150 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [幼馴染み]:2007/06/10(日) 17:05:50.40 ID:krPJ4PUBO
真っ白な絨毯が敷かれたクリスマス・イブ。
今思えば、あの時が俺の最後のチャンスで。
「……ぁふ……ん……もぅ朝……」
もし俺にもっと勇気があって、もしあの娘が眼が良かったら―――
―――そう考えてしまう程、偶然が重なった出来事。
あんな事が無ければ、今のような生活を送る必要も無くなっていたのかもしれない。
当時高校一年、そして早生まれの俺は女体化を間近に控え、少なからず焦っていた。
降り積もる雪の中、かじかむ手を暖めながら、母校である小学校で人を待った。
人のいない学校はとても静かで、ついつい俺は思い出に浸っていた。
好きな子をいじめたり、休み時間の度に校庭に出たり、ずっと半袖短パンだったり……
それは未だ数年前の記憶なんだけれど、もう何十年も前のような気がした。
――ピリリリリリリ!
不意に鳴った携帯のディスプレイには、待ち人の名前。俺は迷わず通話ボタンを押す。
『あ、あたる? ごめんね、もうちょっとで着くからね!』
「ん? そか。俺なら心配すんな。それより気ィつけろ、な?」
あはは、わかった! …そう言って電話を切った皐月。
遠くに聞こえたサイレンは、静かな校庭に響き渡った。
151 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k []:2007/06/10(日) 17:06:59.24 ID:krPJ4PUBO
彼女と幼稚園、小・中学校と一緒だった進路も、高校になって分かれた。
俺は部活の強い高校に、彼女は介護福祉系の高校に、それぞれの夢を追って進んだ。
家の近い俺たちの待ち合わせ場所は、いつもこの小学校だった。
此処から見上げる星空が、何よりも好きで、そんな時間を共有したかったから。
そしてこの時も……あと5分もしない内に皐月は来るはずだったんだ。
―――けれど、彼女は来なかった。
30分経って、1時間が過ぎて、それでも尚、彼女の姿は現れる気配はなかった。
いい加減帰って、文句の一つも言ってやろうか―――そう思った時だった。
――ピリリリリリリ!
俺の携帯が鳴った。誰からか確認もせずに、俺は通話ボタンを押した。
「もしもし皐月? 俺いい加減―――」
『……あたる君? 皐月の母です』
人違いだと気付いて、俺はディスプレイを確認した。
『皐月』という文字が、小母さんの近くに居る彼女を連想させた。
「―――あ、小母さん。皐月に替わってもr」
『あたる君、今すぐvip総合病院に来れるかしら?』
――ドクン――
心臓が強く跳ね、ネガティブな思想が生まれる。
いや、でもまさか…まさかそんな事は―――
「でも俺、皐月さんと待ち合わせを…」
『…あの子が事故に遭ったの!』
152 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k []:2007/06/10(日) 17:08:46.52 ID:krPJ4PUBO
……え?
いや、小母さんも悪い冗談を……
だって、だってさっき連絡をくれた時は笑って―――!
『……気持ちは分かるけど、本当なの……病室は―――』
俺は、聞くより早く走りだしていた。
病院までは1kmもない。走ればすぐだ。
―――なのに、足がうまく動かない。心臓が変な風に脈打つ。
大丈夫だ、と考える自分もいれば、まさか…と考える自分もいる。
俺と約束なんかしたからだろうか?
俺が呼び出したからこんな事になったんだろうか?
いつの間にか病院に着いていた俺は、一心不乱に病室を目指した。
5階の―――あった!
真新しいネームプレートに書いてある、俺の大好きな皐月の名前―――
―――コンコン
俺は二つノックをして、病室へと入った。
何処かで捻ったらしい足首が、少し痛んだ。
「あたる君……」
中に居た小母さんは、目を真っ赤にして俺を迎え入れてくれた。
病室内を見回すと、ベッドに横たわる皐月の姿があった。
彼女は、静かに眠っていた。
153 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k []:2007/06/10(日) 17:11:07.05 ID:krPJ4PUBO
「……皐月……」
彼女の体から伝う点滴の管が痛々しい。
そして彼女の雪のような白い肌に幾つも残る、ガーゼと細かい擦り傷が俺の心を震わせた。
―――何でこんな……
俺が無言で彼女を見つめていると、小母さんは詳細を話してくれた。
車のスリップによる事故だという事。
軽い骨折と打撲で済んだという事。
今は、麻酔で眠っているだけだという事。
ホッと胸を撫で下ろして、力無くへたり込む自分がいる。
小母さんはそんな俺を見て、飲み物でも買ってくるわね、と病室をあとにした。
二人残された室内、俺は皐月の傍に座って言った。
「ごめんな……今度会う時は―――」
俺は皐月の頭を一撫でして、病室を出た。
廊下で戻って来た小母さんと鉢合わせた。
「俺、帰ります。目を覚ましたら、よろしく伝えて下さい」
「あら、そう……また、見舞いに来てあげてね」
「……すみません…今の俺では、もう……落ち着いたら、挨拶に伺いますね」
僕はそう言って、逃げるようにその場を離れ、家路へと着いた。
雪は、降り続けていた。
154 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k []:2007/06/10(日) 17:11:55.78 ID:krPJ4PUBO
―――3週間後。皐月は無事に退院して、俺の方も大体の手続きが終わったところだった。
今日は小母さんに呼ばれて、夕飯を頂く事になっている。
買ったばかりの新しい服に着替えて、慣れないブーツを履いて、俺は彼女の家を目指した。
今までより少し遠く感じるようになった道のりを、今までより低い目線で歩くのは、とても新鮮だった。
まぁ、20㎝近くも低くなれば当然かもしれない。
皐月が事故に遭ったあの日から、俺は見舞いに行くことはなかった。
正確には、行けなかった、が正しいのかもしれない。
多分皐月は気付いていないだろう。小母さんは、多分気付いてるはずだ。
『誕生日おめでとう!お見舞いくらい来てくれてもいーじゃん』
というメールを受けたことがあったけど、それこそ無理な話だよ。
彼女の家に着いて、インターホンを鳴らす前にメールを打つ。
最初に出てくる大好きな天然娘は、どんな反応を見せてくれるんだろう。
「いらっしゃー……???」
あぁ、もう畜生…やっぱり変わらないままかよ可愛いな……
ギプスの残る足はまだ痛々しいが、どうやら元気なようで良かった。
首を傾げる皐月に、携帯を見せて「ハジメマシテ」とわざとらしく挨拶をする。
「お!?お母さ~ん!!??」と、皐月はそう叫びながら小母さんを連れて来た。
俺の気持ちを知らない皐月をよそに、俺と小母さんは挨拶を交わす。
行き場のないこの気持ちは、そのまま何処か深くへ埋めるんだ。
放って置くと、歯止めがきかなくなってしまうから。
おわり
最終更新:2008年07月21日 20:38