安価『病院』

60 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [病院] 投稿日:2007/07/17(火) 02:28:48.08 ID:X3tzfsc/O
北向きの窓からは太陽は見えず、たとえそれが4階という高さであっても変わることは無い。
柔らかな風邪が吹く屋上に昇って、ようやく私は独りになるのだ。
この大き過ぎる『家』では、何処にいても誰かの視線が付き纏うのだから。


小さい頃から。……いや、物心つく前から私はここにいた。
3歳の時に女体化してしまった稀な症例は、私の体の弱さからきているのだろうか。
誰が来る訳でも無い、この白い箱の中が私の総てだった。



人間関係はそう不得意でもなかった私は、白衣を纏う人達からは懇意にしてもらっていた。
でも、本当の私を理解しようとする人は現れず、遂に中学を卒業する年齢になった。
それまで私にとって本当に友達と言えるのは、幾度となく読み返される文字の羅列と昔買ってもらったウォークマンだけだったのだ。
そう、彼が来るまでは―――


「よう! 何聞いてんだ?」
「……はぁ……またアンタ? 私は一人でいたいの…ほっといて……」


お調子者で、人懐っこくて、そんな彼は何度も何度も私の病室に足を運んだ。
彼が来る度に私は本を閉じて彼を睨み付けた。そうでもしていないと、冷静な私を保てなかったから。
それぐらい彼は人の調子を狂わせる、憎むべき憎めない存在だったのだ。


「よっ、気に入ってくれたか?」
「……アンタもうちょっと静かな曲は聴けないの?」
「病院でそんなん聴いてたら滅入っちまうだろ?」


彼は突っぱねても突っぱねても私の部屋に顔を見せるようになっていた。
私もまた、彼がいることが普通の事になっていて、それに気付いた時は苦笑いが止まらなかった記憶がある。
そういえば、彼から借りたCDの3曲目は、なんという曲だったっけ。





61 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [] 投稿日:2007/07/17(火) 02:30:05.53 ID:X3tzfsc/O
そしてある日、検査を終えた私はある事実を突き付けられていた。


―――次、発作が起こったら―――

不意に母さんが亡くなった時の事を思い出した。父さん、同じくらい泣いてたっけ。
その日は何だか彼に会う気になれなくて、私は久々に屋上まで昇った。風は目に凍みても、涙は出なかった。


その日に初めて、彼の所に私から行ったのを覚えてる。
彼は何も言わずに、私にベッドを半分貸してくれた。


「ねぇ、……ちょっとだけ……背中貸して……」


大きくて広い彼の背中はとても温かかった。
解けなかった私の涙腺が、雪解けのように静かに解かれた。
独りで泣けない自分に悔しくて、こんな風にした彼が憎らしくて、私は、声を殺しながら。


「……私が…何を……なんで…私が……」


誰を恨むことも出来ない。


誰を責めることも出来ない。


誰も悪くない。


彼は寝返りを打つと、優しく私抱いた。





62 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [] 投稿日:2007/07/17(火) 02:30:45.66 ID:X3tzfsc/O
彼と初めて会ってから2ヶ月が過ぎる頃、彼はこの家を去って行った。


「おめでと…アンタがいなくなってせいせいするわ。」


なんて言って、突っぱねるように追い出した。
でも、私も自分の気持ちに嘘を付けるような人間ではない。ちゃんと、気付いているのだ。


―――ただ、私はこんなだから……
彼に寄り添う事も、彼と歩む事も、重荷にしかならないだろう。
だから私は諦めた。これ以上、深く付き合ってしまったら―――彼を傷付けてしまう。


「……また来るよ。今度は見舞いに…な。」


そんなに格好良く無いのに、どうしてだろう。
彼の笑顔が眩しくて、『もう来るな』って言えないんだ。
いつの間に、私の中の彼がこんなに大きくなったのかな―――


「……そう……ね……」


歯切れの悪い私の返事が彼の元へと届く。届いてはいけないのに―――


「? あぁ、それじゃ、またな―――」


彼から顔を背けて手を振る私の顔は、どんな顔だったのかな。
『またな』って言ってもらえたのが嬉しくて、悲しかった。


おわり

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最終更新:2008年07月21日 21:08
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