安価『三叉路』

 大事な事ってなんだろう。
 なんて、ちょっとセンチな事を考えてみたりする。
 女になってしまったこと。男だったこと。
 大事なのは、どっち?







「明日は絶対カラオケ行こーねー!」

 遠くで、武田さんが手を振っている。
 力なく手を振り返す俺。

「なんつーか、大人気だな、アネキ」
「その呼び方ヤメロ」
「しかも武田さんなんかに熱烈ラブコールされちゃって」

 今までだったら、前後不覚で舞い上がっていただろう。それくらい武田さんは可愛いのだ。だけど、

「女になった俺に何を言うか」

 10月の文化祭前日に、17歳・童貞という条件を完璧に満たした俺は、女体化してしまったのだ。

「愛に性別の障害なんて」
「それ、本気で言ってる?」
「んー……、少し」

 爆弾発言しやがったコイツ。
 男の時に聞いていたら一目散に逃走しただろうな。

「なあ、西田」
「なんだよ」

 さっきあんな爆弾発言しやがった男だ。少し言うのをためらう。

「う~~~ん」

 悩んでいる内に校門を出ていた。

「早く言わないと、すぐ別れるぞ」

 西田とは途中まで道が同じだから、一緒に下校している。
 だが、所詮は途中まで、だ。モタモタしていると西田の言う通り、言い切らないうちに別れてしまうだろう。
 意を決しなければ。

「なあ、俺って男子の目にはどう映ってるワケ?」
「は?」

 案の定な反応。

「いやさ、主観なんだけど、女子達からすると俺って『最近まで男子だった女子』みたいに見られてるみたいで……」
「あー。確かにね」
「なっ、なんで笑うんだよ」
「まあまあ。それで、男子からは『最近女子になった男子』に見られてるんじゃないか、と」
「そうそう」
「確かにそれはあるね」

 あるのか……。

「俺って……どっちなのかな。男なのか、女なのか」
「決めるのはお前だろーが。周りは勝手に言ってるけど、最後は自分で決める事だぜ?」
「うん……」

 無自覚だったのだろう。
 ただ単純に、「男として生まれたから」。
 自分が男であるなんて、意識した事は無かった。「そんなもんだ」と思っていた。
 そして、周りの皆も、俺と同じぐらいにしか考えて居ないと思っていた。
 違った。
 皆は意識し、自覚し、選択していた。自分が男であること、女であることを。
 それが出来ていなかったからこそ、俺はこの年まで童貞で、あげくに中途半端なヤツになってしまったのだ。
 勝手に楽観視していたんだ。何もしなくて大丈夫だなんて。
 ずっと先延ばしにしてきたんだ、自分で決めることを。
 誰かに選んでもらった道を、何も考えないで歩いてきたんだ。

「なあ、西田は、どっちだと思う?」
「おいおい、俺に決めさすツモリか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「自分で、大事だと思うほうを決めろよ」

 ちょっとクサイ台詞を、スラスラと言いやがって。

「大事なほうか……」

 女になってしまったこと。男だったこと。
 今度は、今までみたいに逃げられない。
 決めなければ。
 誰かじゃなく、俺が。

「あ、お別れだな」
「え?」

 全く気づかなかった。
 いつの間にか、分かれ道に来ていたらしい。
 一方は右へ、一方は左へと続く、三叉路。

「ま、焦る事ねーって。ゆっくり決めな」
「あ……、うん」
「じゃな」

 言い残すと、西田はすたすたと左の道へ行ってしまう。
 俺の家は右の道だ。
 決めなければいけない。
 選ばなければ…………、でも。

「あっ、あのさ!」
「んー?」

 振り返る西田。

「今日、お前んち遊びに行ってもいい?」

 少しばかり、勇気を貸してくれないかな、西田?

「別に。いいぜ」

 今だけだけど、俺は左の道を選んでみた。

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最終更新:2008年07月21日 04:56
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