ひらり、ひらりと。
最初は目を疑った。
こんな季節にいるはずが無い、と。
しかし所詮アタマの中でこねくり回した「普通」や「常識」なんてものは、目の前の現実にあっけなく取り払われてしまうものだ。
ソレは、あくまでも優雅に中空を舞っていた。
「……蝶?」
少女は、思わず声に出していた。
いつしか、少女は大人と呼べる年齢になっていた。
彼女は相変わらずその寂れた神社で働いていた。
彼女はこの季節になると、毎年思い出すことがある。時期外れの蝶と共に現れた一人の少年のことを。
「ふふっ」
ふと、笑みを洩らす。
そうそう、あの時もこんな寒い日だった。などと、彼女は考えを巡らす。
あれから一体、何年経ったのだろう?
数えてみると8年が経過していた。長かった気がする。けれど、短かったような気もする。
しかしいくら時が過ぎようと、彼女の中であの頃の思い出は風化しない。いつまでも心の中心に据えられている。
あの、毎日の様にやってきたバカ元気な少年との日々は。
「私も、すっかり女になっちゃったなぁ……」
しみじみ、といった様子で呟く。彼女は昔、女体化した自分を受け入れられずに、世間と自分、何より体と心の摩擦で大いに苦しんでいた。
それらを全てひっくるめて受け入れて、癒してくれた少年。
「いつまでも、待ってるからね……」
8年が過ぎようと、10年20年過ぎようと、彼女は待ち続けるだろう。
あの階段を駆け上がってくる少年のことを。
彼女の頭上で季節外れの蝶が一匹、ひらり、ひらりと舞っていた。
<了>
最終更新:2008年07月21日 05:25