安価『天才少女』

 天才少女、なんて誰が言い出したんだろう。
 真樹は思い出に浸るとき、いつもその疑問にぶつかってしまう。
―――副作用みたいなものだよ。
 『女体化』について詳しいセンセイは、専門用語を極力ひかえつつそう説明した。
―――きちんと確認された例は少ないんだけどね、女体化する以外にも何か体に変化が起きることがあるんだ。怪我や病気を患っていた子が、女体化と同時に快復したなんて話もある。
 そこでセンセイは小さく笑う。
―――ふふ。暴走族だった子が女体化とともに記憶を失って、なんとも大人しい子になった、なんて例もあるくらいだ。
 恐らく俺を元気付けるために色々と症例を紹介しているのだろうが、その言葉はどこか遠くの場所から発せられた物のように、空虚に響いて聞こえた。





 友人だと思っていた奴らがいた。
 いや、多分友人だったのだろう。俺が女体化するまでは。
 それまでは気軽に話せていたのに、急に言葉遣いが余所余所しいものになった。それは単に性差だけではなく、俺と彼の成績差によるものもあったのだろう。
 成績なんかで人格を判断するなんて、と今なら思えるが、当時高校受験を間近に控えたものからしてみれば、それは大きなショックだったのだろう。
 男子から浮いてしまった俺はしかし、女子に受け入れてもらえることは無かった。
 俺自身は副作用による成績のアップによって先生の信頼を得たと思っていたのだが、女子たちからしてみれば「元男のくせに色目を使って」と取られてしまったようだ。
 そして、いつの間にか俺は「天才少女」と呼ばれていた。
 それは字面通りの意味だけではなく、「卑怯者」としての意味を持っていた。





 はっと気がつくと、もう夕暮れの時間になっていた。
 けして大きくない神社の境内を、夕日が赤々と照らしている。
 真っ赤に染まった西の空を見ていた真樹に、どうしようもない程の孤独感が襲ってきた。じっとしていられずに真樹は、鳥居のそばまで駆け出す。
 その鳥居のまん前からは、ずっと下まで階段が伸びている。小高い山の中腹あたりにあるその神社へと続く唯一の道だ。
 その階段を、見計らったかのような絶妙のタイミングで昇ってくる人物がいる。その人物はすばやく階段を昇りきると、真樹の前で立ち止まった。
「よっす!真樹」
 右手を挙げて挨拶するその少年は、真っ直ぐに真樹を見つめてくる。
「今日はちと遅くなっちゃったな」
「うるせー……」
 咄嗟に下を向く。自分が泣きそうなことに気がついたのだ。この少年に泣き顔を見られるのは、―――嫌だ。
「誰もおめーなんか、待ってねーよ……」
 いつもの憎まれ口を叩く。そして少年はいつもの様に反論してくる……
 はずだった。
「……うん」
 少年はそれだけ言うと、わしわしと真樹の頭を撫でた。
(ああ、畜生、全部ばれてるのか……)
見透かされたようで癪だったが、真樹はされるがままに身をゆだねる。

 いつかまた、この身に何かが起きても、誰になんと言われようと、この少年は「真樹」と呼んでくれるかな……と、少女は思った。

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最終更新:2008年07月21日 05:25
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