「ねえあゆむ、あたし達、付き合おっか」
中学三年の春。 この頃からあたしは不安定になっていった。
親の再婚。 そしてそれに伴って生まれた新しい問題……
―――あたしは、義理の父に恋してしまった。
イケナイ事だと判っていながら、自らその底なし沼へと墜ちていったんだ。
「……ほ、本気?」
「どうかな。 あたしじゃ、いや?」
いっそ断ってほしかった。 目の前の優しい友人を失いたくはなかった。
利用したんだ。 義父への想いを、忘れたいがために。
「ん? 照れてんの? 愛いやつめ」
「……うるせーよ」
「んふふ……ま、色々教えたげるからよろしく。 じゃーね」
日々の逃げ場所が欲しかったあたしは、せめて学校では義父の事を忘れられるよう、心を向ける対象をつくった。
―――それがあゆむだった。 積極的にあたしなんかを気にかけてくれる大切な彼を、あたしは犠牲にした。
……でも、それでもあたしの空っぽの心が埋まることはなかった。
満たされることは、なかった。
それはまるでざるに水を落とすような……幼稚で愚かな行為だったんだ。
あたしは義父を忘れるためにならどんなことだってした。
休日はいつもあゆむと一日を過ごした。
四六時中メールをした。
手をつないだ。
キスをした。
セックスを、した。
―――なのに。
何度唇を重ねても―――
何度身体を重ねても―――
……寂しさが、募るだけだった。
……悲しみが、深まるだけだった。
消えることのないこの想いはどこへ向かってゆくのだろう。
とても消化しきれない程の感情が、一人の部屋であふれてくる。
あたしは、何をしているんだろう……
高校受験を目前に控えた二月の頭。 図書室で黙々と勉強を続けるあゆむの隣にあたしはいた。
別れも告げられぬままずるずると引きずってしまっていたあたし。
……彼は、何も知らないままあたしと一緒の時間を過ごしたんだ。
「いい加減どこ受けるんだか教えてくれても……」
「ダーメ! その内、ね」
……ごめんね。 あたしは、もうあゆむの傍に居るべきじゃないから―――
だから。
……でも、もう少し…もう少しだけ、傍に居させてね。
受験当日までには、言おうと思ってた。 言おうと、思ってた……
「あゆむ、忘れ物、なぁい?」
「ん、大丈夫」
「よし、じゃ、目ぇ瞑って? ……はい。 元気になるおまじない―――」
……なのに、言えなかった。 言ってしまったら、全てが壊れてしまうんだ。
会場の入り口であゆむの背中を見送る。 あたしの元を離れて、校舎に消えていく、彼……
彼に言わなくて良かった。 彼には…あゆむには、泣き顔は見せたくない。
最後までわがままばっかりで、ごめんね? 本当のこと言えなくて、ごめんね?
雪があたしを責めるように降り始めて、吐く息は灰色の空に消えてゆく。
少し早い旅立ちの日に、あたしは、戻れない道を進んだ。
最終更新:2008年07月21日 20:23