「んじゃ、いっちょやりますか!」
彼はそう意気込んで、屋台用の木材をノコギリで切り始めた。
どんな生徒だって浮き足立つ“学園祭”。人一倍元気な彼がいつも以上に活気を見せるのは無理も無いことだ。
「ふふ…」
知らずに微笑む。それを見ていた彼が、
「委員長も、ホラ!笑ってないで手伝ってよー!」
「あ、はい」
私も慌てて作業に取り掛かる。
「ごめん尾崎さん、こっち抑えてて―――」
彼はいつだって、みんなを見ている。
みんなのために行動して、みんなを笑わせようと努力して、みんなを仲良くさせようと奮起する。
……だから、私一人を見ていてくれるハズなんてない。
そんなのは分かっている。けど、私一人を見ていてくれないと言うことは、他の誰かを見ていないってことだって、私は思っていた。信じてた―――。
最初は本当にただの偶然。
その日は予備校の点検だとかなんだとかで、一斉に休講になってしまい暇を持て余していた。特に予定もないのなら家で勉強でもすればいいのだろうけど、折角勉強しなくていい日なのだし外に出てみようと思ったのが発端だった。
国道を外れた小さな道で、彼を見つけた。
歩き方から、ブラブラしているのではなく目的地があることは容易に知れた。
「どこへ行くんだろう……?」
気がつくと私は彼の後を追っていた。
彼の秘密を暴いてやろうだとか、そういう気持ちなどはなく、単純に彼についていきたかっただけ。
それだけ。
それほど間を置かずに彼は山道に入っていった。
「………?」
この先は本当にただの山だ。観光地でもないし、ハイキングするとしたら少し低いという程度の山。
唯一あるのは、山の中腹あたりにある神社くらいのものだ。
「小学生の頃、この山に登ったっけ……」
すこし思い出に浸りながら、彼の後をついていく。
しかし、彼はなぜこんな山に来たのだろう? 登山とか自然とかが好きだったのだろうか?
「ふうっ、ふうっ……」
日ごろの運動不足が足かせになってきた。彼に声をかけずにただついていくだけなのも、別段理由があるわけではなく追いつけないだけなのだ。
くねくねとした山道を登り、石で出来た階段の前に出た。この先は神社しかない。山頂に登りたいのなら、階段の手前で右に折れなければならない。
上を見上げると、彼はもう階段の半ばを上りきっている。
「ほんっと、元気だけが取り得なんだから……」
階段を見上げると頭がクラクラしたが、ここまで来て引き返す道理もなく、私は一段一段上り始めた。
「笑い声……?」
階段を上りきる少し手前で、声が聞こえてきた。どうやら二人の人間が笑いあっているらしい。
一人は、若い女の人の声。
もう一人は、私のよく知る―――
彼が笑っていた。
いや、そんなことじゃない。違う。
彼は、たった一人を見つめて、笑っていた。
この神社の巫女なのだろうか?その少女を真っ直ぐ見つめて……。
彼は自分以外の人間を「みんな」として把握しているのだと思った。
その「みんな」の中の一人として私がいるのだと。
違った。
彼は、「彼女」と「その他」で認識しているのだ。
たった一人しか見れないから、それ以外が一括りになる……。
なんだ。
そうだったのか。
でも、
「そんなの…ズルイよ…」
勝ち目なんて、ないじゃないか。
「ん?」
「どうかしたか、武井?」
「いや、今誰かに見られてる気が……」
「なんだそれ、気のせいだろ」
「いや……」
それでも確かに誰かが――と、彼は思う。
しかし見回してみても二人以外に人影は無く、辺りには秋風が吹くだけだった。
最終更新:2008年07月21日 05:26