憤怒
「こっんちわーっす!」
その少年の声は、ほかに参拝客など全く居ない神社の境内に、気持ちのいいくらい響き渡った。
「お、武井くんじゃないか」
丁度外で一服していた神主は、その制服姿の少年に笑顔を見せた。
「真樹はそっちだよ」
用件は分かっているとでも言うように、神主は少し離れた建物を顎で示した。
「どうもー」
ある意味からかわれているとも取れるその発言を、しかし武井は笑顔で返した。そしてそのまま示された建物へと歩いていく。
「いーねぇ、若いねぇ、セイシュンだねぇ……」
神主は、しみじみとそう呟いた。
お守りや破魔矢、お札などが陳列されている小さな販売コーナーで、その少女は新聞を読んでいた。
「おう、真樹!こんちわー」
「何か用かよ」
武井の大声に、憮然とした表情でその少女は応えた。どちらもそのやり取りに慣れている様子で、どうやらこれが彼らの挨拶らしかった。
「ん」
武井はその少女――真樹に手を伸ばす。手のひらを上に向け、ひらひらと動かしたりしている。
「……なんだよ、『お手』とでも言うつもりか?」
「ちっげーよ、今日は何の日だ?」
「2月14日だな」
「そう!2月14日と言えば!?」
「クローン羊のドリーが死んだ日だな」
「違うよ!記念日的な意味で何かあったろっ?」
「煮干の日か?」
「ワザとだろ!絶対ワザとだ!!」
武井がジタバタと暴れだした。それを見て真樹はフンと鼻で笑う。だが、顔では冷笑しながらも右手は体の後ろに隠し、もぞもぞと何かを掴んでいる。
「どうせお前の事だ、バレンタインなのに一個も貰えなかったんだろ?」
言いながら右手に持ったものを体の前に回そうとすると、
「なにおう!?なめるなよっ」
何とも誇らしげに、武井は手に持った学生鞄を開いて見せた。中には色とりどりのラッピングされた箱が覗える。
「ふはは、どうだ。俺はこれでもモテるんだぜ!?」
目の前の少女の体が小刻みに震えている事にも気づかずに、武井は高笑いする。
「ああ……、そう……、よかったな………!」
まるで地獄の底から発されたようなその声を聞いて、ようやく武井も真樹の異変に気づいた。
「……え?なに?」
「帰れこのクソ野郎っ!!!!」
神社前の階段を、最上段から最下段まで一気に転げ落とされた武井の上に、階段の上から小ぶりの箱が一つ投げつけられた。
最終更新:2008年07月21日 05:18