リレー『sideコゲ』その2

 日が暮れようとしていた。
 ――あぁ、何でこんな事になっちまったんだろう…?
 仄暗い体育倉庫の中で、俺はゆっくりと目を閉じる。

 ――暗い、暗い、暗い…底なし沼の奥深くに沈んでいった俺の心。
 …これは俺が与えた彼女の哀しみへの罰。
 身体に力が入らない。

 ――いつから彼女を傷付けていたのだろう?頭の悪い俺は、必死に記憶を遡った。
 俺とはーたんの思い出は、幼少の頃から続いていた。

「初菜ちゃん、一緒に帰ろ!」
「うん!いいよ~!」

「焦太君は高校、どこ行くの?」
「俺?別府高校…かな。初菜は?」
「私も…一緒だね」

「焦太君―――私と付き合って!!じゃないと―――」

 俺の回想はそこで停止し、今度は先程までの情景が浮かぶ。
 冷たい…冷たい……絶対零度の眼差し。感情を全て消し去ったような、悲しい瞳。
 蛇に睨まれた蛙のように動けなく、俺は彼女に何もしてあげられなかった。

 コゲさん、と彼女が敬語を使うようになったのは、俺が女体化してから間も無くだった。
 周りの友達は皆、改名した「焦子」という名前で呼んでくれた。

 ―――俺は本当に馬鹿だ。
 好きな人が自分を特別な呼び方で呼んでくれるだけで嬉しくて、女体化しても悲しまずにいられた。
 ずっと…ずっと好きだったんだ。いつからかなんて解らないくらい、前から。

"知りませんよそんな事。貴方が私を拒んで、結果的にこれ以上ない形で私を裏切った。これが事実です。"
"その復讐なんですから、今更貴方の心がどうあったかを知ったところで関係ありません。"
"フフッ、最低の女でしょう?嫌ってもいいですよ?"
"心で嫌う分には自由ですから。嫌えば、いいんですよ"

 彼女はそう言って、呼び止めることも叶わずに行ってしまった。
 ―――自分の心を、傷付けながら。

 ―――あぁ、そうか。全部悪いのは俺じゃないか―――

 俺が彼女の笑顔を殺した。俺が彼女の心を壊し続ける。俺のエゴで彼女は自分を責めた。

 ―――ようやく少しずつ動くようになった体に鞭を打ち、俺は教室へと向かった。

 ――重い…。体が、心が、まるで枷を付けられているように。
 階段を昇る一歩が、気の遠くなるような作業だった。

 それでもなんとか教室に辿り着くと、自分の筆箱からカッターナイフを取り出した。

 …これでやっと―――

 人気の無い近くのトイレで水道の蛇口を捻る。
 ジャーーー…と静かな室内に水音が響いている。

 チキ、チキ、チキ…
 俺はどこか合わない焦点を白く、細くなってしまった自らの腕に向けた。
 袖を捲り、手首を露わにする。未だ赤々しく残る手錠の痕を見て、思い出してしまった大切な人の笑顔―――

 もう向けられることの無い過去を振り払って、伸ばした刃をそこに当てた。

 ヒヤリとした鉄の冷たい感触が妙にリアルで、逆に恐怖は無かった。

 ―――あぁ、この右手を引けば―――

 俺はゆっくり力を込める。
 俺も壊れてしまったんだろうか。
 鏡には、笑いながら泣く自分―――

 目を閉じて、俺は、右腕を引いた―――


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最終更新:2008年07月21日 21:13
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