安価『物理教師に恋(無自覚)』

俺は勉強が苦手だ。嫌いだ。
大人になって最低限必要な知識だけを得られればいい。ずっと本気でそう思ってた。
「えー、熱力学第一法則というのは………」
―――なのに。
「いいですか? このアンダーライン、要チェックです」
………なのに、この授業はサボれずにいる。
机に向かって教科書ノートを広げ、先生の言葉を一句たりとも聞き漏らさないように。

俺がこんな風に先生の授業に出るようになったのは、ちょうど一年の終わり頃からだ。
空き教室でタバコを吸っていたのが見つかってから、俺は律義に約束を守り続けている。
「百害あって一利無し、ですよ? 君も複雑なのは察しますが」
「……るせぇよ。勝手だろ」
「なら、賭けをしましょう。 もし君が卒業まで一本もタバコを吸わず、私の授業に出席し続けられたら。……何でも一つだけ、言うことを聞きますよ」
よくよく考えてみれば、理不尽な賭けなのだ。奴もこんな約束、覚えちゃいないだろう。
そんな朧げな約束も破れない、弱い自分に腹が立つ。 けれど、万が一、もしかしたら―――

奴の授業が終わって、今日も俺は空き教室へ昼寝をしに行く。
片手にはカフェオレのパックを携えて、旧校舎の軋む階段を上がる、上がる……
「……何だよ。またてめぇか」
「また私です。何か?」
「……なんでも。 昼寝の邪魔、すんなよ」
教室へ追い返す訳でもなく、ただ俺の傍で本を読む奴は、涼しげに。「おやすみなさい」
俺は舌打ちを入れて、小さく頷くのだ。
今日も、空には雲が流れている。




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最終更新:2008年07月21日 21:54
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