chapter・1-1

『……別々になっちゃったね』

「ん……まぁ、仕方ない。 時間作ってさ、また遊ぼうぜ」

『……うん、そうだね!』



僕たちの約束は形だけのものに終わってしまった。

多分僕たちはこうなってしまうのが解っていたんだろう。

キチンと返事をしたくせに、僕は自らの半身を失うみたいな寂しさを感じていた。



あゆむ君がいない時間はあっという間で、でも何か長く思えた。

廊下ですれ違っても、あゆむ君は他の友達と喋っていて気付いてくれない。

僕はその度に締め付けられるような痛みを感じてた。



【性同一性障害】

何かのドラマで聴いたその名前が頭から離れることは無かった。

ドラマで見た女の子は、女の子なのに男の子の心を持っていた。

僕と反対なんだ。 僕だって本当は、可愛い格好がしたい。

でも……僕にはそれを実行することは出来なかった。

僕は実際の世界を生きる人間だし、お母さんとお父さんの悲しむ顔は見たくなかったから。



不幸中の幸い と言う言葉を借りるのならば、僕にとって女体化は正にそれだった。

苦しんでいる人も大勢いる中で申し訳ないけども、僕はそうする事で自分を守りたかった。

女の子になれば、あゆむ君にだって……!



けど、少し遅かったのかもしれない。

三年生になってもクラスが一緒になることはなくて、その上あゆむ君に彼女ができてしまったんだ。





「さつき。 俺彼女できた」

『そっか、おめでと』


―――そんな笑顔を、僕じゃない誰かに向けないで


「そんでさ、俺もやっと女体化の心配なくなったんだけど……」

『へぇー……僕は危ないかも』


―――僕を見てくれることは、無いの……?


「さつきも早くいいヤツ見つけろよ」

『あはは……頑張るよ』


―――いやだ。 そんなこと言わないで……!


あゆむ君に会う度に僕の心には棘が刺さってゆく。

悪気がないのはわかってる。 でも、僕にはそれが耐えられなかった。

だから僕は女体化するまであゆむ君に会わないって決めた。

会いたくて会いたくて会いたくて……それでも女体化したら仲良くなれるから我慢しようって思ってた。

あゆむ君の志望校を友達から聞いて、僕もそこを受けようと思った。



―――そんな折、僕は女体化を迎えた。

最初こそ違和感があったけど、やっと望んでいた事が現実となったんだ。






『あゆむ君』



ただ女になっただけの自分に満足して、僕はあゆむ君に声を掛けた。

誰よりも早くこの新しい姿を見せたくて。



黄昏の街を背に、あゆむ君は僕の目の前で足を止めた。

『あゆむ君』なんてほかに呼ぶ人なんていないんだ。 だから僕はそう呼んでいた。

特別なモノなんて、吐いて捨てるほどあるのに―――



『へへ……やっぱり、吃驚した?』

「…―――ッ!」



……え?

なんで? なんでそんな悲しそうな顔をするの?


ホラ、僕女の子になれたんだよ


もうあゆむ君とも付き合えるんだよ


ね、だから……僕を見て―――




言えなかった。 あゆむ君のそんな顔、見たくなかった。

どうして僕はこうも間が悪いんだろう。 どうしてこんなにも、空回りばかりなのだろう。


その場から立ち去るあゆむ君の背中が、交差点の向こう側へと消えてゆく。

僕はどうすることも出来ずに、その場に立ち尽くしていた。

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最終更新:2008年07月21日 20:22
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