逢魔が刻。
古来より、人の世と人外の世との境目が薄くなるとされる時間。
陽の力が薄くなり、外の世界の赤い血の色が滲み出る時間。
昼は陽の力の支配を受け、夜は月の力の支配を受ける。
その境目にあたる時間が、逢魔が刻――大禍刻――と言われている。
その時間は、昼や夜などには出てこられない、力を持つ妖が出てくるとされる。
あまり知られていない事は、普段は人の精神や陽の力、
月の力に縛られて出てこられない、内に潜むモノが這い出してくるという…。
「行ってきます。父さん、母さん…」
毎日の日課になっている、父さんと母さんの写真への挨拶。
もう10年も前になるだろうか…。
代々退魔の家系としての宿命を背負って、この地を守ってきたうちの家系。
あの時のことは、一生忘れる事なんて無い。
濃い、血のような真っ赤な空と
地面を覆うあの空のような真っ赤な色と
ただ一言、『にげろ』とだけ呟いて、光を失った父さんの顔と
俺を抱いたまま、冷たくなっていく母さんの温もりと
全てを奪った、あの真っ赤な爪を。
両親の死を聞き、すぐに新しい退魔が来たらしいが、
退魔としての力を持たなかった俺には、そんな知らせは来なかった。
幼い頃は、仇討ちを心に誓っていたこともあったが、退魔の力は一子相伝。
直接力を与えるわけではないが、その血に刻まれた力を解放させなければならない。
そしてそれが出来るのは、血の繋がりの最も深い者、すなわち両親のどちらかである。
ならば、何の力も持たないただの人間に…何が出来るというのか…。
胸に空いている心の穴は、ただ悲しみを叫ぶ事しか、許されないのだろうか。
最終更新:2008年08月02日 03:45