動物は、夏から冬になるに従って体毛を生え変わらせる。
夏には厚くないように短い毛を、そして冬には寒くないように長い毛を。
そんな例え話をされても、正直ピンとこない。
だって僕は動物ではないし、第一もう元には戻らない。冬毛なんかと一緒にされたら、はっきり言って迷惑だ。
それでもセンセイはニコニコと笑いながら「君はまだ夏毛が残っているんだね、けれどすぐに生え変わりますよ」なんて言うものだから、ムカっときて僕は部屋を飛び出してしまった。
廊下を歩きながら僕は考えた。このまま女になってしまうのだろうかと。
もちろん体はすでに完全な女の子のソレだし、初対面の人に「僕は男です」なんて言ったら笑い者だろう。
けれど、違う。僕は僕だ。僕は男だ。体がすでに女の僕を受け入れてしまっていても、心はずっと男のままだ。
僕と言うネコの背中には、未だに生え変わらない夏毛が残っているのだ。
去年の春に死んでしまったけれど、僕はネコを飼っていた。とってもナイスでカッチョイイやつだ。名前はトライン。
トラインも冬になるに連れて、毛を生え変わらせていた。当たり前だけど。
トラインは、何を思っていたのだろう。夏毛が体から剥落していくのを見て、寂しい思いをしたのだろうか。案外何も考えてなかったかもしれないけど。
それまでの生活を支えていたモノが勝手にどこかに消えて、代わりがやってくる。
それは当然で回避不可であまりにも絶対的で、「しかたない」なんて思ってしまうのが普通なのだろうけれど。
トラインはあの吊り上った目で自分の体を見てやっぱり「しかたない」と思っていたのだろうか。それとも、
「きちんとさよならを心の中でとなえていたのかな…」
どこかでネコの鳴き声が聞こえた。
最終更新:2008年07月21日 05:00