!早く脱いじゃって下さいな!」
「何がいいんだよ!?」
「あ、お手伝いします?」
「止めてくださいお願いします」


両手をニギニギしながら近づくなよ。


息を吸う。吐く。深呼吸だ、落ち着け俺。
……よし!いくぞ!


「えいっ」


スカートのホックを下ろすや否や、すぐさま脱ぎ捨てる。そして光より速く体育着のズボンに足を入れる……。
入れようとする……。


「あれ?ちくしょっ」


あれだけ落ち着いたはずなのに、足がもつれて全然入らない。どーなってんだ?
その時、背後から気配。お尻に何かの感触。冷たい。


「あ………うっ!!」


のけぞる。更に足がもつれる。視界の急転。衝撃。
……転んでしまった。


「だッ!誰だ今触ったの!!?」


おずおずと手を上げる一人の女子。仕方ない、やって当然と頷くギャラリー。
何だかもう、怒鳴る事も出来ない。やれた事は、精一杯にらみつける事ぐらいだった。なみだ目で。


「そんな事より、いつまでも寝っ転がり続けてたら、また襲っちゃうよ?」


言われてからの俺の動きは、本当に光速に届いていたと思う。


無事だとは口が裂けてもいえないが、着替え終わった俺は、その日のバレーボールで鬼のようにスパイクを打ち続けた。
そしてそれが、俺の「お姉さま」としての地位をより確かにしたのは言うまでも無い。

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最終更新:2008年07月21日 04:55
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