「文はいい子だねぇ…バアちゃん文がお嫁さん貰うまで逝けないねぇ」
―――バアちゃんの嘘つき!
僕のお嫁さん見るんでしょ?
一番良い席で結婚式に出てくれるんでしょ?
なんで……なんで僕を置いていっちゃうのさ!
………嘘つきぃ………
「婆ちゃん……僕、やっと婆ちゃんに紹介出来る人、見付けたよ?」
しとしとと降り出した雨が紫陽花の葉を滑って落ちて。
あの頃から幾分か大人になった僕は、お墓の前に来ていた。
70という人生を生きて亡くなった祖母が眠る墓は、幾百かの墓石と共に在った。
手を合わせて目を閉じると、思い出される遠い記憶……
お婆ちゃん子だった僕の、お婆ちゃんとの暖かい思い出……
あの頃から変わらないものも変わったものも多すぎて、でも変わることのないこのお墓参り。
婆ちゃんがいなくなった日も、こんな雨だったっけ。
―――ふと、降っていた雨が傘に遮られた。
振り向くと、そこには僕の未来の旦那様。
「ほら、身体冷やしちゃ駄目だろう?」
そんなに息を切らして、君が濡れちゃってるじゃないか。
風邪をひいたら看るのは僕なんだからね?
「はいはい、お掃除も挨拶も終わったよ―――と、お婆ちゃん、コレが僕の婚約者。頼りないよね?」
お墓に向かってそう言うと、頭をクシャクシャ撫でられた。
まぁまぁ、と制して僕は線香に火を点ける。
白い煙が、白い空へ昇ってゆく。
「やっと安心していけるねぇ…」
「? 今、何か言った?」
「ん? いや、何も」
僕の気のせいなんだろうか、微かに、でも確かに聞こえた声。
「そか……さて、帰ろ?」
「あいよ」
あの声はきっとお婆ちゃんの声で、お婆ちゃんは見守ってくれてたんだ。
心配性だったお婆ちゃんは、きっとずっと―――
「じゃあね、お婆ちゃん」
独特の蒸し暑さはいつの間にか消えてしまっていた。
僕は彼の腕を取って、優しい霧雨の中を歩いた。
最終更新:2008年07月21日 21:05