別に乗り気だった訳じゃない。無理矢理なんだ。
そう心の中で何回も唱え、改まって扉の前に立つ。
――美容院。
何だってこんな所に来なくちゃいけないんだ。別にいつもの床屋でいいだろうに。
しかし、母と姉がそれを許さなかった。
――せっかく女の子になったんだし、ちょっとは身だしなみに気を遣いなよ。
大きなお世話だ。
女になったからといって、全くの別人格に変貌するワケでもない。俺は俺だ。
女体化したやつの中には、女ライフを存分に満喫するヤツもいるんだろうが……。
まっぴらごめんだ。お断りしたい。
女になれて、顔も綺麗になって、男にチヤホヤされて、良かったねだなんて、そんな事を言うヤツは天皇に対して果物屋でも開けと言える様な神経の人間なんだろう。
疎ましいし、煩わしい。
特に俺の胸にある、このブヨブヨとした二つの肉の塊。あると意識するだけでも悪寒が走る。着替えのたびに眼にして、そして泣きたくなる。
女にしてくれなんて、誰も頼んでない。俺は男のままで居たかった。好きな子だっていた。
なのに――
だから、俺は身体が変わり果てても、男であると云う事は捨てたくなかった。
そう。つまり俺はとてつもなく嫌々来たわけだ。
決して乗り気じゃあない。
別に何も期待してないし。
そう。だから、俺は精一杯の「嫌そうな顔」を作って店内に入った……。
最終更新:2008年07月21日 05:07