『満月』

『満月の夜は気をつけなければならない』
そんな言い伝え、耳にしたことはあるだろうか?
狼男がでる?そうだね。僕も今ならそれも信じられるかも。

事の始まりは30分前。高校受験の為に遅くまで勉強していて、11時頃かな。
小腹が空いた僕は歩いて7,8分のコンビニに向かったんだ。
もう日暮が鳴き始める時期だけど、まだまだ暖かかったから、タンクトップにハーフパンツって軽装でね。

それでコンビニで目当てのお菓子を買って、家に帰る途中。
コオロギの鳴き声があまりにも心地良くて、遠回りして帰ろうとしたんだ。
思えばこの余計な選択が、今のこんな状況を招いたんだな……

近くの河川敷は草木が生い茂っていて、その分虫達も張り切って演奏してた。
僕がベンチに腰掛けようとすると、先客がいたんだ。
綺麗な長い黒髪の女の子。少し具合が悪そうに俯いてた。

「あの……大丈夫ですか?」

僕が声を掛けると、彼女はゆらりと身体を起こしたんだ。
こちらを振り向いたその顔は、白い肌に切れ長の、でもパッチリとした目。
……僕は思わずみとれてしまっていたんだ。

「だ…大丈夫、ですから……」

彼女は潤んだ瞳を僕に向けてそう言ったんだ。
……でも僕は引き下がれなかった。
苦しそうに胸を押さえて、小刻みに震えるその姿が、子猫のように弱々しくて放っておけなかったんだ。






「あの…救急車、呼びましょうか?」

僕がそう提案すると、一瞬強張った彼女が、物凄い早さで携帯を持った腕を掴んだ。

「やっ、やめて!」

その瞬間、僕は驚いて固まってしまったんだ。
見た目よりかなり強い握力、氷のように冷たい血の気のない手の平。
……そして何より、顔を上げたことで街灯に照らし出された彼女の瞳が、紅く染まっていったから―――。

「―――ぁっ!?」

両手を広げて顔を覆った彼女は、そのままへたり込んでしまったんだ。
そして―――

「――み、みまし…た…よね?」

―――真っ赤な顔で、振り向いた。
その彼女の瞳は真っ黒で、でも彼女の言葉がさっきの真紅の瞳が偽物じゃないって言ってる。

「――うん……」

僕がそう頷くと、彼女は大きな溜め息を一つついて、顔を上げた。
溢れそうな涙は、彼女の上着の袖へと消えていった。

「――仕方ありません。見られてしまったからには………死んで頂きます」







「……え?」

その言葉に唖然としていると、彼女は立ち上がっていつの間にか僕の首を掴んでた。
徐々に締め付けられる首。霞んでゆく視界。
抵抗することは適わずに、何だか段々体がフワフワしてきた―――時だった。

―――ドサッ

持ち上げられていた身体は重力に従って、何かがのしかかってきて、苦しくて、痛くて……
暫く咳込んでいた僕が目にしたのは、尻餅をついた僕に覆い被さるように倒れた彼女だったんだ。

「あ…え? だ、大丈夫!? ねぇ? おーい!?」

真っ青な顔で倒れる彼女は、揺すっても起きなかった。
僕はそのまま頬をペシペシと叩くと、辛うじて目を開いてくれた。

「……良かったぁ……」

安堵の溜め息をついていると、彼女は薄く目を開いたまま鼻をピスピスと動かした。

「……血の匂い……」

―――血?
体を見回してみると、僕の腕から血が垂れていた。
多分、倒れた時に砂利に混ざった瓶の破片か何かで切ったんだろう。

僕がそのまま服に付かないように腕を上げると、その腕を彼女に思い切り引っ張られた。
何事かと彼女を見ると、ふと腕に温かくて柔らかい感触が―――







―――って……舐められてる?

ピチャ…クチュ…

彼女の奏でる水音がとても淫らに聞こえる。

「……はっ…あ…あぁ……」

僕の血を舐め取る息遣いが、更にそれを加速させていた。

別の事に気を取られていたからだろうか。
痛みはなくて、むしろむず痒いようなこそばゆいような快感で僕は満たされていた。



「……あ……あぁ……♪」

暫く傷を舐めていた彼女が、身を震わせながら小さく声をあげた。
見るといつの間にか血色が良くなり、頬に赤みがさしている。

「――よかった……顔色、良くなったよ」

僕が声をかけると、それまで虚空を見つめてボーッとしていた彼女が僕に視線を向けた。
……と思ったら、そっぽを向かれてしまった。
―――そして彼女は身の上を語り出した。




「えと……いきなりあんな事しちゃってごめんなさい……僕、吸血鬼なんです!」

……うん、本当にいきなりだし普通は信じないよね。
でもこの時の僕は、彼女の力も血を飲んで体調が良くなる所も見ている訳で……
……まぁ、殺されかけたしね。

「……本当は、死のうと思ってたんです」
「父も母もいない僕は、ある老夫婦に拾われて人の子として育てられました」
「……でも、つい一週間前、僕が血に目覚めて……家を、出たんです」
「太陽の光に当たると火傷したみたいになるし…幾ら水を飲んでも喉は渇くし…」
「揚句の果てには女の子になっちゃうし……もうどうすれば良いのか解らなくて……このまま血を我慢すれば、死ねるかなって――」
「――あとは、さっきの通りです……」

目の前の吸血鬼さんは、ほとほとと涙を零しながら俯いた。
いっぺんに色々な事を聞きすぎて、何が現実なのか解らなくなりそうだった。
でもただ一つ確実なのは、目の前の女の子が泣いているという事。

「あのさ……行くとこないなら、ウチくる? 血も死なない程度になら、あげるよ?」

いくら一目惚れしたからといって、いきなり過ぎたかな。
何だか変な人を見る目で見られてる気がする。

「……き…気持ち悪くないんですか…? こんな、僕みたいな……」

「だってなっちゃったものは仕方ないでしょ。それに僕には可愛い女の子にしか見えないけど」

僕は思ったことを口にしただけ。
その時はそう思ってたけど、よくよく考えると口説き文句みたいだなぁと思ったりする。










そして話は今に戻って、彼女は今ハーブ湯に入っている。勿論、ウチの風呂で。

年中外国を飛び回っている両親に今回ばかりは感謝だけど、楽しい生活になればいいなぁとは思う。

「あのー…タオル、貸してもらえますかぁー?」

「あ、はいはい! ちょっと待ってねー…」

家で誰かと過ごすのは、正直僕も久しぶりだ。
歳のほとんど変わらない女の子がウチにくるなんて、多分初めてだろう。

「はいタオル! ノブに掛けとくよ?」

「あ、どーもー…」

「ちょwww隠せwwwww」

……まぁ、前途は多難、されど光もまた多しってところかな。

「でもさ、何で僕に本当の事を教えてくれたの?」

「……それは……貴方の血が、何となく…教えてくれたんです」
「『この人は優しい人だ』って、何となくだけど、わかったんです」

窓から差し込む満月の光が、彼女の微笑みを映し出した。
たとえ彼女が吸血鬼でも、僕には女神様みたいに見えたんだ。


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最終更新:2008年07月21日 20:39
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