「……兄貴…頼むからやめてくれよ……」
暗い部屋で真向かいに座る兄貴は、虚空を見つめて何かの準備をしている。
幾ら涙を流しても、幾ら助けを請っても、兄貴が留まることはなかった。
大きくて、優しくて―――大好きだった兄貴。
平凡で、だからこそ幸せで、楽しくて―――変わらないと思っていた家族の絆。
でも、それはいともたやすく、そして突然に終わりを迎えてしまった。
「なぁ、兄貴……志帆さんはもういないんだよ…?」
事故で失ったかけがえのない人。
そして直後に出会った生き写しの弟だった存在。
―――少しでも触れば崩れてしまいそうな、脆い兄貴を止めることは出来なかった。
「……志帆……今度こそ結ばれよう……」
虚ろな瞳に映るのは俺ではなくて、もう永遠に会うことが出来ない兄貴の大切な人。
その支えを失った兄貴はとても危うくて、儚くて、淋しげで。
俺は、人はとても弱いモノだということを知った。
両の腕に括られた枷は、俺に抵抗という有無を与えず、その気をも削いだ。
止めないと一番傷付くのは大切な兄貴だと解っていても、力を無くした体ではどうすることも出来なかった。
「……ごめんね……兄貴……」
崩れた砂の城。そして輝きを失ったイミテーションパール。
体に残る痛みを抱えて、俺は虚空にそう呟いた。
最終更新:2008年07月21日 21:24