笑っている。みんなが笑っている。俺を見て笑っている。
四方を囲まれて、どこにも逃げ場がない。
指を指している。みんなが罵っている。俺を嘲っている。
いつしか地面は無くなり、真っ暗な穴の底へと落ちていく。けれど、いつまで経っても底には着かない。延々と落下していくだけだ。
もう、光すら届かなくなっていた。
ピピピピピピとけたたましい音を立てて、目覚まし時計が起きる時間を告げている。
その少女はゆっくりと布団の中から上体を起こすと、ぼんやりとした目で空を見つめた。
「夢……か」
小高い山の上にある神社、そこが彼女の家である。そして早朝の境内の掃き掃除は、彼女―――真樹の日課である。
その日はいつもと同じように竹箒を動かしながらも、心はすっかり今朝見た夢の事ばかり考えているので、さっきから同じ場所しか掃いていない事に気づいていない。
「………今更学校の夢か」
彼女は、中学校までは通っていたが高校には入らずに、この神社で働くという経緯を持つ。そしてその中学での思い出が、悪夢となってぶり返してきたのであった。
――学校に、良い所なんてないよ。
思わず箒の柄を強く握り、心の中で呟く。それは自分自身に対して言ったのか、それとも普段から彼女を学校へ誘っている人物に対してなのか………
その時、
「おっはよーう!」
まるで山中に響いたのではないかという大声と共に、一人の少年が神社へやってきた。
「武井……っ」
「おっす、真樹!どうしたっ?」
武井と呼ばれた少年は、満面の笑顔で真樹に近づく。
「ど、どうした……って?」
「何かあったのかー?」
顔も笑っているし、声もふざけている様にしか聞こえない。けれど、
「心配するなよ、何でもねー」
彼女には少年の心遣いが、優しさが理解できた。
「そっか?」
「……うん、あんがと」
真樹が礼を述べると、少年はまるで世界に一匹しか居ない珍獣でも見たかのような顔になった。
「おーう!俺もとうとう、真樹に頼られるほどの人間になりつつあるのか!」
腰に手を当ててふんぞり返る。
「何言ってやがる、調子に乗んじゃねーよ」
したたかに、武井の脳天にチョップをお見舞いする。
―――だけども。と、彼女は思う。
もしあの時この少年がそばに居たら、きっと助けてくれたんだろうな、と。
ディストピア
デストピア。アンチユートピア。多くは自由の無い、徹底された管理社会などとして使われる。非理想郷。
最終更新:2008年07月21日 05:21