chapter・1-2

「ねえあゆむ、あたし達、付き合おっか」


中学三年の春。 この頃からあたしは不安定になっていった。

親の再婚。 そしてそれに伴って生まれた新しい問題……


―――あたしは、義理の父に恋してしまった。

イケナイ事だと判っていながら、自らその底なし沼へと墜ちていったんだ。


「……ほ、本気?」 

「どうかな。 あたしじゃ、いや?」


いっそ断ってほしかった。 目の前の優しい友人を失いたくはなかった。 

利用したんだ。 義父への想いを、忘れたいがために。


「ん? 照れてんの? 愛いやつめ」

「……うるせーよ」

「んふふ……ま、色々教えたげるからよろしく。 じゃーね」


日々の逃げ場所が欲しかったあたしは、せめて学校では義父の事を忘れられるよう、心を向ける対象をつくった。

―――それがあゆむだった。 積極的にあたしなんかを気にかけてくれる大切な彼を、あたしは犠牲にした。


……でも、それでもあたしの空っぽの心が埋まることはなかった。


満たされることは、なかった。


それはまるでざるに水を落とすような……幼稚で愚かな行為だったんだ。





あたしは義父を忘れるためにならどんなことだってした。

休日はいつもあゆむと一日を過ごした。

四六時中メールをした。

手をつないだ。

キスをした。

セックスを、した。



―――なのに。 



何度唇を重ねても―――



何度身体を重ねても―――



……寂しさが、募るだけだった。



……悲しみが、深まるだけだった。



消えることのないこの想いはどこへ向かってゆくのだろう。


とても消化しきれない程の感情が、一人の部屋であふれてくる。


あたしは、何をしているんだろう……






高校受験を目前に控えた二月の頭。 図書室で黙々と勉強を続けるあゆむの隣にあたしはいた。

別れも告げられぬままずるずると引きずってしまっていたあたし。

……彼は、何も知らないままあたしと一緒の時間を過ごしたんだ。


「いい加減どこ受けるんだか教えてくれても……」

「ダーメ! その内、ね」


 ……ごめんね。 あたしは、もうあゆむの傍に居るべきじゃないから―――


 だから。 



 ……でも、もう少し…もう少しだけ、傍に居させてね。



 受験当日までには、言おうと思ってた。 言おうと、思ってた……


「あゆむ、忘れ物、なぁい?」

「ん、大丈夫」

「よし、じゃ、目ぇ瞑って? ……はい。 元気になるおまじない―――」


 ……なのに、言えなかった。 言ってしまったら、全てが壊れてしまうんだ。


 会場の入り口であゆむの背中を見送る。 あたしの元を離れて、校舎に消えていく、彼……

彼に言わなくて良かった。 彼には…あゆむには、泣き顔は見せたくない。 

最後までわがままばっかりで、ごめんね? 本当のこと言えなくて、ごめんね?



 雪があたしを責めるように降り始めて、吐く息は灰色の空に消えてゆく。

少し早い旅立ちの日に、あたしは、戻れない道を進んだ。

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最終更新:2008年07月21日 20:23
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