リレー『sideコゲ』その6

いつも初菜の傍に居て、ずっとあの笑顔を見ていたい。そう思っていた。
彼氏・彼女の関係じゃなくても、友達でも良い。ただの知り合いでも良い。
俺は、彼女が笑っていてくれればそれで良かった。

―――彼女の幸せが、何であるかも考えないままに。

……思えば俺の自己満足だったのだろう。
彼女を想った気持ちも、彼女を突き放した行いも。

『なんで付き合ってくれなかったんですかッ! 抱いてくれなかったんですかッ! 私は、私が、どれだけッ――!』

―――喉元に、突き立てられるのだ。
あの時彼女が仄見せた真実の顔は、俺にその事実を教えてくれた。教えて、くれたんだ。なのに俺は―――
知って欲しかった。自分がどれだけ彼女を想っていたかを。
―――そのわがままで、彼女がどう思うかなんて考えないまま。

だから、俺が、いなくなるしかないと思った。
逃げたんだ。

「「あ……」」

ゆっくりと瞼を、長い睫毛を持ち上げた彼女と視線が交わる。
彼女の傍に、俺は居ても良いのだろうか?
裏切った。逃げ出した。そんな、泣かせてばかりの俺なのに―――

「……あー、えっと、だな、まあ言いたい事は色々あるけど、さ」

沢山の言いたい事がある。それは彼女に言いたかった事。
謝りたかった。許しを請いたかった。疑問をぶつけたかった。……お礼が、したかった。

彼女の投げ掛ける視線は、全てを見透かされるくらいに真っすぐで、揺らがない。
―――太陽を見つめるみたいに、彼女が眩しくて見ていられないんだ。
そしてその光はあたたかくて、ガチガチに固めた俺の心を、融いてしまうんだ……

「……ありがとう、はーたん」

止まらない。俺を形作っていたもの。心よりも早く、身体が動いてしまう。
俺はソファに腰掛ける彼女を、そっと抱きしめていた。

「……えぐっ……ふぇっ……ふぇぇぇぇぇんっ! ……良かった、ひっく、本、っく、当に、良かっ――! うあっ、よかった、ひぐっ、よかっ……!」

細い肩は小刻みに震えて、抑え切れなくなった鳴咽が溢れ出した。
俺はこんなにも、想われていたんじゃないか。
だからこそ、あんなに必死に俺を急かしてくれていたんじゃないか。
自分はなんて、馬鹿なことをしてしまったんだろう。
愛しさと失望が混じった複雑な感情は、やがて溶け合って拡がっていく。
もう彼女と一つになることが出来ない俺は、こうやって頭を撫でる事しか出来ないけれど……

「……ん、よしよし」

彼女の両の手が俺の腰に回って、少しずつその手に力が入ってゆく。
一つにはなれなくても、この距離でいい。
なれないからこそ、彼女に縋り付くのだから。



いつからだろう。
俺の中で初菜が特別な存在になっていて、子猫のように寄り添ってくる彼女を、愛おしく思い始めたのは。

…いつからだろう。
彼女の姿を目で追うようになったのは。

……いつからだろう。
彼女が俺を好きになってくれたのは。

こんなに近くにいる彼女を、俺は泣かせてばかりだ。
そしてこんな事が無ければ、これからもずっと、彼女を泣かせ続けたんだろう。
今の俺が傍にいる限り、彼女は俺に前の俺を重ねてしまうのだから。

「―――初菜」

はっきり、させなくちゃならない。
俺が彼女に突き付けるしかないのだ。

「色々気付いてやれなくて、ごめんな」

彼女の震えが、止んだ。
まだ顔は上げてくれないけど、俺は話を続ける。

「男じゃなくなっちまって、ごめんな。自分勝手で……ごめん」

俺の胸に額を擦りつけるように、彼女は頭を首を振るった。
その姿が『コゲさんは悪くない』そう言ってくれているようで、堪らない愛しさが込み上げる。
どれだけ力を込めても、今の俺では前みたくは出来ないけれど……

「……俺さ、多分これからも変わってっちまうよ。変わりたくなんかないけど……なんだかそんな気がするんだ」

多分、そんなに遠くない未来にそうなるであろう話。
俺はもっと女らしくなって、いつか自然に女として過ごすようになってしまうだろう。
変わってしまった今、俺の身体は意思とは関係なしに、子孫を殖やす準備を整えている。
苦しくて、悔しくて、でもどうしようもなくて……
噴き出すように、湧き出すように、俺は行き場の無い感情を吐き出した。

「……なんで女体化なんかあるんかなぁ?  なんで、この歳なんかなぁ…… な…んで……俺、た…だ……はつ…なを……」

途切れ途切れになる言葉を紡ぎながら、力が入らなくなる膝を何とか奮い立たせた。
幼少以来感じた事がなかった鳴咽が、止まらない、止められない……

酷く、自分を無力に感じた。
もしかしたらあまり変わりは無いのかも知れない。それこそ、元からそうだったというのもあるだろう。
けど、こんなにやる瀬ない悲しみと悔しさを感じるのは初めてだった。
人の持つ適応力というのが、はっきりとした敵意を持って襲い掛かって来るのだ。
なまじ脳天気で適応力があるばかりに、俺は彼女をおいてきぼりにしてしまったのだから。

「……ごめんな。 泣いてもどうしようもないよな」

半ば自嘲気味にそう言うと、涙を拭って彼女を放した。
俺はもう、彼女の為に生きる。そう、本気で考えていたんだ。

バカな俺なりに、彼女の為に出来る事をしていこう。
彼女の笑顔だけでも―――せめて見ていられるように、と。


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最終更新:2008年07月21日 21:16
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