『声を聴かせて』~最終章~葉月の頃に…

【―――行き。TS、69便にお乗りのお客様、7番搭乗口までお越し下さい】

私は、人の波を掻き分けるように7番搭乗口へと向かった。
何て事は無い。まだ時間には余裕があるのだけれど、万が一にでもあの人に見つかる訳にはいかないから。

「えっと、7番7番……あったぁ♪」

『7』と書かれたプレートを見つけた私は、子供のようにはしゃいだのだろう。
やっと…やっと、会えるのだ。ずっと会いたかった、けど会えなかった、お兄ちゃん。
この3年間、それだけを目標に過ごして来た。
朝日を見る度に、瞼の裏にはいつもあの風景が浮かんだ。

時は八月。太陽は全てを焦がすかのように照らし、私の心は焦がれる。
夏の暑い日々を好きになったのも、やはりあの島を思い出すからだろうか。
日本の暑さとは違う、カラッとした空気。一年を通しての強い陽射しが心地良い、南国。
今でも鮮明に思い出せる澄んだ満天の星空は、私の一番のお気に入りの場所……

「……く様……お客様、どうぞ」
「……ぇ? は、はいィッ!」

危ない危ない。楽しみすぎて行けなくちゃ元も子もない。
私は検査ゲートをくぐり、手荷物を受け取ると、そそくさと廊下を急いだ。

廊下の窓からは、これから乗る飛行機が見えた。
既に乗り込んでいる人達がいて、親子連れのお客さんがいるのも―――

不幸中の幸い…とでも言うのだろうか。私は飛行機を恐れたりすることは無かった。
両親の死とそれっぽっちの事。些かバランスの悪いものだけれど、私ににとってはとても大事な事……
こんな事を考えちゃう私を、お兄ちゃんは叱るのかな。
でも、私は―――……

「葉月ちゃん!」
「!? 江藤さん……」

ゲートの向こう側から、あの人が顔を覗かせる。
額に大粒の汗を浮かばせ、肩を上下させている。
当然だろう。自ら担当している私が、突然姿を消したのだから。

「葉月ちゃん……どこに行くつもり? 明日からの予定はどうする…」
「ごめんなさい。私、行かなくちゃ……」
「契約だってある! 社長にも、スタッフにも……皆に迷惑がかかるのよ?」
「……ちょっと、お墓参りに行くだけだから……」
「葉月ちゃん……」

ちょっと、だなんて嘘―――
ごめんね、江藤さん。
私は、それでも行かなきゃ。

恩を仇で返すなんてしたくはなかったけど、もう引き返せない。
私はこの道を選ぶのだ。
自己中心的だと言われても、無責任だと言われても―――

機内のアナウンスが響く。
私は徐々に流れ始める景色を見つめながら、3年間を思い出す。


失ったはずの声が、少しずつ戻って来た事

私を慕ってくれる人達がいた事

私を大事に想ってくれた人がいた事


勝手だけれど、全てを捨てて、私は私の道を行く。
私の中でのあそこでの日々が、今も色褪せる事なく残っているから。


これで、やっと―――永かったなぁ………
もうすぐ―――もうすぐ、会えるんだ。


雲の上から見る海は碧くて、空は蒼くて……
私は、再会に胸を躍らせていた。

「HAHAHA! ……しかし、ホントにいいのか?」
「えぇ、お願いします」

ゆっくりと、滑るように、船は岸を離れ、私は遠くを見つめた。
おじさんが変わってなくてよかった。
彼は、お兄ちゃんの事を唯一知っている人だから。

船を出してくれたおじさんは、3年前、私をあの島から連れ出してくれた人だった。
それだけでなく、帰国の手続きやそれまでの宿など、私に世話を焼いて下さった方なのだ。
そして今も秘密を守り、今回の私の暴挙にも目を瞑り、あまつさえ私を島へ渡してくれようと言うのだ。
おじさんにはお礼をしても足りないくらいの恩がある。
『お礼をすることが出来ないのが悔しくて申し訳ない』
と言ったら、
『あの島じゃなかったら気付けなかった。礼なら空に向かって笑ってやりな』
と言われてはぐらかされてしまった。


……懐かしい匂いだ。
おじさんの漁村を少し離れただけだというのに、もうあの島の匂いがする。
潮風と、太陽と、海鳥の鳴き声。
焼き付くような暑さと海の碧さは、私のいたあの頃と少しも変わってはいなかった。

「ハヅキ、見えて来たぞ」

おじさんの声に、指差した方向に、私は目を奪われた。
ああ……ああ―――私は、帰って来たのだ。

「じゃあ、ホントにこれで………ありがとうございました!」
「あぁ、必要なモンがあったらまた持って来てやっからよ」
「いえ、そんな……そこまで迷惑掛けるわけには―――」
「そうか。俺の親切は迷惑、か……」
「いえ、決してそういう訳では――!」
「―――なら、有り難く受け取れよ?」
「おじさん……」
「じゃあ、またな!」

幾つかの会話が終わるや否や、おじさんは帰って行った。
どこまでお人よしなのだろう。私は、海に背を向けて歩き出した。

あの洞穴で、あの川原で、お兄ちゃんは今日を生きているのだろうか。
海岸からの林を抜けると、私がいた頃よりも幾らか草が増え、それだけの月日の経過を感じる。

生きるためだけに狩り、生きることを楽しんだ私達。
笑って、怒って、冗談をいって……そんな事を思い出しながら歩いていると、私の目にあるものが飛び込んで来た。
古ぼけ、交差した二つの墓。そして―――毛むくじゃらの背中。


会ったら最初に何を言おうか考えてた。私はアドリブが利かないから、頭の中でずっと整理してた。
―――けど、意味が無いことだったんだ。一目見ただけで、私の足は駆け出していた。止まらないんだ。
お兄ちゃんが私の方を振り向いて、私は地面を蹴る。両腕を広げたお兄ちゃんが、私を抱き留める―――

「ただいま!」


おわり





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最終更新:2008年07月21日 20:35
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