※萌え要素はゼロです
「なっちゃったものは仕方ないでしょ。 それに僕には可愛い女の子にしか見えないけど」
とある満月の夜、彼は僕に言った。
お爺ちゃんとお婆ちゃん以外の人と話したのなんていつぶりだろう。
あんな目に遭っても、あんな事をされても、彼は僕を遠避けようとはしなかった。
「小夜? おーい?」
「あ、はい! なんですか?」
「いや、なんかトリップしてたからどうしたのかなぁって」
「何でもありませんよ? 色々思い出してただけですっ」
長い夏が終わって山が彩りを増す季節になって……
虫達の歌声は心地良く響き渡り凛とした空気をより浮き立たせる、秋の夜。
縁側で声を掛けられた僕は照れるように彼の前を後にした。
僕がこの家に居着いてからもう三ヶ月が経とうとしている。
もし彼に迷惑が掛かるような事があったらすぐにでも出ていこう。
僕のせいで彼に危険が及ぶのなら、僕がいなくなれば良いんだ。
そう考えていたはずなのに、彼は嫌な顔をする事なんてなかった。
それどころかいつも僕を助けてくれてるんだ。
僕が存在を保てるように。
文字通り、自らの血を僕に分け与えて―――
「小夜、明日の準備は出来てる?」
「あ、はい。 買ってきましたよ」
「そっか。 それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
お出かけの前の日というのはいつになっても胸が躍るというもので、普通の水に浸かれない僕は尚更この日を心待ちにしてた。
『リラクゼーション・アミューズメント』
凌君が言うには「小夜も入れるプール」みたい。
二つの意味でこの身体になって初めてのプールという事もあって、僕は明日が楽しみで仕方がないんだ。
今日買ってきた袋から水着を取り出す。
派手なモノは高いからと選んだ水着は、小学校の時何度か見たモノ。
懐かしい記憶が蘇えって来た。
まだ病弱ながらも学校に通っていた自分。
プールに連れて行ってもらったあの夏の日。
……でも今の僕はもう女の子で、それなりの水着を着けなくちゃならない。
勿論抵抗はあるけど、今は楽しみなんだ。
虫たちの演奏も盛りを迎えて空が白み始める頃、僕は僕の部屋に戻った。
今は安らかな顔で寝ている凌君が学校から帰ってくるまでの少しの時間、僕は目を瞑ろう。
サラサラとした水着の感触を抱きながら、僕は襖を開けた。
最終更新:2008年07月21日 20:42