じーわ、じーわ、とセミが鳴いている。
「あっつぅ……」
縁側で少女がへばっている。
彼女は普段巫女服を着込んでいるが、今日は短パンにTシャツというきわめてラフな格好だ。
「おーい!真樹―!」
そこに、肩掛けバッグを提げた少年が近づいてくる。名前は武井という。
「一応揃えられるモン揃えてきたぞ?」
バッグを示す。
「…ありがとー…」
真樹と呼ばれた少女は、力なく右手を挙げる。
ぷしー。ぷしー。
武井が簡易の空気ポンプを足で押し、ぐにゃりと地面に転がっているビニールプールを膨らませている。
「あとどれくらいだ?」
「んー……、結構かかるな。これ、それなりにデカいやつだし」
「そっか」
「先に着替えてきたら?」
武井の提案を素直に聞き入れ、真樹は奥に引っ込む。
今日、彼ら二人はこの狭い神社の庭で水遊びをする予定だ。
真樹は女体化者である。まだ女体化して一年も経っていない。それ故、女性用の水着なども当然持っていない。
だから今日は、武井に色々と調達してきてもらったのだが……、
「こ、の、ク、ソ、や、ろ、う、っ!!」
怒声と共に、武井の頭上に箒が振り下ろされる。
「どわぁ!?」
「何だよこれは!!」
「これって、何がだよ?」
「水着のことに決まってるだろーがっ!」
真樹はびしっと自分の(ちゃっかり)着ている水着を指さす。
「……スクール水着だな、普通の」
「ちっげーえ!! なんで“水着”って言われてスク水持って来るんだよ!?」
「それしか調達できなかったんだから、仕方ないだろ?」
「どっから調達してきたんだよ!?」
「そりゃ男友達からに決まってんじゃん」
「女友達からじゃなく?!」
真樹は数歩あとずさる。
「それより、空気入れ終わったぞ」
きゅ、とビニールプールの栓を締める。それと同時にどぼどぼとホースから水を注ぎ始めた。
「ほら、入るんなら入れよ」
「うう……、上手くはぐらかしやがって……」
仕方なく真樹は、スクール水着の上から先ほどのTシャツを羽織る。 そして今一度自分の姿を確認してからぼやく。
「なんかコレ、股の切れ込みが鋭くないか?」
「さあ?」
「それに、尻が少しハミ出してる気が……」
言いながら真樹は、水着の下に指を入れ込み、水着を伸ばそうとする。
「……って、なんで前かがみになってんだ、お前」
「さあ?」
髪をゴムで後ろに縛り上げ、一つにまとめる。
その真っ黒な髪とは対照的な、透き通るような白いうなじが露わになった。
ビニールプールに溜め込まれた水は、きらきらと夏の太陽光を反射している。
そっ、と足の先を入れてみる。
「ひゃ」
すぐに引っ込める。
「冷た~……」
「まず冷たさに慣れるために、体に水をかけておいた方が良いんじゃないか?」
当社比1.5倍で鼻の下を伸ばしながら、武井がアドバイスする。
「……それもそうだな」
武井のことをジト目で見ながらも、その提案を受け入れる真樹。
ざぱあっ!
風呂場から手桶を持ってきて、それを持って水をかぶる。
「うわっ、やっぱ冷てぇ~」
髪の毛は元の黒さを残しつつも、濡れた事によって眩く輝く。
Tシャツは体に張り付き、下のスク水の生地がをうっすらと確認できる。何よりも、その十分に発育した胸を浮き立たせていた。
「……なんで身悶えてんだ、お前」
「さ、さあ?」
ぱしゃ、ぱしゃと、最初は足で水を跳ね上げる程度だったが、次第に腰まで漬かってみたり、ざぶりと仰向けになったりしている。
「楽しそうで、なにより」
その様子を見ながら、武井は途中やってきた神主さんに貰ったアイスキャンディーを舐めていた。
彼女はばっしゃばっしゃと、水をプールの外に弾きながら遊んでいる。実に嬉しそうな表情だ。
そんな真樹をずっと見ていて、ふと武井の胸に何ともいえない思いがこみ上げてきた。
――彼女は、なんて狭い場所で生きているのだろう、と。
都会から外れた小さな山の、その神社の敷地内だけが彼女の活動範囲なのだ。そこからは一歩も外に出ようとはしない。
彼女が女体化した際の出来事が心の足かせとなり、自分自身を小さい小さい檻の中に閉じ込めてしまっている。
今日だって彼女が望めば、武井は市民プールだろうが、レジャー施設の屋内プールだろうが、どこへでも連れて行くつもりだった。
なのに、真樹はそれを望まない。
小さな小さな山の中の、小さな小さな庭に置かれた、小さな小さなビニールプールに彼女はいる。
そう思うと、彼は真樹の姿をそれ以上見ている事が出来なくなった。
おせっかいなのかも知れない。
大きなお世話と思われるかも知れない。
けれど、彼女の背中があまりにも小さく見えたから―――
「なあ、真樹」
「ん?」
「夏休みが明けたらさ、ウチの学校で文化祭があるんだけど……」
最終更新:2008年07月21日 05:32