――ギシリと、僅かに錆の浮いた扉が開くと、体育倉庫の中からヒヤリと冷たい空
気が流れ出してゆく。
「……あのー、もしもーし、はーたーん……?」
暗い空間に外から朱色の夕陽が差し込み、陰るシルエットは良く見慣れたもの。
――コゲ丸さん。私の親友。
いや、もう、『親友だった』と言った方が正しいのかもしれない。
だって私の親友は、あんな可愛らしい女の子なんかじゃない、『男』だったんだか
ら。
「……おっかしいな、確かにここで待ってるって書いてあったのに……おーい、いる
んだろー? 隠れてないで出ておいでー。何のつもりかしらないが、こんな所に呼び
出されたら俺はノンケでも構わず食っちまう男……じゃなくて女なんだぜー?」
フザケたように呼び掛けながら、乾いた埃の匂いの中に踏み出していく彼女。
……相変わらずの物言いに、心がささくれ立つ。
何であの人はいつもああなんだ。いや、『今も』ああなんだ。
それは勿論こんな異常な状況という意味での『今』もあるけれど、そうではなく
て。
――何故、あの人は、変わらないんだ。
――女になっても、悲しそうどころか動揺一つ見せなくて。
女体化しちまったぜー、なんて軽く笑い飛ばして。
――そんなの、馬鹿みたいだ。
だから、
これは、復讐なんだ。
コゲさんが奥まで入ったところで確認すると、私は飛び出して内側から鍵を閉め
る。
ガン、と大きな音を立てて、密閉される狭い空間。
「え…………?」
これで、二人きり。
「こんにちは、コゲさん」
そうして、私は笑いかけた。
「ちょ、脅かすなよはーたーん……流石にちょっとビビったぜー? 知り合いの名前
で呼び出してみんなで仲良く輪姦とか、そんな濡れる展開を一瞬想像しちゃったじゃ
ねーかー……」
閉めた相手が私だと判るや否や、相好を崩して近付いてくるコゲさん。肩の上で跳
ねる茶色がかったセミロングの髪まで彼女の心を表すようで、少し微笑ましい。
――甘い人、本当に。
「ごめんなさい、少し内緒の話があったもので……ご迷惑でしたか?」
「いやいやいや、はーたんの話だったらどんな状況だって迷惑なんかじゃないって。
ましてや内緒話! っくー! 親友冥利に尽きる話じゃねーか! これで告白だったり
した日にゃ幸せ過ぎて帰り交通事故にでも会わないかビクビクする羽目になるな!」
「フフッ、全く……今はコゲさんも女じゃないですか。女友達に告白されてどうする
んですか?」
「そりゃそうだが、心はまだ男だしな。可愛い女の子に告白されればそりゃ嬉しいも
んだ」
「……もう、女の子になってもお世辞が上手なんですね?」
「おいおい、お世辞じゃないってー」
そう言って私の前で屈託なく笑う彼女はとても眩しくて、綺麗だ。たとえばそれは
笑うと細まる大きな明るい瞳だとか、歯を見せて笑う容のいい唇だとか。それは、女
の私から見ても凄く綺麗で――
――だから、心の底から、壊したくなってしまうんだ。その笑顔を。
「――ねぇ、両手を出してくれませんか?」
そう言って悪戯っぽく笑ってみせる。顔を作って見せるのは、幸い『彼』のお陰で
もう慣れた。
「え? こうか?」
案の定何の疑いも持たず、何かを受け取るような形で両手を差し出す彼女。――も
う二度と得られないかもしれないから、今だけはその信頼が有り難かった。
「ええ、じゃあちょっとだけ目を瞑って下さい。……薄目もダメですよ?」
「……あ、ああ」
僅かに戸惑ったような素振りを見せながらも、素直に従うコゲさん。少し赤らんだ
顔は、本当に一体何を想像しているのだろう?
「……本当に、馬鹿なんですから」
――そして私は笑いながら
ガシャリと
その華奢な手首に隠していた手錠をかけた。
「…………え?」
冷たい感触を不審に思ったのか目を開けて、そのままポカンと手錠のかかった手を
眺めるコゲさん。
――その機を逃さず、事前に引いておいたマットの上へ押し倒す。
「ッグ……! ちょっ――はーたん!?」
ここまで来てようやく異常に気がついたのか、コゲさんは私の下で僅かにもがこう
とする。けれどそんな事は初めから判っていた事で、私はコゲさんの手錠のかかった
両手を片手で押さえ付けた。
「え、ちょ、え?」
……ここまでされて、まだ理解出来ていないのだろうか。全力で抵抗する訳でもな
く、ただ呆然と上にのし掛かる私を見つめる綺麗な瞳。その中にはきっと、無表情で
コゲさんを組み伏せる汚い私が映っているのだろう。
まるで喜劇みたいな酷いギャップ。醜いアヒルの子に似た、けれど矛盾した滑稽
さ。……私は、美しく成長する訳ではないのだから。
「……判らないなら、そのままで結構ですから」
だから私は、それだけ言ってコゲさんのブレザーのボタンを外し始めた。
……ブラウスまではだけさせたところで、私は思わず息を飲む。
しみ一つ無い白い肌。なだらかな曲線を描く胸元。可愛らしいレースのついた白い
ブラジャーに包まれたそれは、匂い立つような『女性』を感じさせる。
ただ、綺麗だと思った。
ようやく現状を本格的に認識し始めたのか、目を見開いてこちらを見ていただけ
だったコゲさんの顔がみるみるうちに羞恥の色に染まっていく。
「……ちょ、おい、はーたん? 本当にちょっと冗談にしてもやり過ぎだって! 俺だ
からいいけど、俺以外だったら本当に――」
「安心して下さい、コゲさん以外にこんな事はしませんよ?」
機先を制してにこりと普段通りに微笑む私に、まだ現実を認めようとしないコゲさ
んは口をパクパクさせて凍り付く。
――可愛い。
男の人の時も肌が白くて赤面症なのは変わらなかったけれど、今はあの時の比じゃな
い。
すらっとして、外見は凜とした印象の美人なのにいざ口を開けば男の時の印象が全
く抜けていなくて。
――そんな人が今、私の下でただ声を失っている。
酷くサド染みた愉悦が、空洞の私の心を満たしてゆく。
知らない感覚。知らない私。
そんなものが、私の思考を、身体を奪い取ってゆく。
……空洞になる前にそこに詰まっていた物は一体なんだったのかも忘れて――
――いや、忘れようとして、私はまた軽い笑いを漏らした。
「可愛い、コゲさん……」
「だから、はーた……ん、っ!?」
少し煩い口を塞ごうと意図的に、けれど半ば無意識に唇を重ねる。
「――んむっ、んぅっ!?」
「ッン、ふ、ぅっ――――」
柔らかくて、乾燥など知りもしないような滑らかな唇の感触。それが心地良くて、
更に強く求めていく。
――以前ふと見入った、乾いてひび割れた唇が、僅かに脳裏を掠めたから。
更に強く、深く。
外側だけしか触れられないのが酷くもどかしくて、閉じた唇を無理やりにこじ開け
て舌を滑り込ませた。
「ッ―――――――!?」
「ハッ……っぁ、んむ……」
ぴちゃりと、冷たいコンクリートに響く淫靡な音。音と共に舌先に乗る、媚薬のよ
うな甘い液体が私の思考の奥を少しずつ麻痺させ、白く染めていく。
霞んだ思考のままはだけた胸に右手を這わせ、ブラジャーの下へと潜り込ませた。
「っぁ……ッ!? ふぁ、む――ッむ、んぅッ!」
刹那、ビクリと跳ねる身体。彼女の口内へ潜り込んでいた私の舌に、上下から僅か
に触れる堅い感触。
――――噛み切られる。理解した瞬間、私の背中に明らかな快感の波が走った。
――――そうだ、噛み切られしまえばいい。
食い込む力が強くなると同時に、強くなっていく背中の痺れ。
――どうせ、一つになれないのなら。
何処か狂った、酷く白痴染みた恍惚。
――このまま、私が、食べられて、しまえば――
――食い込んだ歯が離れたのも、正気に戻ったのも一瞬。
「――あ……ごめ、はーた、ん……」
酷く朦朧とした瞳で、なのに尚もこちらを気遣うように優しい目を向ける人。
……不条理な怒りが、お腹の奥底で更に大きく、けれど燃え上がる事もなく燻り始
めた。
サイズもギリギリなのかブラジャーに締め付けられて殆ど指先すら動かないような
状態の中で、逆にこちらの指を包んでしまうような柔らかさを撫でるように堪能す
る。
「……ッ、うあ――ふぁぁっ!」
時折指が尖端を掠める度に、大きく声を上げて背筋を伸ばすコゲさん。かと言っ
て、敢えて中心を避けるように指を沈め、円を描くように撫でていくと、一変して酷
く切なそうに涙の浮いた瞳を揺らすその表情が堪らなく愛しい。
本当に、何もかもグチャグチャにしてしまいたい程に。
感情に従い、手を一度抜き去る。
「ッン……! ……ぁ……?」
それに気付いて、コゲさんは不思議そうな目を向けてくる。
……正気の光を少しずつ失い始めた目に見え隠れするのは、僅かな不満。
思わず、微笑む。
耳元に囁くように語りかけた。
「――ねぇ、コゲさん」
「――ぅあ……!」
それだけで跳ねる身体に、我慢がきかなくなりそうになる自分を必死で抑え込み、
私は続ける。
「もっとして欲しい、ですか……?」
「――ぇ、ぁ…………」
言葉の意味を理解したのか、染まった頬を更に赤く染めて俯こうとするコゲさん。
それを許さず、軽く耳の裏に舌を這わせる。
「ヒッ、ゥ――!」
逃げようとする身体を再び強く抑え込んで、そのまま再び耳元に問い掛ける。
「答えて、下さい……」
そのまま耳朶を甘噛みして、舌先でくすぐっていく。
「や、ァッ――! ぅあ、ァァァッ!」
どうする事も出来ずに泣き声のような嬌声を上げながら、コゲさんは必死に首を傾
げて逃げようとする。
流石に抑え込むのも辛くなってきて、仕方無く耳を開放しもう一度唇を重ねた。
開放された安堵からか緩く開いた唇を、舌で丁寧になぞる。
「……ふ、ぁ…………」
無意識だろうか。
その舌先に縋るように、外に出て触れてくるコゲさんの赤い舌。
それに応えて、私も少し強く舌を絡めていく。
――ぐちゅり、くちゃり
先程より大きく、狭い空間に水音が響いていく。あまりにも多過ぎて、舐めとっ
て、いくら飲み込んでも次々に溢れ、唾液で汚れていくコゲさんの口元。
――名残惜しげに銀の糸を引く舌をほどき、口元を袖口で拭ってやりながら再度囁
く。
「――続き、して欲しいですか……? コゲ、さん……」
微笑み、瞳を深く覗き込み、唇から唇へと注ぐように口にする言葉。
媚薬のように、甘く空気を震わせる言葉。
こちらを芒と見詰める上気した顔の少女は、組み敷かれた状態のまま、一つ太股を
擦り合わせて――
「……ぅ、ん――――」
少しだけ、首肯した。
付けやすさで選んだのだろうか、フロントホックの白いブラジャーを手早く外す。
露わになった胸が先程手に感じたよりも心なしか大きいように感じるのは、おそら
く気のせいではないのだろう。
……少しだけ羨ましくなって、嫉妬紛れに色素の薄い突起を親指で強く擦り上げ
た。
「ァ…………!」
「……失礼、しますね…………?」
息を詰めたまま敏感に反応するコゲさんを後目に、更に手とは反対側の突起へと舌
を這わせ、甘噛む。
ペチョリと尖端を舌先で転がし、強くねぶってゆく度に苦しそうに身悶えるコゲさ
ん。それがとても可愛くて、私は大きく自己主張するようになったその尖端を人差し
指と中指で挟み、執拗に舌先で愛撫を繰り返す。
最早抑えるものなくなった手は上にいる人間を押し退けるでもなく、黴臭いマット
を強く掴んでいる。
苦しそうに、けれど恍惚に歪んだ綺麗な顔。焦点の定まらない惚けた瞳。蕩けるよ
うに熱い吐息を吐きながら、焦ったように言葉を紡ぐ唇。
「……ィッ、ハァ――きもち、いいよ……ック、はー、た――ぅぁ!」
その総てが私の行為を肯定していて、歯止めが効かなくなってくる。
もっと、もっと。
欲望のまま唇を離し、一方的にコゲさんの総てを犯し尽くしていく。
口腔を。
耳朶を。
首筋を。
鎖骨を。
胸元を。
肌を辿り、おへそをに舌を這わせ、脇腹をくすぐる。
範囲を広げる度に酷く大きく胸を満たす充足感。いっそこのまま抱き締めて、泣き
出してしまいたい程強く胸を衝く安堵。
それを全身で感じているのに、私の深く、何処かドロドロと爛れて崩れた場所が語
りかけてくる。
まだ、足りない。
「ふぁ……はー、たん……?」
「……フフッ、コゲさん……少しだけ、待って下さいね……」
唇を離し、紺色のプリーツスカートに手をかけ、慣れた所作でホックを外した。…
…他人のスカートを脱がすというただそれだけの事に、快感すら伴う背徳感が脳を焼
いて、更に思考が白く染まってゆく。
「……綺麗……」
「ぅ、ぁ……そんなにじっと、見る、な、よ……はーた、ん……」
露わになる白いショーツ。紺色とコントラストを成すそれがとても綺麗なのに、な
んだかとても淫猥なのは、きっと。
躊躇いなく、緩やかに弧を描く恥丘を軽く擦る。
「ふぁ、ァァッ!?」
コゲさんの身体が激しく震えて、大きく響く衣擦れの音。
――その中に、クチリと、小さく響いたかすかな水音。
――予想出来ない事ではなかったけれど、それでも素直に嬉しくて、笑みが零れ
た。
「――アハ、コゲさん……濡れてる……」
「あ……う、あ……」
少し指先についた粘り気のある液体を眼前に差し出して、これみよがしに糸を引か
せる。
それだけで言葉もなく俯くコゲさんの瞼に一つキスを降らせ、再度下腹部に近付い
た。
羞恥でぴたりと閉じられた太股を優しく撫で擦り、軽く舐め上げて強引に開く。
その下から現れる、明らかに汁気が染みて、僅かに淡いピンク色の透けたショー
ツ。
「ヤッ、ちょっ……だからホント、あんま、見ないで――」
それを必死に手で隠そうとするコゲさんはもうこれ以上ない程真っ赤に頬を染めて
いる。
「……もう、隠したらダメですよ? コゲさん」
――そろそろ、私も限界だった。
まだ弱々しい抵抗を続ける手をあっさりと退けて、濡れそぼったショーツを抜き取
る。
……露わになる淡い茂みと、閉じた隙間からトロトロと愛液を零す秘裂。
「可愛い……」
しとどに濡れたそこが彼女の本心を表しているように感じて、愛でるように優しく
筋をなぞる。
「――ぁく、ぅ……!」
秘裂の上を指先が往復する度にコゲさんは辛そうに唇を噛み、押し殺した吐息を洩
らす。
それが気に食わなくて、唐突に往復させていた指を更に上へと滑らせた。
指先に感じる僅かな突起。それに手が触れた瞬間、コゲさんの身体が大きく跳ね
る。
「ひぁぁっ! あ、ぅぁあッ!」
再び逃げようとする身体を組み伏せ、陰核を包む包皮の上から更に強く摘み、弄り
続ける。
際限なく生暖かい液体が奥から溢れて、私の手を濡らす。同時に辺りを包み始めた
淫匂が私の嗅覚を刺激して、脳を犯す。
もっと、もっと。
「あぐっ――ふッァァァァァッ!?」
もっと。
「――もっと、もっと感じて下さい、コゲさん……!」
近くに。
陰核を弄る手を止めず、恥丘を零れ続ける愛液を綺麗に舐め取ると、私はそのまま
舌先を中へ差し込んだ。
――熱い。
「――――ッ! ッヒ、ヤ――ャァァァッ!」
潜り込ませた舌を包む柔肉が、まるで入り込んだ異物を逃がすまいとするように強
く締め付けてくる。
顔が汚れていくのも厭わず――いや、むしろそれに快感を覚えながら、更に深くへ
と舌先を潜り込ませ、掻き出すようにぬめる液体を味わっていく。
脳の奥まで響き渡り、ぐちゅり、ぐちゃりとリフレインする濃い水音。
コンクリートに弾む、最早絶叫にすら近い嬌声。
鼻先に、僅かな隙間すらなく突き付けられた『雌』の匂い。
視覚も、聴覚も、味覚も、嗅覚も、触覚も。
総てが彼女に満たされている事の、途方もない幸福感。
「ヤアアアァァッ! ゥァ、ァァァァァっ!」
跳ねる力すら無くして、ただ声を上げるばかりの身体。
――ただ、一つになってしまいたい。
深く、深く。
舌を強く差し込むと同時に、陰核の包皮を剥いて強く擦る。
「ッ………………!」
最後の力を振り絞るように、大きく背筋を逸すコゲさん。
「――ッハ――ァッ――――!」
声にならない絶叫が、最後の合図だった。
瞬間、コゲさんの身体が限界まで背を逸して強く痙攣する。
同時にビシャリと顔に吹き付けられた液体を、顔を離してペロリと舐め取る。
甘い液体に、思わずまた笑みが零れて。
「……大好きでしたよ、コゲさん――」
そんな言葉がふと、喉を震わせた。
気を失ったままのコゲさんを手錠を外し寝かせておいて、私はコゲさんの服装を直
し、床を拭いて後始末をする。流石に匂いばかりはとれないが……まあどちらにせよ
現場を見られた訳じゃなければ、気にする必要もないだろう。
……歩き回る間に自分の股間から伝った冷たい液体の感触が、何故だか酷く虚し
い。
総ての処理を終え、最後に一つ振り向く。
そこには、目を閉じたまま微動だにしない綺麗な少女の、先程私が犯した『彼だっ
た人』の姿。
残ったのは自嘲の笑みが一つ。
そうして、コゲさんをそこに置いたまま、私は扉へと――
「……なんで、こんな事したんだ……?」
――驚きは、なかった。
振り向くと、そこには僅かに焦点の合わない目をしながらも、必死にこちらを見つ
めるコゲさんの姿。
……動揺もなく、私は笑って言葉を返す。
「なんで、ですか? じゃあ逆に聞きますけど、コゲさんはなんで本気で抵抗しな
かったんですか? 手錠があったからって言い訳は聞きませんよ?」
「……それ、は」
……だって、本当は失敗する筈だった。こんな穴だらけの計画が、上手くいく筈が
なかったのに。
俯き加減で口ごもっていたコゲさんが、真っ直ぐにこちらを見据える。
多分、その先は、判り切っていた言葉で――
「……はーたんが、好きだった、から」
一番、聞きたくなかった言葉。
何かが、壊れた。
笑顔の仮面が、剥がれて落ちる。
後に残るのは醜い私。感情をぶつけるだけの、動物以下のモノ。
「……なら、ならなんで付き合ってくれなかったんですかッ! 抱いてくれなかった
んですかッ! 私は、私が、どれだけッ――!」
「はーたんが、笑って、くれなかったから」
刹那、思考が停止した。
「……え?」
「俺はさ、はーたんが本当に好きだったし、大切にしたかったんだ。……だから、
はーたんが自分を傷付けるみたいに付き合おうとか、したいとか言うのが辛くて……
まだ時間が、あると思ってたから」
言葉を紡ぎながら俯いた顔からは、『彼』がどんな表情をしているかすら読み取れ
ない。
なのに。
「本気ではーたんが俺の事を信じてくれたら、その時、告白しようと思ってた。それ
でアホみたいに頼み込んで、でも気持ちが繋がった上で、そういう事が出来たらいい
と思ってた。
……時間なんて、実は全然なかったのにな、馬鹿だな、俺」
俯く顔からポトリと、落ちる雫に理解する。
総て、茶番だったんだ。
馬脚を現したまま、媚びへつらっていた馬鹿な私。信じようともせず、ただ一人で
踊り続けていた愚かな私。
なんだ、やっぱり結局、私が屑だっただけなんだ。
理解して、私は、笑った。
「フフッ……だから、どうかしましたか?」
「……え?」
今まで浮かべた事もない酷薄な笑みを表情に乗せて、私はころころと笑う。
「知りませんよそんな事。貴方が私を拒んで、結果的にこれ以上ない形で私を裏切っ
た。これが事実です。その復讐なんですから、今更貴方の心がどうあったかを知った
ところで関係ありません。
事実はただ、貴方がこれから私の奴隷として生きていくしかないと、それだけでし
かないんですから。ああ、誰かに言おうとしたらダメですよ? この事を少し学校に
ばらせば貴方も私も一蓮托生ですから。
フフッ、最低の女でしょう? 嫌ってもいいですよ? ただしそれでも関係は続け
させていただきますけど。心で嫌う分には自由ですから。嫌えば、いいんですよ」
「…………はー、たん」
……何を呆然としているのだろう。怒るならともかく、そんなに驚く事があるのだ
ろうか。
私は、酷薄な笑みを浮かべているだけなのに。
「ではさようなら、コゲさん。また呼びますから、その時は楽しみましょう?」
そう言って酷薄に笑い、私は踵を返して飛び出す。
「まっ――――待って! はーたん!」
何故呼び止めるのかも判らないので、そのまま足を止める事もない。
駆け出したのは、少しそうしたくなる程気分が高揚しているから。
今私の顔に浮かんでいるのは、これからを楽しみにしての冷たい笑み。
だから、
頬を伝うのは、決して涙なんかじゃない。
最終更新:2008年07月21日 21:12