安価『卒業』

 社の外では、まだ雨が降り続いている。
 真樹は突然の雨に濡らされた服の着替えが終わってから、武井との会話が無くなっていた。
 しかし何故だかあまり気詰まりな感じはしない。
 二人ともそれが当然とでも言うように、沈黙を続けている。
 縁側に座っていた真樹がふと振り返ってみると、武井は上半身が裸のまま、ぼけっとしていた。
(全然違うな……)
 真樹は、自分と武井の体つきを見比べて思った。
 女になってしまった自分の体と、今でも男のままの武井の体つきは、傍から見るだけでもだいぶ違うことが分かる。
 武井の体はがっしりと引き締まり、叩けば「コン」とでも音がしそうなのに対し、自分の体は全体的に丸みを帯びている。膨らむところは膨らみ、指で押せばへこみそうな程弾力がある。
(女体化……か)
 そんな時、一瞬だけ真樹の脳裏にある疑問が浮かび上がった。
―――コイツは女体化しないのか?
 別に、童貞を捨てなかった者全員が女体化するわけでもない。女体化する時期にも個人差がある。
 だけれども真樹は、一つの推測が頭から離れなかった。

「なあ、武井って童貞卒業してるのか?」
 訊いてから、しまったと思った。
 それはいきなり質問した事ではなく、失礼な内容だからでもない。
 単純に「肯定されたらどうしよう」という不安からである。
 もし、――もしも既に武井が童貞を捨てていたら?
 そうだとしたら、それを自分が知ってしまったら、武井はどこか遠くへ行ってしまう気がした。
 ………違う。
 自分が遠ざけてしまう気がした。


「……ん? 今何か言った?」
 相変わらずボサっと、武井が訊き返してきた。
 体中から一気に緊張が取れた真樹は、ぐったりとしたまま言葉を返す。
「……なんでもねーよ」
「なんだよー?そう言われると気になるだろー?」
「うるせえ、黙れ」
「話しかけてきたのはソッチだろー!」

 わいわいぎゃあぎゃあと、いつもの様なやり取りが始まる。さっきまで極度に緊張していた反動で、真樹はいつもよりも大声で話していたりする。
 そう、極度に緊張していたから、最初に質問した時に武井が一瞬だけ体を強張らせた事に、真樹は気づかなかった。

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最終更新:2008年07月21日 05:26
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