安価『勇者』


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA・・・・・・」

大気も震えるような断末魔の叫びは、静かに消えていった。
その場にいた者たちはふぅ、と1つ安堵のため息をついた。
彼らの目的はヤツを倒す事。しかしその使命も今、果たされた。

格闘家「ふぅ、やったな・・・」
賢者「そうね・・・」
弓闘士「さ、帰りましょう。ね、勇者!」

勇者、そう呼ばれた者はニッコリと笑って頷く。
他の者達よりも随分若いようで、サラサラの黒髪に端正な顔立ち。華奢な体つきである。
ただ1つ、人とは違うものがあった。それは燃えるように紅い左目・・・

彼らがその場を離れようとしたその時だった。背後で蠢く何か。そして伸ばされる触手。
ただ一人、勇者だけがその反応に気付いていた。仲間を突き飛ばし、自分の身体に衝撃が走る。
勇者は剣を手に取り、その元となる何かを切り裂いた。ふぅ、と一息ついたのを最後に勇者の意識は途切れた。

次に勇者が目を覚ましたのは、3年後のことだった。見慣れない天井と細くなってしまった手足が物悲しかった。
弱ってしまった身体はどうしようもなく、動くのすら容易ではなかった。
勇者がベッドでようやく身体を起こすと、部屋に女の人が入ってきた。見るなり勇者に駆け寄った女性は、泣いている。
彼女は少しして泣き止むと、勇者の顔に手を伸ばした。

?「・・・よかった・・・」

彼女は勇者の頬に掌を当て、柔らかく微笑んだ。

勇「あなたは誰・・・?」

勇者からの言葉に、彼女はうなだれた。見るからに肩を落とす彼女に、勇者はオロオロする。

?「ま、3年も経てば仕方ない・・・か。私よ、賢者。」
勇「え!?賢者の・・・おねぇちゃん?」
賢「その呼び方、懐かしいわね」

そう言ってまた、彼女は微笑んだ。よく見ると少し前の面影も残っている。
髪は伸び、顔つきも大人っぽくなり、体つきも大分女性っぽさが出ている。

勇「おにぃちゃんとお嬢は?」
賢「あの二人には後で連絡するわ。あ、それよりお腹減ってない?先にお風呂がいい?」
勇「あ・・・じゃぁお風呂かな」
賢「わかった、それじゃ私の背中に乗って?」

勇者は賢者の背中に乗った。首に回された、細くガリガリに痩せ細ってしまった腕。
持ち上げてもあまり苦にならないその身体。賢者はゆっくりと歩き出した。その時だった。

――――――――ふにゅ・・・。

歩く度背中に当たるその感触ははっきりと伝わってきた。
賢者は急いで部屋に戻り、勇者をベッドに座らせた。

賢者「ちょっと、ごめん・・・」

賢者は勇者のシャツのボタンをはずし始めた。勇者は抵抗しようとしたが、力が入らなかった。
ボタンを3つ程はずした所で、賢者と勇者の顔色が変わった。

勇「・・・ねぇ、おねぇちゃん、なんで?僕は、男なのに――――・・・」

勇者の問いかけに、賢者は首を振った。慌てて下半身に手を当ててみても、そこにはあるはずの物はなかった。

賢「・・・そ・・・んな・・・昨日までは・・・たしかに・・・」

賢者と勇者の顔は見る見る青ざめていく。賢者は俯いたまま、口を開いた。

賢「・・・ねぇ・・・誕生日って、いつ・・・?今日は△年の○月□日だけど・・・」
勇「え?あ、じゃあ・・・僕今日15歳の誕生日だ・・・」
賢「・・・そっか・・・やっぱり・・・」

賢者は少しだけ納得したような感じで顔を上げた。
戸惑う勇者の肩を掴むと、小さく震えながら勇者に伝えた。

賢「・・・私達の旅が終わったあの時から、こんな現象が世界中に広がっているの。
  丁度15・16歳くらいの男の子がね、女の子になってしまう事があるの。
  防ぐ方法も最近分かってきたんだけど・・・アナタは、男の子のままが良かった?」
勇「・・・できれば・・・」
賢「・・・初めてを・・・失う事になっても?」
勇「・・・え?初めてって、何の?」
賢「・・・!?・・・そっか、わかんない、か。・・・仕方ないよね・・・」

賢者は、4年前の勇者との出逢いを思い出していた。
まだ自分が駆け出しの僧侶だった時代。そこから激動の1年を過ごすことになる、キッカケの日。
まだ賢者が16歳、勇者が11歳の頃の事だった。



~4年前:始まりの村:ファイン~


村の近隣の怪我人の手当てで忙しく、村の外を殆んど知らなかった頃。私はまだ、僧侶だった。
私の家は村の小さな診療所を営んでいて、その手伝いに明け暮れていた頃。私は勇者と出逢った。

たしか丁度足りなくなった薬草を採りに、近くの泉まで足を延ばした時だった。
私が薬草を摘んでいると2匹の弱いモンスターが現れた。
泉周辺に現れる『スライム種』と呼ばれる彼等は、非常に弱い。・・・はずだった。
通常、ギラやバギを放てば間違いなく倒せる相手だ。
しかしこいつらは違っていた。やっと一匹、と思っても次々と仲間がやってくる。

賢者「な、なんなのよこいつら・・・」

四方を囲まれ、身動きできない状態になってしまった私は、見境無しに呪文を放っていた。
『死ぬのは嫌だ』その一心で少し冷静さを欠いてしまっていた。

六匹に囲まれ、何度目かの呪文を唱えた頃・・・遂に私の魔力が尽きてしまった。
杖を振り回してみても大したダメージを与えられないまま、私は岩壁際に追い詰められた。
私は死を覚悟した。ジリジリと迫るスライム達・・・
岩壁に背を付け、目を閉じる。瞼の裏には両親の笑顔が映っていた。

賢「ハァ、ハァ・・・ここまで・・・かな・・・?お父さん・・・お母さん・・・ゴメンね・・・」

そう思った時だった。ザッと茂みから何かが飛び出してきて、私にこう言った。

?「伏せて!」


伏せてそっと目を開けると、そこには一人の少年が立っていた。
見た事の無い剣のようなものを腰に付け、スライム達と睨み合っている。ふと彼が腰を落とした。
何かの構えだろうか?少なくとも私は今まで見た事の無いものだった。

場の空気が凍りついていた・・・その時だった。三匹のスライムが同時に少年に飛び掛った。

危ないッ!そう声を掛けようにも間に合わず、私は目を逸らした。彼はまだ剣を抜いてはいなかった。
あれでは彼は確実にやられてしまっているだろう。そう思わずにはいられなかった。

しかし次に目を開けた瞬間、思いもよらない光景が目に入ってきた。
キン・・・という鈍い金属音で納められる剣と、怯えた三匹のスライム達。
少年の周りには、真っ二つになった三匹のスライムの死体が転がっている。

少年は再び腰を落として構えた。スライム達はジリジリと後退していく。
睨み合いが続き、一匹が逃げ出すと後を追うように他の二匹も逃げ出した。
ふぅ・・・と少年は息を吐き出し、こちらに寄ってきた。
張り詰めた空気は消え、先程までの戦闘が嘘のように穏やかな、無邪気な顔をしている。

?「間に合ってよかった・・・」

そう言って彼は私の頭に手を置き、呪文を唱えた。
【ベホイミ!】私の傷が塞がっていく。彼は治療を続けながら話し掛けてきた。

?「僕はアレス。お姉ちゃん、名前は?」
賢「私はフレイ・・・助けてくれてありがとう」
ア「ううん、どういたしまして!」

それが私と彼の出逢いの記憶だった・・・



~現在:始まりの村:ファイン~


フレイ「あの頃は随分小さかったからね・・・」
アレス「ねぇねぇ、初めてってなぁに?」
フ「ぅ・・・・・・あのね、赤ちゃんってどうやって出来るか知ってる?」
ア「赤ちゃん?んー・・・確かキャベツ畑で葉っぱに包まってるんだって婆ちゃんが言ってた」
フ「・・・(なかなか古いわねぇ)・・・あのね、それは子供がそういう事を聞いてきた時にはぐらかすための冗談なの。
  本当はね・・・


 


 《90分程授業が行われております・・・暫くお待ちください・・・》





  ・・・・・・ということなの。わかった?」
ア「・・・じゃあ・・・ここにアレが入ると赤ちゃんが出来るの・・・?」
フ「(////)そ、そうね」
   ア「へぇー・・・」

アレスは自分の身体を色々と触ったりしている。

フレイは複雑そうにアレスを見ていた。以前聞いた話によると、彼には身寄りが無いそうだ。


物心付く前に山奥の小さな村周辺に捨てられていたアレスは、村のある老人に拾われて幸せな日々を過ごしていた。
村にはアレスと歳の近いものは居らず、子供ながらに農耕の手伝いや狩りに必要な剣術の鍛錬をしていた。

しかし平穏な日々も長くは続かなかった。アレスが8歳位の時のことだ。
剣術の師匠と狩りに行って戻ると、村はモンスターの襲撃を受けて壊滅してしまっていた。

その時幼いアレスを連れて狩りに出ていたのが、彼の剣術の師匠である人。この話はその師匠から聞いたものだ。



~回想:隠れ里:流々舞~


色々あって私とアレスは魔王の情報を集めるのと同時に仲間を集めていた。
村を出た後、アレスと共に世界中を旅した私は、とある隠れ里に寄った際に師匠を紹介された。
当時から群を抜いて強く、元気いっぱいだったアレスの師匠だ。
会う前は筋骨隆々とした人を思い描いていたけれど、実際会ってみると普通の老人だったのが逆に印象深かった。

その日、師匠のお宅で一泊する事になった晩。
夜中に喉の渇きを覚えた私は、水を飲みに外に出た。
家の裏手側に回りこむと、井戸の前には師匠がいた。

師「おや、フレイさん。水でも飲みに来たのかね?」
フ「えぇ・・・少し目が冴えてしまって・・・」
師「・・・アレスは迷惑を掛けてはいませんか?」
フ「迷惑だなんてそんな!・・・いつも助けて貰ってばかりですよ。優しくてとても頼りになります」
師「そうですか・・・優しく育ってくれましたか・・・」

そう言って、師匠はまるで本物の親のように静かに笑っていた。
月明かりの中、師匠との会話は空が白むまで続けられた。



~現在:始まりの村:ファイン~


私はアレスを見ながら不安に駆られていた。
この子は色々知らなすぎるんだ。

勿論世界中を旅して歩いたし、魔王も倒した。
でも、だから?だからどうだっていうのだろう。

アレス「お姉ちゃん!」

どうやら考え事をしていてアレスの呼び掛けを無視してしまっていたようだ。
ちょっと涙目になりながら膨れっ面でこちらを見ている。
どうも一つの事を考えると周りに目がいかなくなる、私の悪い癖だ。

フレイ「ゴメンゴメン、どうしたの?」

そう尋ねると、アレスは私の胸を見つめながら自分の胸を触る。
なるほど、今までは無かったものが珍しいのかな?そう思った時だった。

ア「・・・えいっ」フニフニフニフニ・・・」
フ「え!?あ、ちょ、ちょっと!?」

アレスはベッドに座っていた私の胸をもみだした。
横から抱きつかれるような形で、身動きがとりにくい。

フ「ん・・・こらぁ・・・やめなさい・・・」

動かせる片腕で頭を小突く。
程なく離れたアレスは、私に向かって言った。

ア「お姉ちゃん・・・それずるくない?」
フ「・・・え?」
ア「どうすればそんなにおっきくなるの?」

私は吹き出してしまった。昨日まで男の子だったのにいきなり何を言い出すんだろう。

フ「胸なんかあっても邪魔なだけよ・・・それに私もそんなに大きい方じゃないわよ?
  ・・・アレスは女の子になっちゃって嫌じゃないの?さっき教えたとおり、面倒な事だらけよ?」

私がそう聞くとアレスは少し考えた後に言い放った。

ア「うーん・・・なっちゃったものは仕方ないでしょ。まぁ面倒なのは嫌だけど・・・
  それにホラ、まだ戻れないって決まったわけじゃないでしょ?今までと違う感じを楽しむよ」

能天気というかなんというか・・・あまりにポジティブな考えに私は愕然としてしまった。
世の中には現実を受け入れられなく、自ら死んでしまう人までいる。 しかし、この子が悩んだのは最初くらいだった。私は改めてアレスの強さを思い知った。

フ「あんた強いわねぇ・・・ま、いいか。さ、ご飯食べようか!」
ア「うん食べる!あ、お姉ちゃん、僕の荷物は?それとちょっと力の指輪貸して欲しいんだけど・・・」
フ「?荷物はベッドの下だけど・・・何するの?・・・はい、指輪」
ア「これで動けるし・・・えっとたしか・・・あった!力の種!・・・よし、指輪ありがと!」
フ「なるほど・・・あんた変なところ賢いわね・・・。それじゃほら、いくわよ」
ア「いや、そこは普通に褒めて欲しかったなぁ・・・」



台所からトントン・・・と包丁がまな板を打つ音がリズムよく響いている。
椅子に座って脚をブラブラさせながらアレスは言った。

ア「お姉ちゃん、そういえばここはお姉ちゃんのお家?」

後ろに髪を一本に纏めたフレイが振り向く。
エプロン姿の彼女は、とても母性的でアレスの今まで感じたことの無いものだった。

フ「えぇ、そうよ。どうかした?」
ア「お姉ちゃんは今何かお仕事はしてるの?」
フ「今は父さんの診療所の手伝いよ。少し前まで城下町にも行っていたけど・・・」
ア「そっか、ありがと」

そう言うとアレスは何かを考え出した。

フレイは切っていた何かを皿に盛ると、運びだした。
テーブルの上には料理が並べられている。
最後にアレスの割り箸を持ってきて、フレイも椅子に座った。

フ「さてと・・・どうぞ、召し上がれ」
ア「いただきまーす!・・・ムグマグ・・・!!う、うまい!!!」
フ「嬉しいこといってくれるじゃない♪」
ア「・・・パリムシャガツモルスァ・・・コクコク・・・プハー!・・・うん、決めた!」
フ「何よ?唐突に・・・」

フレイはキョトンとした目で見ている。
アレスは、もう一度何かを考えると言った。


ア「僕、明日旅立つよ!」
フ「・・・えぇー!?」
ア「・・・・・・・・・なんちゃってw驚いた?」
フ「・・・ハァー・・・本気でビックリしたじゃない・・・」
ア「ゴメンゴメン、さぁ、ごちそうさま!あ、僕ちょっとお散歩してくる!」
フ「あ、そぉ?気をつけていくのよ」

アレスはフレイに借りた上着を羽織ると、さっさと出て行ってしまった。
フレイはテーブルの上の物を片付けると、ボーっと何かを考えた後、手紙を書き始めた。

~~~~~翌日~~~~~

アレスは朝霧の中家を出た。昨日新調しておいた自分用の武具を装備している。
幸い身長も体格も大きく変化していなかったので、大金をかけずに修繕できた。

アレスは玄関の前で暫くフレイの事を考えていた。出来る事ならまた、一緒に旅したかった。
でも今度の旅は何も当てが無かった。時間だけを無駄にしてしまうかもしれない。
そう考えると、彼女にこれ以上甘える事は出来なかった。

アレスは一人で歩き出した。後幾つかの角を曲がれば、村の出口だ。
どんどん家は少なくなってきて、逆に景色は広く晴れ渡ったものとなっていく。

村の出口に着くと、門の所にフードつきのマントを被った人が立っている。
こんなに朝早くから誰かを待っているのだろうか?
そう思ったアレスは、その人の横をスッと通り過ぎようとした。その時だった。
アレスの腕がその人に掴まれた。

ア「!?っ・・・だ、誰だ!?」

アレスはバッと腕を振り解き、剣を構える。
東洋に伝わる秘伝によって錬成された『刀』がキラリと輝く。

?「まったく・・・誰に向かって剣先を向けているの?」

フードの人がそう呟いて腕をアレスに向けた。
大気は震え周囲の草木がざわめく。アレスはジリジリと間合いを詰め始めている。

アレスが構えをとろうとした時だった。

?「・・・【ボミオス】・・・」

アレスの素早さは下げられ、俊敏な攻撃が出来なくなった。
フードの人がアレスに近寄っていく。素早く動けないアレスは、逃げようとしても逃げ切れない。
アレスは差し伸べられ、近寄ってくる手をただただ見つめる事しか出来なかった。

ア「!・・・っ!?」

アレスに向けられた手は、彼女の頭の上に置かれた。
そのままクシャクシャと撫で回すと、そのまま自らのフードを持ち上げた。

?「ほら、一人じゃどうしようもないじゃない・・・」
ア「お、お姉ちゃん!?・・・なんでここに・・・」

フードの人は未だ家で寝ているはずのフレイだった。
唖然とするアレスに彼女は語りだす。


フ「あのねぇ、あんたが考えてる事なんて私には解るのよ。
  どうせ『お姉ちゃんにこれ以上迷惑を掛けられない』とかなんとか思ってるんでしょ?
  冗談じゃないわ!勝手に居なくなられる方が幾らか迷惑よ!どう?何か違ってる?」
ア「・・・・・・うぅ・・・・・・」

どうやら完全に図星を突かれたアレスは、ただただフレイの言う事を聞くしかないようだ。
小さく縮こまっているアレスに、フレイはなおも続けた。

フ「大体今みたいにちょっと不意討ち食らって攻撃されたらどうなると思うの!?
  ・・・あんた一人じゃ死んじゃうかも知れないんだよ!?そしたら―――・・・」

フレイの語気は徐々に弱まっていった。彼女は唇を噛み締め、涙を堪えながら話を続ける。
その消え入りそうな声は、弱々しく、しかし凛としている。

フ「・・・私昨日あんたが出て行くかもって感じた時から『一緒について来て』って言ってくれるのを待ってた。」
ア「・・・お姉ちゃん・・・」

フレイはアレスを抱き寄せ、続けた。ツツ・・・と頬を伝う涙は、アレスの肩に落ちる。

フ「ねぇ、あんたは優しいから私のこと気遣ってくれるのは嬉しいの。
  でも、だからって気遣って貰うだけは嫌なの。・・・私は、あんたにとって重荷?」
ア「・・・ずるいよ・・・お姉ちゃん・・・」

山の合間から覗く朝日は二人の影を伸ばす。
つないだ掌から伝わる温もりを噛み締めながら、二人は歩き出した・・・

~~~~~to be continue......~~~~~



~現在:木漏れ日の森~


燦々と照る太陽の下、日差しを避けて森の中を進む女が二人。
そのどちらもが魔王を倒したあのパーティの者だとはわからないだろう。

ア「ふゃ!」ドテッ
フ「あーもー、なにやってるのよ?ほらっ、こっちむいて」

一週間ほど前、前の戦い以来目覚めた勇者は、女になってしまった。
今は元の姿に戻る方法を求めて旅をしている。
旅を供にしているのは賢者。半ば無理矢理ついてきていたが、今の勇者にとっては必要な存在だった。

ガサッ・・・
フレイがアレスの顔を拭いていると、近くの茂みから何かが動く音が聞こえてきた。
ガサッガササッ・・・
音は瞬く間に近づいてくる。二人は身構えると、茂みからの急襲者に備えた。
ザッ!!!!!
そいつ等は、飛び出してきた。

フ「ぃ!?何でこんなところに!?」
ア「かぁいい♪」

飛び出してきたのは2匹のキラーパンサーだった。
親子だろうか?まだ片方は小さく、大きい方の陰に隠れている。
グォルルルルルル・・・喉を鳴らしながら近付いて来るキラーパンサーに、フレイは呪文の詠唱を始めようとした。
しかし、アレスは彼女を制して言った。

ア「スカラかけて見てて♪」

フレイは、呆れながらアレスの言葉に従った。

フ「【スカラ】!」

フレイの呪文の効力が始まって間もなく、アレスは動きをとめた。
それと同時に飛び掛るキラーパンサー。今となっては人よりも大きい猛獣がアレスに襲い掛かる。
バシュッ!とキラーパンサーの爪がアレスの肩を捉える。
アレスは一瞬顔を歪ませたが、キラーパンサーの首を掴まえると、小さなナイフを取り出した。

ア「よっ・・・し、切れた。【ホイミ】」

アレスはキラーパンサーの首に着けられていた小さな首輪を切り裂いた。
同時に、血の滲んでいる首の手当ても済ませる。
キラーパンサーは、少々困惑気味にこちらを見ている。

フ「無茶するわね・・・【ホイミ】」
ア「いつつ・・・ありがと、お姉ちゃん」

アレスは自らの手当てを済ませると、どこからか『骨付き肉』を取り出し、二匹の方に投げてやった。
キラーパンサーは訝しげにそれを見ながら、肉を銜えて森の奥に消えていった。

ア「ふぅ・・・さ、もうすぐ次の町だね。いこ♪」
フ「そうね・・・ったく、もうちょっと自分を大事に出来ないの?」
ア「お姉ちゃんが居るから無茶できるんだよ」

アレスがそう言ってフレイに笑顔を向けると、フレイは顔を背けて「当ったり前じゃない・・・」と小さな声で呟く。
クスクス・・・と、アレスは笑いながら足早に歩くフレイを追いかけた。



ア「うわ・・・ピンクだらけ・・・」
フ「この町・・・何があったの?前来た時と全然・・・」

ここは訪れの町ケポッソファ。3年前訪れた時は交易や朝市で賑わっていた村だった。
しかし、今は妖しく、赤やピンクや紫といった色の看板が立ち並んでしまっている。
町の住人らしい人々も、皆露出度の高い姿で歩き回っている。

ア「あっ!あの人おっぱいおっきい!あっちの人は綺麗な形してる!」
フ「ちょ、ちょっとアレス?ジロジロみないの!ほら、宿取りに行くわよ!」

フレイはキョロキョロしっぱなしのアレスを半ば無理矢理引きずるように宿に向かった。
しかし、どこを探しても『INN』の看板は見つからなかった。
もう陽が落ち始めている。仕方なくフレイは町の人に尋ねることにした。

フ「すみません、この町に宿は・・・」
町人A(男)「あら、綺麗な肌してるわね・・・私といい事しない?」
フ「い、いえ!ご遠慮させていただきます!」

フ「すみません、この町に宿は・・・」
町人B(女)「や ら な い か」
フ「・・・・・・(スタスタスタ)・・・」

フ「すみません、この町に宿は・・・」
町人C(老婆)「・・・お二人さんかぇ?ひぇひぇひぇ・・・おんしも好きじゃのぅ・・・あそこじゃ・・・」
フ「・・・?ありがとうございました」

アレスとフレイが老婆の指差した方を見ると、小さな城が見えた。

城は妖しくライトアップされていて、とてもそこが宿屋だとは思えなかった。
しかし入ってみないことには判らない。
二人はゆっくりと歩を進め、城の敷地に入っていった。

敷地に入ると人気がなく、静まり返っている。辺りを見回した二人は、看板を発見した。
そこに書いてある説明を読むと、どうやらここは本当に宿屋らしい。 少々気がかりなのは『hotel”はってん場”』という名前のせいだろうか?
一抹の不安が胸をよぎりつつも、ほっと胸を撫で下ろした二人は中へと入っていった。

建物の中は意外と普通の宿屋と変わらない造りだった。
しかし、受付がやたらと小さく、声を掛け辛い。
それでもフレイが受付に行くと、中の人は小さな冊子を渡してきた。
冊子の中身はどうやら部屋の内部図らしく、部屋によって料金が違っている。
二人で暫く冊子を眺めていると、アレスは急に指して言った。

ア「あ、ここがいい!」

アレスの選んだ部屋は、部屋にブランコのある部屋だった。
フレイが反論しようとアレスを見ると、目を潤ませながら見つめ返された。

フ「し、仕方ないな・・・」

フレイが受付の人に伝えると、鍵を預かった。
無愛想なのか何なのか、この接客態度は如何なものかと考える。

ア「ブランコ!ブランコ!」

アレスはそんなことには目もくれず、ただただはしゃいでいる。
フレイはアレスを呼ぶと、部屋へと向かった。



フ「な・・・・・・あ・・・・・・え・・・・・・?」
ア「わーい!ブランコぉ♪」
フ「ここはなんなのよ・・・子供が来ていいレベルじゃないわ・・・」

アレスがブランコに夢中になっているのを横目に、フレイは開いた口が塞がらなかった。
ベッドが一台しかない上、間接照明のようなものしかない薄暗い部屋。
そしてなぜか置いてある縄や蝋燭。いずれも見間違いではなく、実際においてあるものだ。

フ「・・・ま、いっか」

楽しそうなアレスを見ていると、こんな場所でも楽しめればいいか、そんな考えが浮かんでくる。
荷物を置き、ため息を一つ吐いてフレイはお風呂場に入った。
思っていたよりも綺麗で広い室内に感動しながら、服を脱ぐ。
鏡に映し出された肢体は旅人、そして魔法使い特有の下半身のみ発達した筋肉というものだった。

この下半身は彼女のコンプレックスであり、誇りでもあった。
戦士や格闘家ならば誇らしいものとなっていたであろうその脚は、長く辛い旅による産物。
時に険しく深い森を、そして時には遥か聳える山を歩いた証。一概に嫌いとは言えないもの。

お世辞にも綺麗とはいえない、傷と痣の多い肌を撫でながら、フレイは静かに歌を口ずさむ。
昔父さんから教わった、名前も知らない歌。
パチャ・・・パチャ・・・と脚を泳がせる度にはじくお湯は、フレイの頬を流れて落ちた。

すりガラスの向こうではアレスが鎧を脱いでいた。
魔王の最後の瞬間に受けたあの傷がひび割れのように生々しく残る胸。
あるはずのなかった、小さな二つの隆起の下の傷痕。

すりガラスの向こうから聴こえる歌はとても弱々しく、でも力強い歌。
歌に聴き入っていると、不意にアレスは苦悶の表情を浮かべながら膝から落ちる。
胸には鋭く刺し込むような激痛。額から流れる脂汗は、床に落ちると血のように滲んでいった。



ハァ・・・ハァ・・・
部屋にはアレスの荒い息とフレイの歌が響いている。
床に転がり、胸を押さえるアレスは、ある記憶を引きずり出していた。
あの戦いの最後に聞いた、魔王の声。意思といった方が正しいかもしれないもの。

魔「これで終わりだと思うな・・・光あるところに闇は必ず在る・・・
  !・・・ワシを倒した褒美に・・・貴様に一ついい事を教えてやろう。
  貴様の体に残ったワシの意思が・・・いつか体を支配する時・・・
  貴様は闇に喰われ、貴様の全てを奪うだろう・・・・・・」

いつ思い返しても嫌な記憶。フレイも知らない三年前の記憶。
アレスはその記憶をそっと箱にしまった。

深く息を吸って息を整えると、パン!と頬を叩いて服を脱いだ。
アレスが向かったのは、すりガラスの向こう側・・・お風呂場だった。

カラカラカラ・・・と戸を開くと、歌が途切れ、湯船から顔をだけ出したフレイがいた。

怒声の響く浴室に一歩入ってアレスは言った。

フ「あ、あんたなにしにkくぁqwせdrftgyふじこlp!!!!!!!!!!」
ア「背中流し合いっこしよ♪」
フ「・・・・・・あ、あんたは・・・・・・・・・orz」

向日葵のように笑うアレスに、フレイは力なくうなだれた。



ア「お姉ちゃんの背中キレイ・・・」

フレイの背中を洗うアレスは、目を丸くしながら言った。
白く透き通るような肌はきめも細かく、誰もが羨むような肌だった。

ア「きっ例ッにきっれいっにあっらいっましょぉ~♪」

誰が聞いても即興だと判るような歌を歌いながら布を滑らせるアレス。
フレイは柔らかな表情でそれに従っている。

ア「お姉ちゃん!右腕上げて!」
フ「はいはい・・・クスクス・・・」

戦いを忘れてしまいそうな程暖かい雰囲気がそこにはあった。
誰かに背中を流して貰うなんて何年ぶりだろう・・・
懐かしいお母さんの思い出が、浮かんで消える。

背中を洗い終わる頃、アレスはフレイの背中にピタッとくっついた。

フ「え?え?どうしたの?」

フレイの言葉は虚空に吸い込まれる。
アレスは一呼吸おいて、静かに口を開いた。

ア「お姉ちゃん・・・僕を、護ってくれる?

フレイの頭上には疑問符が浮いている。
アレスの問いは何なんだろう?何のことを聞いているんだろう?
その疑問は声に出さなくとも明らかで、単純なものだった。

フ「アレス・・・どうしたの?なにかあった?」
ア「・・・・・・」

背中越しにアレスが震えているのが分かる。
今フレイの後ろに居るのは、勇者であり、一人の女の子。
自分の知らない何かに怯える小さな存在。

フレイは必死に言葉を探していた。
見つかりっこない答えは夢幻のようで、現れることはない。

どうすればアレスの求める答えに近いものになるか、そんなことばかり考えてしまう。
アレスの手にキュッと力が入る。
フレイは自分の肩に掛けられている小さな手を握り、素直な気持ちを伝えた。

フ「アレス・・・私にまだ言えないことがあるのね・・・
  私は何でも出来るような器用な人間じゃないし、誰にでも優しい人間じゃないわ・・・
  嫌いな人だっているし、何かを犠牲にして他の何かを手に入れたい時もある。
  ・・・でも、安心して。私はずっと、あんたの傍に居るから・・・」

ア「・・・ありがとう・・・」

ア「じゃあ、僕を・・・・・・・・・殺してくれる?」



フ「!!!・・・・・・・・・!?・・・アレス・・・?」

フレイはただならぬ気配を感じ取って身を翻した。
フラフラと立ち上がりフレイの呼びかけに反応はない。
その雰囲気にいつものアレスはいなく、体は震えている。
しかしゆらりと顔を上げるアレスは、もう普段の彼女だった。

フ(気のせい・・・?)
ア「・・・・・・あははw急に変な話してゴメンね!さて、次は前だよぉ♪」
フ「きゃ!ちょ、アレス!」

その場は何事もなかったかのように過ぎ去り、二人はお風呂場を出る。
結局二人とも少々のぼせ気味にまでなってしまったので、部屋の窓を開ける。

アレスがいつも通りで良かった。
さっきのアレスは一体・・・。
フレイの中で二つの思いが交錯する。

流れ込む風に包まれながら、夜は更けていく。
射し込む月の光。フレイは狼の牙のお守りを取り出す。
両手に包まれたお守りと月の光に願うのは、未来。

ア「・・・うにゅ・・・おねーちゃぁん・・・ねょ・・・?」

布団を広げて自分を迎え入れようとしている―――アレスの未来。
フレイは布団に潜り込むと、アレスに抱かれて目を閉じた。



翌朝、アレスはフレイをおいて宿を飛び出した。

鬱蒼とした森の中をひた走る。
彼女の目には涙が浮かび、体の上下に合わせて流れて落ちる。
前に進むたびに木の枝が襲い掛かってくる。
しかし今の彼女にそれを避ける余裕はなかった。

本当はずっと一緒に居たかった。でも今は一緒に居られない理由が出来てしまった。
一緒に居ればどちらかが必ず死んでしまう。
アレスの中にはその確信があった。

今の自分の中には何かの意識が混ざっている。
恐らくアレは―――――魔王。
僅かながらその芽はアレスの中に根付いている。

そして昨日・・・彼女はその存在に気付いてしまった。
お姉ちゃんの背中を流していて自分の中で膨らむ感情は、憎悪。
自らの気持ちに比例して大きくなる憎悪。
アレスはその気持ちを抑えることで精一杯だった。
そしてアレスはその気持ちに気付いた。

ア「僕は―――――・・・・・・・・・」



アレスは気の室で休んでいた。
刀を立て掛けて目を閉じる、その姿は武士の様相。
森の中で眠る際の習慣だった。
アレスに近づく黒い影。そいつから発せられる殺気にアレスは目を覚ます。

「・・・!グリズリー!?」

アレスの周りには二匹のグリズリーがいた。
相当気が立っているらしく、眼が血走っている。

「この体では・・・ちょっとキツいかな・・・」

そう言いながらも、アレスは刀を構えた。
彼女が最も得意とする『居合い』。
アレスは神経を研ぎ澄ませながら腰を落とす。

アレスの発する張り詰めた空気は辺りを包み込んだ。
グリズリーたちは姿勢を低くしながら飛び掛る構えをとっている。
ジリジリと詰め寄るアレスを威嚇しながら、サイドに回りこんできている。

「・・・ダメか・・・仕方ない・・・」

グリズリーが更に詰め寄ってきた時だった。

「五光・・・葉ノ舞」

呟いた瞬間、太刀筋が光となって走る。
アレスを取り囲むようになぞられた軌跡は、アレスが刀を納めると同時に消える。
光の消えた太刀筋は全てを別ち、別たれたものは重力に従った。

「・・・ごめんね・・・」

アレスの去る後には、二つの墓標と紅い血の痕が残っている。
アレスは背中に紅を背負いながら、再び歩き始めた。

「こうするしか・・・僕には・・・」

涙を拭いながらその場を離れると、グリズリーの子供に出会った。
突然飛び掛ってくるその子供にアレスは押し倒された。
悲しみと怒りの混じった遠吠えに、アレスは全てを解する。

「そっか・・・ごめんね・・・」

アレスは抵抗はしなかった。
親を失ったこの子の苦しみを、嫌というほど知っていたから。
肩口に噛み付くグリズリーの頭を痛みの中でそっと抱く。

自分の血が止まらない。痛くて、苦しくて、でも親を失う苦しみはもっと痛い。
痛みで意識が次第と薄れていく。
アレスはその中、何かの雄叫びを聞いていた・・・。



翌朝、フレイが目を覚ますとアレスはいなくなっていた。
アレスの分の荷物がなくなっている。
机の上に【ごめんなさい】の置手紙があった。

フレイはそれを見ながら黙って立ち尽くしていた。
引きずり出す昨日の記憶には、アレスのことばかりが浮かんでくる。
フレイはベッドに仰向けに倒れると、昨夜の質問を思い返していた。

アレスを守る事がアレスを殺す事・・・質問はそう取れた。

アレスは結局は命を落とす事になってしまうのだろうか?
そうだとしたら、フレイはどちらの選択肢を採るわけにも行かなかった。
アレスを失うことなんて自分には耐えられなかった。

三年と少し前・・・あの旅の最中に知った気持ちを、願いをまだ失ってはいないから。

フレイは出発の支度を整えた。
アレスの残した手紙をローブに縫込み、冷たい水で顔を洗う。
受付に支払いと鍵の返却を済ませると、そのまま次の町へと歩を進める。

フ「・・・ったくぅ、まってなさいよぉ!今に追いついてやるんだから!!」



私は町を出た。
次の町は山一つ向こうにあって、向かうには山道を通らなければならない。
まだこの辺りのモンスターは弱い方なので問題はないが、どうも一人旅と言うのは苦手だった。

いつも横に居たあいつが居ないだけで、こんなにも心に穴が開いたようになる自分がいる。
そして一人になるとどうしても居ないヤツの事ばかり考えてしまう。
こんな自分が、嫌だった。

道中襲い掛かってくるモンスターを退けながら私は歩いた。
戦闘は好きではない。無駄な殺生が嫌いなのは私とあいつの甘い所。
でも、不思議とそれが欠点だとか悪いとか思ったりはしていない。
人にもモンスターにも生活があって、どちらも生きている。
その命を無理矢理奪う事なんて、出来なかった。

茂みを書き分けながら私は進んだ。
ある大木の元に着いた時、私は目を疑った。
黒く変色した土、辺りに散らばる獣の体毛、そして岩に付いた大量の血液。
ここで何か戦闘があったことに間違いなかった。

私は少し辺りを調べてみた。
すると土を掘り返したような跡に気付いた。
盛り上がっている土には、一輪ずつの花が添えられている。
私はこのお墓には見覚えがあった。



~4年前:始まりの村:ファイン~


アレスにピンチを助けて貰った直後だろうか。
私に少し待つように言うと、倒したモンスターに土をかぶせ始めた。
何をしているかを聞くと、お墓を作っているらしかった。
彼はモンスターを葬った後、近くに生えている花を摘みながら言った。

ア「・・・僕たちが勝手に縄張りに入ったのがいけないんだ。
  生きるために犠牲はどうしても出てきちゃうけど・・・僕からの『ごめんなさい』かな・・・」

彼は花をそっと置くと、私に手を差し伸べてくれた。



~現在:森の中~


フ「あの頃はモンスターは敵でしかなかったなぁ・・・」

私はそう呟いてお墓に手を合わせた。
どんな形であれ、アレスはここを通った。今はそれが判った事が嬉しかった。

フ「アレス・・・」

フレイは青い空を見上げて、眩しそうに目を細めた。



ア「・・・ぅっ・・・・・・ここは・・・?」

アレスは薄暗い洞窟の中で目を覚ました。
小さな泉と焚き火があり、周りにはだれもいない。
体には包帯のようなものを巻きつけられていて、応急手当をされたようだった。

アレスがフラフラと壁につかまり立ち上がろうとすると、誰かの足音が聞こえた。
今の自分は刀を持っていない。モンスターに襲われたら一たまりもなかった。
しかし隠れるような場所もない。アレスは壁の裏に隠れると、魔法で戦う事を考えながら身を構えた。

しかし、次の瞬間にはその考えは簡単に崩壊していた。
頭に青紫のターバンを巻き、松明を持ちながら来た男は、傍らにあの親子のキラーパンサーを従えている。
アレスの方に近づきながら、彼は喋りだした。

?「やぁ、大丈夫かい?」

ニッコリとアレスに笑いかけるその男からは、一片の殺気や敵意は見られなかった。
完璧に毒気を抜かれたアレスは、こくりと頷いた。

ア「あの・・・ここは?」
?「あぁ、ここは川辺の洞窟。君の居た森から少し逸れた場所だよ」

男はそう言って拾ってきたらしい木の枝を焚き火に放り込んだ。
パチッと音を上げながら少しづつ燃えていく木を見つめる表情はどこか遠くを見ている感じがする。

?「あ、いつまでもそのカッコじゃ寒いよね・・・ゴソゴソ・・・はい、これ」
ア「え?あ、ありがとうございます・・・」

男の渡してきたのは、アレスの装備していた胸当てだった。
グリズリーに食い千切られた肩紐の部分は、新しい布で繕ってある。

ア「あの、コレ・・・」
?「うん、勝手に直しておいたよ。肩の傷が治ってから着けてね」

アレスがペコリとお辞儀を返すと、彼は立ち上がった。
先ほど持ってきた紙袋を漁っている。

?「う~ん、ちょっと・・・あ、ゲレゲレ!鳥二・三匹・・・頼めるかい?」

彼に呼ばれたキラーパンサーは、ガァッ!と返事をして洞窟を出て行った。
彼はアレスの方を振り返って尋ねた。

?「お腹、減ってない?」
ア「いえ!そこまでして頂く訳には《クゥ~キュリュリュ~》・・・(////////」
?「・・・www・・・卵、好きかい?」
ア「・・・ハィ・・・(//////」

彼は焚き火を石で囲んで簡単な竈を作り、料理をし始めた。


男が料理をしている傍らで、アレスはその姿をジッと見つめていた。
男から見たらただ単にお腹を空かせた子供だったかも知れない。
しかしそれでもアレスは見つめるのをやめなかった。

男の料理姿は真剣そのもので、器用に卵をまるめていく。その姿が新鮮だった。
アレスはついこの間フレイに言われていた言葉を思い出していた。

フ「あんたにも料理教えてあげるからね!」
ア「えー?僕食べる方が良いよー・・・」
フ「めんどくさがっちゃ駄目よ。食べるなら美味しい物の方が良いじゃない!」
ア「じゃあお姉ちゃんとずっと一緒にいるからいいもん♪」

あの一言が悔やまれる。
何で言ってしまったんだろう。何で僕はこんな所にいるんだろう。
料理を見ていたはずのアレスは、自分でも気付かない内に涙を流していた。

アレスは声を出さず、嗚咽すら漏らさない。
男は土に落ちていく滴に気付いてアレスの顔を見上げた。
先程まで料理に爛々とした瞳は、どこか焦点が合わずボーッとしている。

アレスは思い出したことを後悔していた。
お姉ちゃんの声が・・・匂いが・・・温もりが・・・忘れようとしていた物が出てくる。

ア「お姉ちゃん・・・会いたいよ・・・」

男にも聞こえないような消え入りそうな声で、アレスは泣いた。



~現在:凪の村:カソス~


木の葉が舞い、風が吹き抜ける町。
その町の入り口にフレイは立っていた。
外を出歩く人もいなく、辺りに人の気配はない。

フ「全く・・・ここも変わらないわねぇ・・・」

ため息を一つついて、宿の方へと歩く。
フレイにとってこの村を訪れるのはほぼ四年ぶりになる。
あの頃は結構驚いたっけ・・・そう思いながらフレイは宿屋の扉を開いた。
ギィィィ・・・という音と共に扉は開くと、中には一人のおじさんが居る。

フ「おじさん!久しぶり!」
お「・・・フレイか?久しぶりだなぁ・・・性的な意味で」

セクハラ紛いの挨拶も軽く流しながら、フレイは中に入っていった。
――――そう、ここはフレイの叔父の経営する宿屋。
この人の少ない村に昔から住み続ける人だった。

中に入ると、外見には合わない綺麗な空間が広がっている。
可愛らしく、少し恐ろしさを覚えるようなフリルのドレスを着た人形。
シンプルなテーブルと椅子に、オシャレなテーブルクロス。

フレイも昔一度会った事がある叔父の奥さんの趣味のものだった。

ふとフレイはカウンターの上にある写真立てを手に取った。
若かりし頃の叔父と、その横に笑顔で座っている女性。
フッと柔らかく微笑むフレイを見ながら、叔父も懐かしむように微笑む。

フレイは、何かを思い出す様に背中越しに尋ねる。

フ「・・・ねぇ、叔父さん・・・ここに女の子が一人で来なかった・・・?」
お「んぁ?女の子?さすがに一人ではこねぇなぁ・・・大体旅人くらいしかこんな町こねぇしよ」
フ「そっか・・・ありがと」

場に訪れる静寂。叔父は何かを感じ取ったようにフレイに歩み寄る。
叔父はフレイの肩に手を置くと、彼女は振り返る。
フニ・・・と叔父の指がフレイのほっぺに食い込む。叔父はニッと笑って言った。

お「おぅ、元気ねぇじゃねぇかよ!」
フ「・・・うん、ちょっとね」

エヘヘ・・・と力なく笑うフレイに、叔父は一瞬表情を曇らせた。
しかし次の瞬間、叔父は手を伸ばした。―――――胸である。
真面目な顔を作りながら、叔父はフレイの胸を触った。

繰り出されるフレイの左フック。
しかし、叔父は歳を感じさせないステップで紙一重でそれを避ける。
胸を撫で下ろした叔父だったが、すぐに次の攻撃がきていた。
少し離れた叔父に対するフレイの渾身の右ストレート。
ボッと空気の壁を巻き込む音が聞こえる。
ここまでか・・・叔父は歯を食いしばり、覚悟を決めた。

叔父が腰を据えたその時だった。
ズボンの裾を踏んづけた叔父は、頭一つ分体勢を崩した。
髪の毛をかすめながら拳が頭上を通る。遅れて風がフワァッっと通った。

フ「・・・【ボミオ】・・・」
お「ちょ、まっ・・・!!!!」

バッチィィィ~ン!!!と音を立てながら叔父は床に頭をぶつけた。
フレイの手の平と叔父のほっぺは真っ赤に腫れ上がっている。

フ「何するのよ!」

鼻息を荒げながらフレイは叔父に怒鳴った。
叔父はムクリと起き上がると、ほっぺを押さえながら笑った。

お「何があったか解んねぇけどよ、お前はそのくらいの意気でいったほうがいいぜ?」

親指を立てた手を向けられ、フレイの怒気は抜かれてしまった。

フ「(私を元気づけるために・・・?)」

叔父は頬を押さえながらフレイの方を見ている。
フレイはもう一度叔父の頭を小突くと、『もうちょっとやり方ってあるでしょ?』と言って笑った。



音を立てて緋色に染まる枝が弾け飛ぶ。
手元には暖かいスープとパン。目の前の即席竈では丸裸になった鳥が焼かれている。
スープを口に含むと、少し塩辛いような感覚を覚える。
独特の味・・・だけど温かいスープだ。
数日前までは普通に口にしていた物なのに、なぜか無性に懐かしさを感じた。

火の向こう側で鳥の焼け具合を見ている男は、キラーパンサーと話をしている。
傍目に見ると少々危ない人だ。アレスは不思議に思って、それを口に出す。

ア「ねぇ・・・言葉・・・通じるの?」

突然声を掛けられたことに驚いたのか、目を丸くした男は笑って答える。

?「あぁ・・・うん。全部って訳でもないんだけど、解るよ。・・・やっぱり変かなw」
ア「変だね・・・でも・・・」
?「でも?」
ア「羨ましいなぁ」

アレスがそう言い放つと男は頭を掻きながら顔を真っ赤にした。

?「ハハ・・・そんなこと言われるのは初めてだよ」
ア「そうなの?」
?「うん・・・大体はみんな・・・僕を避け始めるから」

寂しそうな笑顔を作りながら、男は続けた。

?「僕はね、物心つく頃から父さんに付いて旅をしてたんだ。その頃には未だ判らなかったんだけどね。
  父さんが旅の途中で亡くなって・・・ある町に住み着いた頃かな。友達ができたんだよ」

アレスは、男の話に聞き入っていた。
懐かしそうに話をしている男はどこか儚げで、悲壮が滲んでいる。

?「それで遊びに村の外に出たんだ。モンスターがでるから危ないって言われてたのに。
  そこで・・・モンスターに遭っちゃったんだ。小さくて弱いモンスターにね。でも当時は怖くて・・・
  僕は友達と逃げたんだ。でも追いつかれちゃった。あの頃は体力もなかったしね」
ア「・・・・・・」
?「その時聞こえたんだ。『待って!』って。それでその時振り返ったらね、その仔が立ち止まったんだ。
  『うちの子を助けて下さい』確かにそう聞こえたんだ。それで、木に登って降りられなくなった子を助けたんだ。
  それを付いてきてた友達に見られて・・・気味悪がられたよ。『あいつはモンスターの子供だ』って」
ア「そんな・・・」
?「まぁ、子供の頃だからね。僕にはもう親がいなかったし、仕方ないよ」

男は一通り話すと、スープを一口飲んで笑った。

?「それに・・・今は幸せなんだ。こうやってこいつとも居れるし・・・理解ある嫁さんとも出会えた」
ア「奥さん・・・いたんだ?」
?「うん、最初いた村を出てから長い旅をして・・・色んな人と出会って・・・その人は僕に着いてきてくれた」

男から笑顔が溢れる。その顔に、もう先程の悲壮は見られなかった。

ア「奥さん、いい人なんだ?」
?「アハハ・・・うん、ビアンカは僕の世界で一番だからね!」
ア「・・・いいなぁ・・・好きな人と一緒に居られるって・・・幸せって事だよね・・・?」
?「?・・・うーん・・・それはそうだけど、ちょっと違うかな?」

アレスはその否定の言葉に驚いた。
しかしこの時の言葉は、心に深く刻み込まれる事になる。

?「好きな人と一緒に居ても、壁は出来るよ。でも一緒なら何でも越えられる気がしない?
  全部が全部幸せって訳じゃないんだ。だから、好きな人と一緒っていうのは・・・」
ア「・・・強くなれる・・・?」
?「そう。そう考えた方が楽しいじゃない!」
ア「強く・・・」

言葉を噛み締めながら、アレスは焼きあがった鶏肉をかじった。
素焼きの鶏肉に味はあまりなかったが、懐かしい味に少しだけモヤモヤが晴れた気がした。

食事を終えたアレスは、洞窟の外へ出ていた。
風になびく草原は、大きな月と星たちに照らされて踊っている。
小高い丘でアレスは静かに口を開いた。

ア「僕・・・明日、行きます」



フレイは夕食の準備をしていた。
叔父の宿に泊まる時は、宿賃の代わりにフレイが夕食を作っていた。

フレイの母の兄である叔父さんには、子供がいない。
若い頃奥さんがモンスターに遭い、ひどい怪我を負った。
その時妊娠していた子供が流れたのが原因で、子供の授かれない体になってしまった。

それでも叔父さんは奥さんと仲良くやっていた。
人の少ないこの村で、苦労しながらもこの宿屋を経営していた。
…そんな叔母さんが亡くなったのは、アレスが永い眠りについて間もなくだった。

フレイ達は魔王を倒した後、アレスの事もあって逃げる様に宮殿を出た。
キチンとすべきだった大事な『後片付け』ということも忘れていた。

『先ず頭から―――』そんな兵法が通じるのはやはり、人間同士だけなのだろうか。
『魔王』という統率者が亡きその時、各地で魔物は荒れ狂った。
勿論フレイ達も各地を回っては猛威を振るう魔物たちを討ち続けていた。

…そして数多くの悲劇は起こってしまった。
戦士団や騎士団の雇えない貧しい村々が、次々と魔物による襲撃で壊滅させられていった。

叔母も、そしてこの村もその中の一つだった。
この逃げ場のない偏狭の村で最低限の生活を送っていた彼女は、叔父の前で無残にも八つ裂きにされてしまった。
―――叔父は、独りになった。



―――ふと考える。
もし、私達がもっと早く、魔物達を倒していたら…
もし、あの時魔王城の魔物を一匹でも多く倒していたら…
考えずには、いられないのだ。
もし、もし、もし―――

魔王を倒したフレイ達は、その後の戦が終わると英雄として称えられた。
勿論、報奨金や懸賞金などは一生遊んで暮らせる程集まった。

―――しかし、フレイ達はそれを受け取らなかった。
壊滅した町や村に分け与える事で、罪の意識をほんの少しだけ軽くした。
それはフレイ達のせいではない… 誰かがそう言った。確かにそうなのかもしれない。
しかし、きっかけを作ったのが自分達であるという現実も確かであった。

お「おい、フレイ?なんか焦げ臭く…おいっ!?」
フ「え…?きゃっ!」

噴出した鍋の中身は縁を伝い、竈の中に落ちている。
慌てて鍋を素手で掴もうとするフレイの手を、叔父が叩き落とした。

お「馬鹿野郎ッ!いいから座ってろ!」
フ「―――ごめん…ごめん…っ…ごめ…ひっ…ごめ、なさい…」
お「フレイ…」

何かが切れたかのように泣き出すフレイは、謝り続けた。
頭に乗せられた叔父の手が、暖かい…
ガチャガチャと暴れる鍋の蓋の音は、暫く続いた。



フ「叔父さん、それじゃあ、ね」
お「おぅ、またこい!大抵は暇してっからよ!」

まだ少し目の赤いフレイは、叔父に見送られながら旅立った。
いつまでも手を振る叔父は、強く、とても強く見えていた。

フレイはまた一つ、大切なものを学んでいた。
―――全てを背負って生きる。
悲しみも、罪も、その全てを背負って―――

フレイは、歩き出した。



~幕間~

切り立った崖で一匹の狼が遠吠えを繰り返す。
闇に包まれた城では、今日もまた宴が繰り返される。

城へと続く道、ゆっくりと歩を進める魔牛車の日除けが浮かんで落ちた。
ちらりと見える足は、浅黒く、艶かしく―――

「―――もうすぐ…じゃのう…」

その言葉を皮切りに発せられた高笑いに、草木は震えた。

狼の遠吠えは、もう聞こえない―――

~幕間終~

 

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最終更新:2008年07月21日 21:10
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