『二人の妹~P.D.F.B~』1

大学も4年になり、俺は自然と家にいることが多くなった。
就活も済ませ、研究室の卒研や卒論も無難に進めながら、悠々自適な―――

「お兄ちゃん♪」
「兄貴っ!」

―――生活を送る事は出来ず、二人の妹に振り回される毎日だ。
歳も結構離れているせいか、兄弟喧嘩も殆ど無い。

でもあんまり仲が良すぎるっつーか…慕われるのもちょっと疲れたりする。
妹達は双子だし、何と言うか、挟まれて身動きが取れなくなったりするからな。

「ねぇねぇ、ドライブ行こうよ、ドライブ!」
「まぁ落ち着け。 ホレ、今日は母さんに車貸したから無理だ」

姉の那菜は活発で少し甘えん坊さん。
こいつは聞き分けも良く、素直な分扱いやすい。
まぁ、少々スキンシップが過ぎる気がするが、じゃれ合うくらいだし、問題は無い。

「じゃあ俺とゲーセン行こう、ゲーセン!」
「お前はもーちょい女の子らしい遊びを覚えろよ…」

こっちがちょいと面倒で、こいつは妹の禎緒(てお)。
御察しの通り、この春女体化してしまった元弟で、言葉遣いも立ち居振る舞いも男そのもの。
折角可愛くなったんだから、姉を見習えばいいのに……

「なんだぁー、それじゃあしょうがないかぁ……」
「えーーー、そんな急に無理だって……」

それぞれ呟きながら部屋を去る妹達はやっぱり何か繋がってるんだなぁ、と思う。
変な親心みたいなモノを抱え、俺は一人苦笑いをしてベッドに寝そべった。

五月の暖かくなり始めた風が心地良く頬を撫でる。
まだ5月も半ばの五月晴れ。
でも大学生にもなると、何かしらするにも金が必要で、面倒で。
―――外で走り回っていた昔が、恋しく思えたりもする。

もっともサークルだのバイトだのやってる奴は忙しいんだろうけどね。
俺はサークルも入ってないし、4年になってバイトも辞めちまったから仕方ない。
まぁ高校からのバイト貯金も結構あるし、ね。

―――コンコン

何やらボーっとしてると響く控え目なノック音。
こりゃ多分那菜だな…と、俺は入るように促した。

「あいよー? どうぞー」
「兄貴……」

あれ? 那菜じゃない? 何やら禎緒の様子がおかしいな……
俺はベッドから起き上がり、入り口で突っ立ったままの禎緒を招き入れた。
……なんか元気無いな…いつものテンションはどうしたんだ?

「……俺の、彼氏になって!」

俯き、震える声で、突然の告白。
……オーケィ、落ち着け俺。 先ずは状況を整理しようか。
部屋に入って来た妹が、様子がおかしくて、告白してきた……アレ? まんまじゃん。

そんな俺の馬鹿な思考を余所に、禎緒は唇を噛み締めている。
……なんかこりゃ本気っぽい。
俺は兄として、人として、男としてどんな答えを出すべきだろう?
……と、考えようとした時だった。 重なる、手と手。

「ねぇ……ダメ…?」

―――『女の涙は武器だ』って言葉はみんな知ってると思う。
でも涙だけじゃ、まだ武器の材料にしかならねぇんだよな。
仕種と雰囲気と綺麗な瞳……それらが合わさって、男は避ける事の出来ない、最強の武器になるんだよな。

「おーいてっちゃん? 恥ずかしいのは解るけど…『フリ』が抜けてるよー」
「え…?……あっ!?」

俺の思考は、那菜によって食い止められた。
入口の壁に寄り掛かった那菜は、俺を見て溜息を一つついて、続けた。

「ほら、お兄ちゃん本気で悩殺されかけてる……」

振り向いた禎緒と俺の視線が重なる。
見開かれた瞳は、吸い込まれそうな程澄んで、俺は思わず目を逸らした。

「あら、遅かったかぁ… お兄ちゃん、真っ赤っ赤だよぉ♪」

からかわれていると解っていても、否定しようとしても、この高鳴る鼓動が邪魔をする。
禎緒の虜になっていたのは事実で、あのまま那菜が割って入らなかったら、多分、俺は―――。

「ご、ごめん…兄貴……」

禎緒は申し訳なさそうに、俺に頭を下げた。
悪気が無いのは勿論解ってる。そして俺に禎緒の気持ちは、向かないことも。
―――だからこそ、俺は自分の抱えてしまった感情を許せなかった。

「はははっ、大丈夫だ。……で? 本当に頼みたかったのは何だ?」

よし、大丈夫。俺はまだ笑える。
今までだって好きな人を諦めたことなんてしょっちゅうじゃないか。
少しの間距離と時間を置いて、この想いを箱に閉じ込めれば―――

「……兄貴に、俺の彼氏のフリをして欲しいんだ」

―――神様、俺が何をした?
アンタは俺を虐めて、苦しめて、心を引き裂いて何がしたいんだ……

「んー……何かあったのか?」

禎緒の頼みを無下に断ることなんて出来る訳も無く、俺は足を踏み入れてしまった。
―――俺だけが、堪えれば良い事だから。

「うん……最初はクラスのヤツラとの意地の張り合いだったんだ―――」

話を聞くと、どうやら女体化したグループ内での争い(?)らしい。
それまで異性との交流が殆ど無かった奴らに、女体化をきっかけにどんどん恋人が出来ているとか。

「―――で? 俺は何をすれば良いんだ?」

それまで萎れていた禎緒は、目を輝かせた。
シクン…と感じる痛みには、目を閉じよう。
俺は禎緒の、兄貴なんだから……。

「え……とね。 時間が空いてる時で良いから、迎え……頼める?」
「あぁ、いいぞ。 まだ大学も暇だし……明日、行こうか?」
「あ…じゃ、じゃあ、よろしく……」

軽はずみな返事はするべきではない。 判ってた。
そうやっていつまでも恋人ゴッコを出来るような自分でない事も。
それでも、一度口にした言葉は戻らなくて、頼られることを心底喜ぶ自分がいて―――

「おぅ、分かった。 じゃあ、明日から『兄貴』じゃなくて『鏡』な」
「う、うん! 頑張る!」

―――傷を拡げるだけと解っていても、俺はその茨を刈り取れなかった。

そしてこの日から、俺達の奇妙な関係が始まった。

【幕間】

目の前で無邪気そうに笑い合う二人。
私のお兄ちゃんと妹は、仮初めの恋人同士になった。

―――でも私は見てしまった。
優しい兄が、妹に恋に落ちた瞬間……。

妹に、こうするように言ってしまった私。
面倒だから、と付き添いを請う妹を一人で向かわせた私。
こんな誰も幸せになれない―――皆が傷付くような戯れ事は、私にしか止められなかったのに……


あの日からもう半月が過ぎて、もう春も終わろうとしていた。
梅雨の足音も聞こえ始め、紫陽花が色めきたっている。

兄は日に日に妹に恋い焦がれてゆき、その想いが強くなる程に、傷付いていった。
妹の前では笑顔を絶やさない兄。
朝起こしに行く度、何かにうなされて妹の名前を呼ぶ兄。

私と二人との会話は極端に減っていった。
もうこれ以上、傷付いていく兄を見ていられなくて。
無邪気に、兄を苦しめる妹を見ていたくなくて。

―――ねぇ、お兄ちゃん。 それ以上、傷付かないで……
―――ねぇ、禎緒。 いい加減、お兄ちゃんを苦しめるのは止めて……
私の想いは、思うだけでは伝わる訳もなく、意識の底に沈んでいった。

【幕間終】


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最終更新:2008年07月21日 20:49
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