183 :
コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k :2008/02/29(金) 09:34:01.13 ID:VNi6fSNn0
夜の帳が降り始める頃、僕らは二人、点々とした街灯の明かりを辿っていた。
いつも一緒に帰っているはずの家路が、やけに長く感じられる。
といっても、その原因を作ったのは紛れも無い僕なんだけど。
「ごめんね。 僕、君の事何も知らないから」
非日常な日常に慣れ始めていた僕は、元同姓からの好奇の目にも慣れ始めていた。
そして今日も、顔を見たことがある程度の同級生をまた一人、傷付けた。
いっそのこと顔に傷の一つも付けてやろうかと思った。
何の手入れもしなければ、それなりに見るに耐えない顔になるだろう。
それでも僕は、そうできない理由があった。 そうしたくなかった。
答えは単純明快で、でも難しくて・・・
「なぁ、今日で何人目だ?」
僕の隣で自転車を引く彼が、前を向いたまま不躾に質問をぶつけてくる。
数えてもいないし、何より今そんな話題は出して欲しくなかった。
僕にとって唯一気兼ねせずに済むこの時間を、壊して欲しくなかった。
沈黙が辺りを包んで、冬の冷たい風が足元を駆け抜ける。
僕も、彼も、何も言わない。 それが何よりも冷たかった。
「ん・・・」
不意に彼が自転車に跨って、僕を顎でしゃくる。
僕はそれに促されて、冷たい荷台に腰をかけた。
184 :コゲ丸 ◆CI4mK6Hv9k :2008/02/29(金) 09:34:57.38 ID:VNi6fSNn0
いつもなら右へ曲がる道を真っ直ぐと通り越して、静かな並木道を通る。
目の端を流れる木々が風にざわめいて、衣の無い枝がぶつかり合う音が響いた。
「・・・・・・・・・・からな」
消え入るように、風の音に紛れながら彼の声が聴こえたような気がする。
「え? 聴こえない」
「・・・何も言ってねーよ」
僕が問いただしても、彼がその内容を教えてくれることは無かった。
確かに聞こえたその言葉。 彼は僕にどんな言葉をくれたんだろう。
僕が落ち込んだ時、いつでも支えになってくれていた。
僕が女になった今でも、変わらないでいてくれる―――
冷え切った頬を彼の背中に押し付けながら、僕は少しだけ彼に近付いた。
薄いコート越しにも感じ取れる彼の温もりは、僕に沁み込んでとけてゆく。
「お前みたいなやつとだったら・・・付き合ってもいいのにな」
「あ? 何か言ったか?」
「・・・なんでもないよ」
低い雲が晴れるように流れて、霞んだ月が木々の隙間から顔を出した。
自転車の後ろで、微温湯みたいな温かさを見つけた。
終わり
以上安価「自転車の後ろで」ですた
最終更新:2008年07月21日 22:00