安価『屑』

61 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [屑] 投稿日:2007/07/18(水) 23:35:19.37 ID:9W0U8QMcO
以前何かの授業で習った食物連鎖のピラミッド図。
弱肉強食とはよく言ったものだと僕はその時感心していた。

その時はまさか、頂点に立つ人間の格差なんては思い描こうともしなかった。
いじめなんて、僕には関係ないと思っていたから。

僕が「クズ」というあだ名をつけられたのは、高校生になってから。
地元の高校を選ばず、少し離れた工業高校へと進学してからの事。
少し人見知りの気がある僕は、友人が出来ないまま高校生活を過ごしていたんだ。

……最初は、些細な悪戯だったのかもしれない。
クラスに馴染め無い僕の、無愛想な僕の驚く顔が見てみたい。多分、そんな。
机の中にゴミが入ってたり、小さな落書きをされたり、そのくらいだったから。

あからさまに皆の態度が急変したのは、僕がクラスの娘からの告白を断ってからだった。
あまり知らない娘だったから、と素っ気なく断ってしまったのが悪かったんだろうか。
次の日にはクラス中に知れ渡り、悪戯もエスカレートすることを止めなかった。

「あはははっ♪ どうしたの? 此処まで来たら返してあげますよ?」
「さっさとしろや屑!」
「あぁ!? なんだその目は!!」

そして今も4人に囲まれて、財布を取り上げられている。
定期は財布の中…僕は放課後の教室で逃げ帰る事も許されないまま、床にはいつくばっていた。






62 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [] 投稿日:2007/07/18(水) 23:35:48.52 ID:9W0U8QMcO
「………くっ……返せよっ!」

三人の男に飛び掛かり、力ずくで奪おうとしても、後ろの女の子に財布が渡り、僕は弾かれる。
幾度となくそのやり取りは繰り返され、体中が痛くて堪らなかった。

そして、何度目かの突進の時だった。
同じように弾き飛ばされた僕はバランスを崩し、机の角に頭をぶつけたんだ……多分。
このカーテンに仕切られたベッドに寝ていて、弾き飛ばされるまでしか覚えてないんだから。
なんだか起き上がろうにしてもクラクラするし、ね。

隣の椅子には僕の荷物があって、その上には取り上げられていた財布……
きっと良心の呵責、というやつだろう。
そんな事を考えていると、誰かが入って来て、僕のベッドのカーテンを開けた。

「あ、気付いたか? よし、検査行くぞ、検査」

顔を覗かせたのは保健医の先生だった。
細い眼鏡をかけた先生は、僕を抱え上げ、長い廊下を歩き出した。

「あ、ついでに女体化の検査もすっから、家に連絡しとけ。携帯、あんだろ?」

言われて初めて気がついた。
もっとも、やけに軽々と抱え上げられたとは思ったけど。






63 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [] 投稿日:2007/07/18(水) 23:36:23.59 ID:9W0U8QMcO
僕はね、女の子になる事に抵抗は無かったよ。
お兄ちゃんもいるし、恋なんてしたこと無かった。

ただ気になるのは、小学校の時に転校していった女の子。
もう名前も顔もうろ覚えだから、会っても気付いてもらえないんだ。
まぁその子はもう気にしてないだろうけど……

「ん、終わったか?」
「はい、ありがとうございました…」

ダブダブの学生服を着て外に出ると、先生が文庫本を読みながら待っていた。
ここからは駅も近いのに、ね。

「よし、送ってく。乗れ」

有無を言わせない言いぶりに乗り込むと、先生は車を走らせた。
無言の車内は街のイルミネーションを朧気に流してゆく。
風を切る音と車が走る音は見慣れたはずの幻想的な景色を彩った。

「ちゃんと学校これるか…?」

ちょうどイルミネーションが途切れる頃だっただろうか。
独り言のように呟かれた言葉。僕もまた、外に向かって吐き出す。

「行きたくない……」
「そか……」

先生はそれ以上、何も言わなかった。
途中寄ったコンビニで、温かいココアをおごってくれた。






64 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [] 投稿日:2007/07/18(水) 23:37:04.79 ID:9W0U8QMcO
「先生が、助けてくれたんですか?」

家も近くなった頃、僕は切り出した。

「ん……まぁ、そーなるな」
「何て呼ばれてたかも?」
「ん…あぁ」
「あはは…笑えるでしょ? ……でも僕はクズなんかじゃないんですよ」

泣きたいのに、渇いた笑いしか出てこない。
笑いたくなんか、ないのに……

「ん、わかったから無理して笑うな」

温かい手が、僕の頭にのった。

「ま、来たくなったら来い。保健室に寝に来てもいーぜ?」

……先生がそんな事言って良いんだろうか。
あまりにも無責任な発言に、僕は笑ってしまった。

「……教室でそんな風に笑えれば人気者になれんのによ」

先生が呟いた言葉は、風の音に消えた。
空の向こう側に流れ星が見えた。

おわり


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最終更新:2008年07月21日 21:36
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