安価『ツンデレVSクールデレ』

 太陽が西の空を茜色に染め上げていた。
 少し小高い山の上にポツンとあるその神社の入り口で、真樹はソワソワと階段を除き見ていた。
「遅いな……」
 思わずそう呟く。
 いつもならとっくにやってくる時間なのに、今日は武井がいつまで待っても姿を見せなかった。
 朝は普通に顔を見せたので、風邪を引いただとかはないのだろうけれど。
 すると階段の下のほうに人影が現れた。やっと来たか、と思ったが、よくよく見てみるとそれは武井ではなく、女だった。
「なんだ……」
 真樹は自分では気がついていないが、落胆する。
 恐らく他人に指摘されても否定するだけだろう。

 やがて階段を昇り終え、その女の子が鳥居をくぐる。遠くからでは女性としか分からなかったが、年の頃は真樹や武井とほぼ変わらない様に見えた。
「こんにちは」
 その女の子は表情をほとんど変えずに真樹に話しかけてきた。
「え。ああ、こんにちは」
 まさか話しかけてくるとは思っていなかったので、少しどもりながら返事をする。
「マキさん、という方はいますか?」
 外見の年齢からは想像できないほどしっかりした物腰である。老練だとか成熟だとかいった言葉が似合いそうであった。
 しかし真樹が驚いたのは、その少女が発した言葉の内容の方だった。

 「マキ」と言うのは、武井が彼女を呼ぶ際に使う呼び名である。本来は「真樹」と書いて「マサキ」と読むのだが、武井はそれを、
「マキの方がいいだろ!折角女の子になったんだし」
 と言って、以来ずっと「マキ」と呼んでいる。真樹自身もそれで構わないと思っているが、武井以外には「マキ」と呼ばれた事はなかった。

「あ……、真樹なら俺だけど」
 やっとそれだけ言うことができた。
「あなたが……」
 その少女はじっ、と真樹を見つめてから自己紹介をした。
「失礼しました。私は永田と言います」
「はぁ……」
 ――なんだ?こいつ。
 真樹はこの少女のことを掴みかねていた。真樹の呼び方にしてもそうだが、初めて会った時から顔の筋肉というものをほとんど動かしていない。
「ここには――」
 不意に永田が口を開いた。
「――武井くんが、よく来るんですか?」
「………」
 なんとなく予想はしていたが、実際に彼女の口からその名前が出てくると、やはり体が強張ってしまった。
「ええと、まあ、来るけど……?」
 こちらの思いっきり不審げな顔に気づいたのだろう、永田はコホンと咳払いした。
「彼とは同じクラスメイトなんです。それで、私はクラス委員長やっていまして。彼に連絡事項があったのですが、彼は携帯を持っていないので、こうやって探しているのです」
 淀みなく言い切った。何だか、事前に用意してあった台詞を言っている様な感じだ。
 つまり、うそ臭い。
(それに、武井を探してるなら、最初に武井はどこにいるかを訊くんじゃないのか……?)
 なんだかこの永田という少女のことが怪しく思えてきてしまう。
「今日はまだ、武井は来てませんが?」
「ああ、そうですか……。それで、彼とはいつもどんな事をしているのですか?」
「はあ?」
 唐突にすぎる質問に、思いっきり訊き返してしまった。
「何でそんな事を……?」
「いえ、別に深いわけはないのですが、これもクラス委員長として知っておきたいと思いまして」
 永田本人は気づいていないかもしれないが、完全に支離滅裂である。
「別に。普通にあいつが来て、何か喋って終わるだけだよ」
「本当にそれだけですか?」
 段々真樹はこの永田の相手をするのが、面倒くさくなってきてしまった。言葉遣いも段々荒っぽくなる。
「それだけだよ。ってか、他に何するってんだよ」
「いえ、別に」
 少しばかり空気が悪くなり始めた所に、足音が近づいてきた。

「おっ? 委員長じゃん」
 足音の主はそう言いながら最後の段を昇り切った。
「武井」
「武井くん」
 二人同時にその名前を呼んだ。
「おっす、真樹。今日はちと用事があったんで遅くなっちまった」
「はあ? 別にてめー何か待ってねーよ」
 ふいとそっぽを向く。
 そこで永田も武井に話しかけた。
「武井くん、あの…こ、こんにちは」
 見ると、先ほどまで毅然とした態度を取っていた永田が、そわそわと落ち着かなくなっている。
「委員長もうっす! ……で、何で委員長はここに?」
「ああ、彼女はなんか、お前に用事があるみたいだぞ?」
「用事?」
 武井と真樹が揃って永田の方を見る。
「えと、そのですね、用事という程でもないんですけれども、なんと言うか、学園祭の用具の買出しについて、お話したいな、とか。思って、ですね……」
「え? それってもう決まったんじゃなかったっけ? ていうか、確か先週あたりに済ませてなかったっけ……」
「あ!そ、そうでしたね!すみません!うっかりしていました!それでは!」
 一気にまくし立てると、転がるように階段を下りていってしまった。
「なんなんだろ、委員長?」
「俺に訊くな」
 とても変な奴だと思った。自分の言いたい事だけ言って去っていってしまった気もする。
(そして―――)
 あいつは、自分の知らない武井を知っているんだな、と、真樹は思った。

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最終更新:2008年07月21日 05:24
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