俺は大丈夫、だなんて思っていた。
そりゃ、童貞だし、もう16歳だ。女体化する条件はバッチリだ。それでも、俺は大丈夫だと……。
なんで、そんな風に思ってしまったんだろう。くそう。
俺の誕生日が、修学旅行とバッチリ重なる事も前々から分かっていた。ああ、分かっていたさ。
でも、でも、帰ってきてからでもいいじゃないか。もしくは、すっかりお風呂の時間が終わってからでも……。
幸い、誰よりも先に俺が気づけたお陰で、間違ってみんなと一緒に男風呂に入る、なんて愚行はしないで済んだんだけれども。
だからと言って、ついさっきまで男だった俺に女風呂に入るなんて荒業は出来るはずもない。そんだけ度胸があったら、とっくに童貞なんか捨ててるっつーんだよ。
仕方ないので、皆が一通り風呂から上がってから入る事にした。
脱衣所に入り、まず周りを眺めてみる。よし、もう人は居ないな。
「!?」
驚いたのは、脱衣所の籠の中に、まだ服が残っていたからだ。
しかし、恐る恐る風呂場を覗いてみても、誰も居ない。恐らくバカな誰かがココで寝巻に着替えたまま忘れて行ったのだろう。ふーう、脅かしやがって。
「あーあ。きっとみんな今頃、部屋で遊びまくってるんだろーなあ……」
ブツブツ呟きながらも、しっかり服を脱いでいく。風呂に入らない、なんて選択肢をハナから捨てさせるほど汗を吸い込んでいる、俺の服。
「ちょっと、昼間ハシャギすぎたな……」
トランクスまでグッショリである。それを脱ぐとき、嫌でもソレが目に付いた。
いや、正確には「目に付かなかった」。
なるべく見ないようにしていたのだが、完璧に現実を突きつけられた。
「俺……、もう男じゃ無いんだな……」
あ、ヤバ。泣きそう。
ちくしょう、弱すぎるぞ俺。
生まれたままの格好、と普通は形容するのだろうが、俺はこんな格好で生まれてきた覚えは無い。とりあえず裸になると、手ぬぐい一枚持って風呂場の扉を開ける。
カラカラと小気味よい音を立てながら開いた扉の先には、20畳ほどの広さを持つ浴場、そして右手にはサウナ、奥の扉の先には露天風呂もあるようだった。もちろんだが誰も居ない。
「おお、かなり豪勢なんじゃないか?」
自分でも現金だとは思うが、さっきまで泣きそうだった暗い気持ちはどこへやら。かなり浮き浮きしてきた。
女体化した直後から、異様な速度で伸び始めた髪――とはいえ、まだショートくらい――と体を洗い、ザブンとお風呂に身を投げる。
「たった一人ってのも、結構イイじゃあないか」
顔のニヤケが体全体に回ったかのように、ひとしきりジタバタしてみる。
それから、泳いでみたり、潜水してみたり、フライングダイブしてみたりと、取り合えず考え付く限りの贅沢をしてみた。
「わははははは!」
もう、最高だ。
「あ、そだ」
視線を転じてみると、その先には露天風呂。これは入ってさしあげないと、露天風呂の神様がお怒りになられるだろう。
露天風呂へ通じる扉を開けると、一気に肌寒い風が吹き抜けてきた。
「うわっ、寒う!!」
急いで露天風呂に浸かる。
「あったけーえ!」
体の芯から温められる、とはこの事だろう。同時に、あの少しの間にココまで体が冷やされたのかと驚く。
露天風呂では、フライングダイブなんて出来ないな、などと考えながら手足を伸ばす。何かに当たる。
「………」
手を引っ込める。もう一度伸ばす。何かに当たる。
「…………」
手の平で触ってみる。露天風呂の囲いの岩ではない。もっと柔らかいモノ。
「……………」
なんだか、まるで、これは―――、
「んあ?山下か?」
この声にも、聞き覚えがある……。ウチのクラスの宮田……。
「うあ~~、俺寝ちゃってたのか……。やっべ、完全にのぼせたわー」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待て。
「つーか、俺もバカだな。普通風呂場で寝るかって」
何笑ってるんだお前ちょっとまて状況がよくわからないぞおい。
「俺、もう上がるな?」
え何だって上がるのかそうかさっさと行けさっさと行けさっさと行けさっさと行け。
「っと……」
宮田が。バランスを。崩して。俺に。覆いかぶさって。来―――
悲鳴。
それは、俺の物だったか、宮田の物だったのか……。
「こんんんのバッッッッカやろおおおお!!!!」
「そこまで怒るなよ……、不可抗力だってば。分かるだろ?」
「うう、うるせー!!おまっ、お前!どこ触ったと思ってやがる!!!」
「別にいーだろーがよー。そりゃ、お前が生粋の女だったなら平謝りするけどよー」
「なんだとおお!?」
「つーかさ、修学旅行中に女体化とか、ウケるなっ」
「笑ってんじゃねえええ!!」
宮田。バカだバカだと思っていたが、ここまでバカだとは。
最低だ。最悪だ。
露天風呂なんかで寝こけてたコイツもそうだが、それに気づかないでハシャギ回ってた俺も最低最悪だ。
「さっさと出てけ!!速く!早く!今すぐ!ナウ!!」
「わーったよ」
のたのたと立ち上がる宮田。今度は転ばないで済んだようだ。
俺が視線で人を殺せる能力を持っていたなら、恐らく12回は死んでいるであろう宮田は露天風呂の扉を抜け、一直線に出口に向かった。
と、脱衣所への扉が不意に開いた。
ソコからは3人の男子が入ってくる。
「お?宮田じゃん。お前もコッソリ抜けてきたの?」
「ん?違うけど。風呂ン中でずっと寝てた」
「うはは、バッカじゃねえのお前」
「何、わざわざ部屋抜けて風呂入りに来たの?」
「おうよ。だって露天風呂だぜ?もっと入んねーと損だろがよ」
ん?ちょっと待て。どういう事だ?
つまりアイツら、今から露天風呂に…………え?
「やばい……」
風呂に入っているはずなのに、悪寒が背中を伝う。
咄嗟に体を湯に沈める。
怖い。
今更、自分も相手も裸だという事に気づいた。
「もしかして………俺、犯され――」
怖い。怖い。
あの三人組は、かなりの不良グループとして学年では有名だ。俺の考えが妄想であるとは断言できない。
怖い。怖い。怖い。
「何で」
何で、さっきまでその事に気づかなかったんだ。
怖い。怖い。怖い。怖い。
さっきだって、男と一緒だったのに――!
「んじゃさ、風呂に入る前にサウナ入ろーぜ。その後に入った方が、露天風呂も何倍か気持ちよくなるだろーし」
え?
「お前、何言ってんの?ずっと風呂入りっぱなしだったんだろ?」
「死ぬぜー?」
三人が笑っている。
いや、そうじゃない。今――、
「大丈夫大丈夫。オレ、サウナとか暑いの結構耐えられるんだぜ」
「おっ、マジか?んじゃ我慢比べしよぉぜ」
「おーし!けってーい。負けた奴全員にジュースおごりな」
四人がサウナに入っていく。
まただ。
“宮田が俺を見ている。”
今のうちに出ろと、目で言っている。
(―――そうか)
宮田だから。アイツだから、裸なんて気にしなかったんだ。
アイツは、バカだけど、そういう奴だ。
絶対的に、人を信頼させる何かがあるんだ。
男とか女とかじゃなくて、もっと飛びぬけた所で……。
「バタン」
サウナの扉が閉じると同時に、駆け出す。浴場を突っ切り、脱衣所へ。
簡単に体を拭くと、急いで服を着る。ひとまず、これで危機は脱した。
「……ふう」
長く息を吐き出す。そのまま壁に背中を預け、ずるずると滑って床に座り込む。
暑い。いや、体の内側から熱い。
顔が……、火照っている。
もしかしてお湯に浸かっていた所為だけじゃないかも、なんて考えに辿りついたのは、帰りのバスの中だった。
おしまい。
最終更新:2008年07月21日 04:59