俺は家に戻って来た。
ちゃんと禎緒に言わなければならない。 それで俺の恋が終わるとしても。
「鏡ちゃん……」
「おう、ただいま」
俺の部屋の前で、禎緒は踞っていた。
「なっちゃんの好きな人って、誰なんだろうね…?」
背筋を汗が冷たく流れるのが解った。
間違っても言えない。 言っちゃいけない。
「さぁ? 誰なんだろうな? 大方同級生の……」
「何で嘘つくの…?」
言葉は遮られ、俺はその場で立ち尽くした。
禎緒の右手に握られているのは、那菜の手紙……
「……兄貴、俺ね……何となく気付いてたよ。」
口調も、雰囲気も―――場を包む空気が変わる。
久し振りの口調は、俺を責め立てた。
「ずっとなっちゃんを見てたからね…小さい頃から…」
そう言った禎緒は、とても穏やかに笑った。それはまるで―――
「ずっと……なっちゃんが好きだったから……」
「……だから、俺はなっちゃんから兄貴を遠ざけようとしたんだ。……なのに、なんで―――」
禎緒の顔が涙に歪む。
握り締めた手、噛み締めた唇。
そして、俺を睨み付ける潤んだ瞳。
「―――なんで!! ……俺だけうまくいかないんだよ……」
叩き付けられそうだった禎緒の手は、弱々しく俺の胸に触れた。
こんな誰も幸せになれない恋なんて……何でこんな事になったんだろう。
崩れ落ちる禎緒は、膝をついて泣いた。
声を、押し殺しながら―――
「―――禎緒、俺はお前から那菜を取ったりしないよ。もう、断ったんだ……」
「……それに、二枚目しか読んでないだろ?」
禎緒の手に握られているのは、二枚目の手紙だけ。
……ということは、まだ俺の気持ちは―――…
「あのな、禎緒。……俺はお前が好きなんだ―――」
終わらせなきゃいけないと思った。
ただみんなの幸せを願っていた。
―――でもそれは、俺のエゴだったんだろうか?
「…………じない……信じられないよ…そんなの…」
「? 禎―――!?」
「……"お兄ちゃん"さえ…兄貴さえいなければ……」
禎緒は手にした千枚通しを強く握り締めた。
目に涙を一杯に浮かべて俺を睨み付ける。
「禎緒…危ないから…」
「当たり前だろ? そういう事をしようとしてんだから……」
そこまでしなきゃダメなくらい、禎緒は追い詰められてるのか……
「わかった、俺がいなくなればいいんだな?」
「……え?」
「俺はいなくなるから、ソレしまえ。ホレ、危ないだろが」
呆けた禎緒から千枚通しを奪う。
俺は部屋に戻って、何日分かの服をバッグに詰め込んだ。
「母さんと父さんには後で言っとくから、那菜にはお前が伝えろ。いいな?」
禎緒は突っ立ったまま、動こうとはしなかった。
何も言わずにただ、俺の動きを目で追っていた。
「―――じゃあな」
俺はそのまま家を出た。
―――泣きたかった。好きな人に信じてもらえず、憎まれる。
情けなくて、申し訳なくて、このまま死んでしまいたかった。
【幕間】
薄暗いお兄ちゃんの部屋の中、俯きへたり込むてっちゃんを見つけた。
半開きの戸からは、お兄ちゃんの姿は見えないままだった
「……あれ? てっちゃん、何してるの?」
「……兄貴……出ていっちゃった……」
「……え…え? 何で?」
「……俺が『いなくなっちゃえ』って言ったから……」
「……何でそんな―――」
「だって! ……だって兄貴がいたら……なっちゃんは兄貴しか……」
「なっちゃん、俺が好きなのはなっちゃんなんだよ?」
「……お兄ちゃんが好きなのは、てっちゃんなのに?」
「……え?」
「……てっちゃん、私は、アンタなんて大っ嫌いよ」
「―――人の気持ちを考えられないてっちゃんなんて、大嫌い」
「……逃げちゃダメ。ちゃんと考えて」
「……好きな人にそんな事言われるの、どれだけ辛いんだろうね」
【幕間終】
最終更新:2008年07月21日 20:50