191 名前:
コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [安価:プール] 投稿日:2007/08/08(水) 08:05:23.23 ID:vSiXEqVdO
夏休み。蒼い空。白い雲。瞼の裏にも映り出す太陽。
こんな時は海にでも……なんて相手もいなく、俺は地元のプールで監視員のバイトをしていた。
工学部になんて進むんじゃなかった。なんせ女の子がいない。
学生中10%未満の女の子達はより優秀な男を求めるのだから、俺みたいな平凡な男に構ってる暇はないのだ。
「先輩、お疲れ様です。休憩どうぞ」
「あぁ、サンキュ。んじゃ休憩入りまーす」
一緒にバイトをしている彼女は俺の母校の生徒らしく、俺を『先輩』と呼んでいた。
小柄で細い身体に真っ白なTシャツと紺のホットパンツが映える。
ダブダブのTシャツは男物で、ワンピースのようにパンツまで覆っている。
監視台に座る彼女は、首から下げた笛をくわえながら、はしゃぐ子供達を目で追っていた。
日陰のベンチに座って目を閉じると、子供達の喧騒と蝉達の歌声が溢れた。
さわさわと頬を撫でる生温い風も、プールサイドでは不思議と心地良い。
大学の近くの海を思い浮かべながら、俺は背もたれに体を預けた。
「……ん……ふあ……」
「あ、起きましたね」
大きく伸びをしながら立ち上がると、彼女が事務所の方から現れた。
「あんまり気持ち良さそうに寝てたから、ギリギリまで寝かせてあげようと思って」と笑いながら。
時計を見るとちょうど午前の部が終わる時間で、同時に俺の休憩時間の終わる時間だ。
プールにいた子供達の姿も今は無く、その声は更衣室の方から聞こえてくる。
「はい、さっさと掃除して、帰りましょ?」
彼女はそう言って、箒を差し出した。
プールサイドの落ち葉等を掃く為だ。これで俺達の仕事の締め括りとなる。
「うっし、そうすんべ」
俺は苦笑いを浮かべながら箒を受け取って、掃除を始めた。
「さよーなら!」
バッグを振り回しながら元気に挨拶をして帰る子供達は、午後も来るのだろうか。
192 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [安価:プール] 投稿日:2007/08/08(水) 08:06:00.68 ID:vSiXEqVdO
「センパーイ! 待ってくださいよぉ!」
声に振り返ると、空色のハンドバッグを持った彼女が小走りで追い掛けて来ていた。
カコカコと、ピンクのミュールが鳴っている。化粧っ気の薄い彼女には、パステルカラーがよく似合う。
帰り道は畦道で、視界は青と緑で覆われていた。
山の谷間に当たるこの道は、段々の水田とよくわからない広葉樹に囲まれている狭い道だ。
脇を流れる小川では、子供達が網をしきりに動かしながら水面を叩いている。
無言の帰路を、子供達の懐かしい喧騒が包み込んでいた。
「先輩、ウチに来ませんか?」
俺と彼女の分かれ道である点滅信号。やっと車通りが出てくる、少し広いアスファルトの道。
彼女はバッグを後ろ手に抱えながら、俺の顔を見上げた。
「ね、そうしましょ? それとも予定……あります?」
予定は無かった。身近な友人達は農家を継いだり会社勤めを始めていたのだ。
大学に進んだ俺は実家に戻っても、せいぜい畑仕事を手伝うか家でゴロゴロするかだ。
「特に予定は無いけど…なんで? ただのバイトの同期の、しかも男だよ?」
「いいから、早く!」
俺が答え終わるより早く、彼女は俺の腕を引っ張る。
俺はよろめきながらも彼女についていった。
両手を広げながら駆け出す彼女は、数十メートル先で立ち止まり、振り返る。
「センパーイ! はやくはやくぅ!」
新しい玩具を手に入れた子供が親を急かすように、彼女は俺に呼びかけた。
そんなに急いで……そう考えながら、俺は自然と笑む。
風が、稲をざわめかせていた。
193 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [安価:プール] 投稿日:2007/08/08(水) 08:06:42.92 ID:vSiXEqVdO
住宅街に入って2つ程の交差点を過ぎた。
ふと前を行く彼女が立ち止まり、門に手を掛ける。
「着きましたよ。どうぞ、入ってください」
積み上げられ、劣化したコンクリートブロックの塀と焦茶に塗られた門を擦り抜けて中に入る。
彼女はそれを確認すると、木製の扉を開け、どうぞ、と手招きした。
「ただいまー!」と彼女。続いて「あらあら、お帰り」と彼女の母親。二人は俺の顔を見る。
何かが引っ掛かる。この既視感は何だろう。
彼女の母親の顔も、ワックスの切れかかった廊下も、玄関の古い下駄箱も、見覚えがあった。
でも俺は今回のバイトで初めて彼女に会ったはずだ。ならこの既視感は、一体―――?
「あら、クゥちゃん!? 大きくなったわねぇ…。 フミがお世話になってるみたいで……」
俺の疑問は1分も待たずに解決を迎えた。
そうだ、この人はフミのお母さんじゃないか。
「あぁっ! シホさん!? お久しぶりです。フミの奴は元気にしてますか?」
ん、俺は何やら変な事を聞いてしまったらしい。シホさんが目を丸くして俺と彼女を見ている。
彼女はというと、悪戯が成功した子供のように笑みを浮かべ、俺を見た。
「クゥにぃ。ボクだよボク。フ・ミ」
隣に住んでた、二つ下の男の子。喋り方も、よく見ると笑い方も、彼女はフミにそっくりだった。
さっきまでの彼女とは口調が少し違ってて、でもなんだかこっちの方がしっくりきた。
驚きを隠せない俺は、うろたえながらも何とか言葉を捻り出した。
「お、おま、あ、え? 女体化ぁ!?」
「そ! 全然気付いてくれないんだもん、逆に笑っちゃった!」
『笑っちゃった』じゃないだろう。『笑っちゃった』じゃ! この野郎! いや、このアマ!
シホさんがいる手前、喉から出かかった暴言を止め、うなだれる。
「まあこんなところではなんだから、上がって?」
俺は言葉に甘え、居間へと連れられた。
「あ、私着替えてくる!」
そう言ってけたたましく階段を上がるフミを横目に、俺は出された麦茶を一口飲んだ。
エアコンの室外機が、盛んに唸りを上げていた。
194 名前:コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k [安価:プール] 投稿日:2007/08/08(水) 08:07:39.85 ID:vSiXEqVdO
グラスが汗をかき始めた頃、再びけたたましい音と共にフミが階段を下りて来た。
フミは居間に入るなりスカートの先を摘み、クルリと回って見せた。
「おっまったせ♪ へへー。どうよ、クゥにぃ。色っぽい? こーふんする?」
黒いドレスのようなキャミワンピを着たフミは、その細い身体のラインが強調され、とても艶やかな色気を纏っていた。
うなじから鎖骨にかけてのライン。
引き締まった二の腕。
くびれたウェスト。
フリルの裾から伸びる適度に締まった脚線。
しかし! バ ス ト が 足りない!
「フミ……お前ホントにシホさんの子供か?」
横目に見るシホさんは、声に反応してこちらを振り返った。
ニット地の服はピンと張り、濃い影が出来る程豊満なバスト……
フミに目を戻すと、彼女はジト目でこちらを見ていた。マズイ、あからさまにバレてる。
「クゥにぃのえっち……えっちはダメだと思うよ。折角彼氏になってもらおうとしたのに……」
「あら、いいじゃない男の子だもの。クゥちゃん、フミをよろしくね♪」
まぁちょっと落ち着こうか。意味がワカラナイだろう? うん、俺もなんだ。
「えへへー♪ 彼氏げっと♪」なんて言いながら凍り付く俺の腕にしがみつくフミ。
「んふふ♪ お赤飯炊かなきゃ♪」なんて言いながらもち米を漁るシホさん。
何やら安穏な夏休みはプールから崩れ始めていたようで、それは俺には止められないらしい。
突然現れた俺の恋人が、俺を追い掛けてアパートに現れるのはまた別のお話……
おわり
最終更新:2008年07月21日 21:39