安価『ジャストボイルド~remembrance~』

ダラダラと過ごす怠惰な毎日。
ただ学校に行って、将来のためだと社会に出たら大して役に立たない知識を詰め込む。
ただ、その緩い毎日を俺は気に入っている。

マイペースに生きて、マイペースに死んでいくのは悪いことだろうか?
「もうちょっとヤル気を出しなさい」だとか「気合いを入れろ」だとか疲れるだろう?
だから俺は、そういうのが嫌いだった。
女体化ってもんがなかったら、多分ずっとそうだったんだろう。

―…―…―…―…―

季節は夏、蝉時雨。
陽炎立つ道路に打ち水。
……何で俺がこんなことせにゃならん……でもやらにゃ暑い……

グッと額の汗を拭っても次々と溢れ出る汗は、夏の間は纏わり付いて離れない。
ふと、門から入って来たヤツは、小さなビニールの包みを俺に差し出した。



「…ん。余ったからやる……」

日焼けを知らない真っ白な腕。
触れたら折れてしまいそうな程、健康とは掛け離れた細い腕。
我が家の居候であるコイツは、時たまこうして恩返しとばかりに何かを寄越す。今日はアイスか。
弱ってるなら弱ってるで、涼んでればいいのに。

「お…サンキュ。……ん?お前汗凄いな……」
「……アンタには関係にゅ!?」

首から掛けたタオルで、顔を拭ってやると、暴れ出した。
……そんな汗くさかったかな?

「いやスマンスマン。落ち着け。汗くさかったか?」
「……信じられない…!」

目を潤ませながら、真っ赤な顔で家に駆け込むアイツ。
いやぁ、なんだか本当に悪いことしたような……

生まれてからもう16回目の夏。
けれど俺には3回目の夏。
思い出せないんだから仕方が無い。今更思い出して、何の得になるんだ。

庭での役割を終え、縁側で風鈴と汗をかいたグラスに季節を感じながらそよ風に吹かれた。
こうしていると目に入るのは、古ぼけた屋根と空の青だけだ。
緩い風に弱く鳴り続ける風鈴は、父がつけたものらしい。



泣き続ける蝉達の短い生涯なんざ知ったこっちゃない。
生きているヤツにはそれぞれ寿命があって、たまたま短い蝋燭を割り当てられただけだ。
人として生まれた俺は、こうして誰かに迷惑を掛ける事なく過ごしたい。

俺が中学校の始めの頃に書いたもの、らしい。
今の自分と考えていることが変わっていないというのが面白い。
でも別にこんな物見せられても、失くなったモノが戻る訳じゃぁないんだよ。

「ね、ね、何か思い出せそう!?」

昼間と随分テンションの違うヤツがアルバムを片手に俺に語りかける。
当の俺はというと、眉間に皺を寄せて文集を投げ捨てた。

「思い出せねぇよ。…ったく無理なもんは無理だ。何か思い出さなきゃマズいもんでもあんのか?」

刹那、ヤツの眉尻が下がったように見えた。
次の瞬間にはもう、これでもかというくらい上がりきってしまったけれど。

「うっさいわねぇ! アンタは四の五の言わずにとっとと思い出せばいいのよ!」

そう言い捨てて自分の部屋へ戻っていくアイツ。
俺の昔暮らしていた遠い親戚の家の子供だと母さんから聞かされた。
しかし、アイツは何故あそこまで必死に俺の記憶を取り戻そうとするのだろう。



ある時を境に消えた俺の記憶。
今の俺の最初の記憶は、狭い病室の白い天井と、母さんの泣き顔だった。

「……ヒロ…! ……よかった……」
「……? 俺…どうしたんですか…? 貴方は…?」

……あの時の母さんの顔は、あまり思い出したくないものだった。
絶望すら無い、無機質な笑顔。
そりゃ苦労して産んで育てた一人息子に忘れられたら、誰だってあぁなるかもしれない。
それだけ俺は、残酷な事をしたんだ。

……寝苦しさで目が覚めた。
不自由な身体の俺と、それを助けてくれる母さん。
手摺りにつかまりながら、消毒液臭い廊下をゆっくりと歩く。
―――そんな、夢。

真夜中に窓から覗く月は、大きな傷痕の残る足を照らしている。
事故に遭ったと聞かされたけど、相当大きなものだったんだろう。
事実、体の至る所に傷痕は在る。

シャツの冷たい感触を脱ぎ捨て、タンスからタオルを取り出す。
汗を拭い、喉の渇きを潤す為にペットボトルに手を延ばした。
―――しかし、中身は空。俺は仕方なく冷蔵庫へと向かった。



―…―…幕間…―…―

私は眠れぬ夜を過ごしていた。
気温と湿度のせい―――だったらどんなに気が楽だろう。
夕刻の彼の一言は、私の胸に突き刺さっている。

「―――思い出さなきゃマズいモンでもあんのか?」

彼にあんな事を言われて、久し振りに心が折れそうになってしまった。
言いたいことを言えずに逃げるのは私の悪い癖だと思う。
けれど、あぁしないと私は最悪のカタチで彼を傷付ける事になってしまう。
それが、何よりも怖い。

そう、あの時もそれが原因であの事故は起きてしまった。
結果、私は何の苦も無く生き、彼から父親を奪い、彼の記憶をも―――

そこまで考えて、私はそれを中断した。
床の軋む音が近付いてくる。
ギシッ、ギシッ……音が止まり、私はその元に目をやった。
―――そこには、上半身裸の彼がいた。

―…―…幕間終…―…―



「ん? こんな時間に何やってんだ?」

俺はヤツに声を掛けた。
飲み物を取りに縁側を通ると、足を抱えて座るヤツの姿があったからだ。

「私が何をしようと勝手でしょ? それよりそんな格好で出歩くなんて非常識よ?」

はいはい、と返事を返しながら、顔を赤くしてそっぽを向くヤツ。
……もしかして…照れてんのか?
そう思った時にはもう遅かった。平穏が望みなのに、俺は何がしたいんだか……

「照れてんのか?」
「誰が照れるか! ……ただ、傷が痛々しかっただけよ……」

……コイツも結構そゆこと気にするんだ…
そう思いながら、ある事に気付いた。
ブカブカのタンクトップなんて着てるから、その……横から見えてる。

「? 何黙っ……何? 見えた?」
「へ!? あ、あぁ…」

……なんだろう、いつものコイツからは考えられない。
絶対「変態!痴漢!」だとか「何見てんのよ!」とか言われると……

「何よ? どうせ見るくらいしかできないんでしょ? もっと見る?」

そう言って彼女は胸元を引き伸ばしたり、短パンをずらしたりして俺を挑発している。
普段絶対見せない彼女の艶かしい姿に、何故だか苛立ちが加速してゆく。



「これ以上は、やめろ。……でないと本当に……」

俺はヤツの手を掴んで言った。

「フン…!……意気地無しのアンタに…そんな事出来る訳無いじゃない……」

ヤツは俺の手を振りほどいて、憎まれ口を叩いた―――。

―――刹那。
俺は細い肩を抱えて、ヤツを押し倒していた。
大時計は、2時を告げていた。


蒸し暑い夏の風の無い夜。
俺は初めての柔らかな肉を貪っていた。
甘酸っぱい、女性特有の汗の香りが更に俺の脳を蕩かしていく。
ヤツの体中を舐めて、しゃぶって、最後にたどり着いたソコは熱くて、湿っていて。
もうその頃には蕩けきっていた俺は、がむしゃらに、貪欲に……

もう声だとかそんなモノ、全部吹き飛ばしながら顔が涎でベトベトになるまで俺は手を、口を休めなかった。
―――そして俺は、最後の橋を渡ろうとした。
最初からずっと漲りっぱなしのソレを取り出し、ヤツのソコに沿わせた。
3度、鈍い鐘は鳴り響いていた。



そのまま先端を擦り付ける。
つるつると滑らかに動かすとソレだけで、俺は達してしまいそうになった。
でも、俺は馬鹿にされたまま終わるのは嫌で、進路を見定めた。

狭い、狭い、押し広げても抵抗する膣口に当て、そのまま躊躇いなく挿入する。
周りの音が入ってこない程興奮した俺は、貪欲に快感を求め、動き続けた。
動け、動け、動け。その本能が言う通りに何度も出し入れを繰り返す。

自分の荒くなる吐息と心臓の鼓動だけが頭に響く。
あとはひたすらに身震いするほどの快感、快感……
俺は今何をしているんだっけ?あぁ、そうか。俺は……

奥深くに沈んだ理性を手繰り寄せ、俺の思考は徐々に戻り始める。
完全に戻る前に訪れた大きな波に、それは掻き消されそうになるが、何とかそれは手元に残った。
そして、理性を取り戻した俺が見たのは―――グッタリと横たわる、ヤツの姿だった。

汗と涙と涎れ、…そして二人の体液とヤツの血液。
……これは…俺がやったのか…?
未だ繋がったままのソレを引き抜くと、ドロッと流れる俺の絶頂の証。

―――気が、狂いそうだった。
俺はあられもない姿の彼女を抱きしめ、泣いた。
まるで子供のように、鳴咽を堪えるのを忘れて―――。



フッと温かい何かに包まれた。
俺の頭を包んでいたのは、彼女の腕―――俺は、彼女に抱かれていた。

「……起きた…?」

自分のしたことへの後悔に苛まれながら、俺は身を離そうとした。
―――が、頭をしっかりとホールドされて動けない。

「……思ったよりも……痛かったわよぉぉお!?」
「あれなんか頭がいたくなちょっとなんかだんだんしまっとぅあばばばばばばばアッー!?……」

―――5分後―――

……し、死ぬかと思った……
何とか開放、そして介抱された俺は、シャワーを浴びていた。
カピカピに乾いた股間は、ほんのり赤く染まっている。

―――涙が、溢れた。
幾ら挑発されたとは言っても、俺がしたことはレイプと何等変わりのないことだ。
俺の記憶を必死に取り戻そうとしてくれた、彼女を。
ぶっきらぼうに、だけどいつも俺の事を気にかけてくれていた、彼女を、俺は―――…!。

「……なぁーにシケたツラで突っ立ってんのよ?」
「そう! シケたツラで……ん?」
「アンタは何で変なところヌけてんのよ……」



「言っておくけど、こっち見たら殴るわよ」

俺は振り向こうとしてソレを止めた。
俺にはもう、彼女に何を言う資格も、何をする資格も無いんだから。

「はいシャキッと立つ! そんで目ェ閉じて良いって言うまで開けない! そして黙る! オッケー?」

俺は言われた通りに姿勢を正し、歯を食いしばる。
同じような事をされたことがあったから。
―――でも、今回は違ったんだ。

「………ごめんね、今まで一杯殴っちゃったもんね……」

俺の首に回された彼女の細い腕。
後から抱き着くように併された肌には、無機質なモノは感じられなかった。
ただ彼女の柔らかい感触、そして耳元で呟かれる消え入りそうな声に、俺は神経を傾ける。

「……何から話せばいいのかな……」

「……うん、私は…ボクはね? 君の親戚でも何でもない、同級生なんだ。―――ましてやこの通り、普通の女の子でもない。……ただの女体化した野郎なんだ」

突然変わった空気に、俺は戸惑いを隠せないでいた。
彼女はそれを察したのか、少し体を震わせた。
―――そしてまた、語り始める。

「……それと…さっきの事はボクが仕組んだことだから気にしなくて良いよ?……初めてがボクなんかで……ごめんね…?」



「……それと…最後に……」

彼女の声が震え出す。きっと俺が記憶を失ったことに、関係があるんだ。
俺が見ていた彼女は、何時だって記憶の事に一生懸命だったんだから。
―――そしてその勘は当たってしまった。それも、最悪のカタチで。

「君のお父さんの命と…君の記憶を奪ったのは……ボクなんだ」

嫌な汗が吹き出た。
今まで俺を気にかけてくれたのは、謝罪の気持ち?
そして彼女の何が、俺の記憶を無くさせたのだろう。

「……ごめん……ごめんね…? ……謝っても許してもらえないのは解ってるんだ…でも……」

熱くなった背中に、彼女の謝罪の言葉は続いた。
ごめんなさい、ごめんなさい、何度も何度も重ねられる言葉に、俺は何も言えなかった。
今俺の後ろにいるのは、あの強気で負けん気の強いアイツの面影もない、ただの弱い女の子。
でも、何故俺は振り向いて抱きしめられないんだろう。

お世辞にも綺麗とは言えない、家の風呂場。
古ぼけた電気が、今にも切れそうに瞬く。

鳴咽が止んで次に聞こえたのは、衣擦れの音だった。
そして、彼女が浴室を…脱衣所を出る音。

「……ホントに、ごめんね…そして…今までありがと……もう、良いよ」



彼女の声と同時にろくに体も拭かず、俺は廊下に飛び出した。
しかし、そこに彼女はいなかった。
聞こえてきたのは、独特な玄関の引き戸の音。

「―――!? ……今、何時だと…!!」

もう空は白み始めている。
でも幾ら田舎だからといって、女が一人で出歩く時間帯でないことは確かだ。
俺はハーフパンツを穿いて家を飛び出した。
しかし当然彼女が何処に向かったかは解らず、俺はがむしゃらに走り始めた。

彼女のよく行くコンビニにも、お気に入りの置物屋にも、秘密にしてた猫の集会所にも、何処にも彼女の姿は無かった。
走って、走って、躓いて、転んで、また走って……
―――彼女は、国道に架かる歩道橋に独り佇んでいた。

「…………!? ……何しに来たの?」
「説教」

俺は彼女を半分無視しながら、話を続けた。

「いいか? お前が俺の親父を殺し、俺の記憶を消したとする。そんで俺はお前の初めてを貰った。ここまではオーケィ?」

「女っ子は命を作るだろ?んで俺の親父は死んだ。これでこっちはノーカンな?」



自分でも意味不明な言葉をまくし立てながら、俺は俺の本心を探した。
―――俺は一体彼女をどうしたいんだろう。

「で、残るは俺の記憶だが……これに対して打ち消せるモノをお前は持っていない」

―――あぁ、そっか。

「だから、俺からの対価としての命令だ」

―――俺は、彼女の事が――

「これからの記憶を、一緒に作れ」

―…―…幕間…―…―

この人は、何を言っているんだろう?
全くもって話に論理がなっちゃいない。
自分の父親を殺した罪が、たった一回のSEXで償える訳がないじゃないか。

全くなんて厄介なバカに関わっちゃったんだろう。
バカ過ぎて、笑えてくる。
あれ?何でボクは、ホッとしてるんだ……?
何でボクは、笑いながら泣いてるんだ……?

―…―…幕間終…―…―



「コラーッ! 起きなさーいっ!!」
「……いゃ……あとごひゅん……」
「……潰すわよ?」
「いやぁ、い~い朝じゃないか! っはっはっはっ…」

「ホラ、3分で着替えて顔洗って歯ぁ磨いて、2分で御飯を食べる!」
「……ふむ、せめて計10分は頂けないだろうか」
「うん却下。ホラもうギリギリよ! 急いで!」
「「行ってきます!!」」
「アンタに合わせると毎朝遅刻ギリギリじゃない! 全く……」
「まぁ時にもちつけ。そんなに急ぐとピンクのしましまがふわりと……」
「アンタ何見てんのよ!?」
「だぁっ、危ねっ! 俺はただ他のヤツに見られるのが嫌なだけだ!」
「なっ……(/////) あっ!? コラーーーっ!逃げるなぁーーーっ!!」

崩せば2度と同じ形を見せない万華鏡のように、俺達の関係も変わった。
前と変わらないように見えて全く違う色になった日々が、今はただ鮮やかで楽しい。

そうそう。俺はちょっと考えを変えることにした。
何てこたぁない。ただ、無理しない程度に頑張ろうって話。
それが、アイツと交わした最初の二人の約束。
お陰で今は、昔の記憶も取り戻したいし、やりたいこともぼんやり見えて来たんだ。

適度に、自分らしくってのは、結構良いかもしれない。
自分の『ジャストボイルド』。
見つけられたら、それは―――


終わり


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最終更新:2008年07月21日 21:21
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