安価『梅雨』

「あ…また雨―――」
何処もかしこも地が乾く日が待ち遠しい近頃。
僕は紫陽花を震わす雨粒の一つ一つを数えながら、その意味の無いことに意味を探していた。
とめどなく降り続ける雨は神様の涙、と聞いたことがある。
その慈愛を以て地上に潤いを与えるのだ、と。

「僕なんかで、ホントにいいのかな…」
生まれて此の方保育園の頃からの付き合いだから、疾うに両手では数え切れない年月だ。
どんなに迷惑を掛けても、どんなに酷い喧嘩をしても、僕たちは一緒だった。
お互い日常の一部であり、肉親を除けば誰よりも一緒にいる時間が長い存在だった。

―――僕が女体化を迎えてからも、それは変わらなかった。

「よ、そろそろ時間だぞ」
「あ、うん…」
それっきり黙りこんだ彼は、何を考えているのだろう。
僕と同じように頭が真っ白になってしまっているのだろうか。
「さて…と。 おらボーっとしてんなよ? やつらに見せ付けてやろうぜ」
こういうやつだったか…ま、それもいいところなんだけどね。

僕たちは呼ばれて、薄暗い廊下を進む。
途中窓から見えた空は青く澄んでいて、でも雨は相変わらず降っていて、『狐と一緒だ』なんて笑いあった。

予定通り、僕たち二人は赤いカーペットの上に立った。 目の前には木製の大きな扉。 
震える僕の手を彼は手にとって、笑う。 
僕は彼の腕に腕を回して、少しだけ身体を預けた。
扉が、ゆっくりと開いてゆく―――

終わり


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最終更新:2008年07月21日 22:03
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