113 名前:
ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/09(水) 00:34:24.69 ID:Jki3KI7oO
坂場雪哉は悩んでいた。俊哉は同年代の人間の多くが悩むのと同じように、悩んでいた。
このままでは自分が女性になってしまうであろうことに、そしてそれによって起きるひとつの大きな問題が余計に彼の悩みを大きくさせてしまっていた
坂場は悩んだ、考えた、思考した。そのまま悩み続けたが、打開する術は思いつかなかった。
坂場雪は悩んでいた、自分が女体化してしまったことについて、これからどうするかについて。自分にとってもっとも大きな問題について、悩んでいた。
坂場は悩んだ、考えた、思考した。冬休みを考えることだけに浪費し続けた結果、ひとつの妙案を思いついた。そして、冬休みがあけるとともに、そのアイデアを実行することにした。
大島神谷はだらけていた、自分が冬休みの間におこなう、最も重要なことはだらけることだと信じ、だらけていた。
神谷は寝、食、寝を繰り返し、気がついたときには5kgも太っていた。
神谷は友人のことなど、気にもかけていなかった。ただただもうすぐ終わってしまう冬休みをどうだらけるかだけを思考していたのだ。
神谷は思考した。そしてたいして思考せずに、眠っていた。
冬休み明けに起こる異変など、思いもせずに、眠っていた。
坂場は悩んでいた。果たしてこのアイデアを実行する相手が彼でいいのかと、本当にいいのかと。
誕生日に連絡ひとつくれず、こちらからの連絡も無視しつづけている彼でいいのかと。
坂場は悩み考え思考したが、相手を変える気にはならなかった。そうして気付いた。やはり、彼がいいのだと。この大役を任たいと思えるのは彼しかいないと。そう結論づける事にした。
そんな中、冬休みがあけた。
115 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/09(水) 00:40:53.97 ID:Jki3KI7oO
朝、これ以上ないくらいの曇天の中、神谷は悩んでいた。
休みの間自分以外の人間に時間を拘束されないため封印していた、携帯電話の履歴を見るたびすまない気持ちでいっぱいになる……さすがに休みの間ずっとはよくなかった。
ただ俊哉もやりすぎだろう、いやまあ相当な用事だったんだろうけれど。
いまのところ、携帯に残る「着信履歴 52件」(うち坂場俊哉 31件)で何を言いたかったのかも分からないし「新着Eメール
129件」(うち坂場俊哉82件)だってまだ開いてもいない。
なんにしたって学校につけば分かるだろう。神谷はとりあえずそう思うことにした。
無意識の内に早歩きしていたようで、思ったよりも早く学校についてしまった。いつもなら教師よりも先に教室に入ることすら稀だというのに、今日は教室の中に数えるほどしか人がいない。
念のため神谷の席の斜め前、普段神谷よりもずっと早く席についている、俊哉の席に目を向けた。
やはり席には誰もいない。神谷がそう思いかけたとき、その席に腰掛けようとする人がいた。
俊哉も今日は早く来たのだろうか? そう思いつつ声をかけようと近づくと、思いもよらない光景が神谷の目にうつりこんだ。
巫女──神に仕えて神事を行い、また、神意をうかがって神託を告げる者。未婚の女性が多い。かんなぎ。
by goo辞書。
そう、巫女さんである。巫女さんがそこにいたのだ。
「あの、この席っていつから神社でしたっけ?」
思いもよらぬ事態に神谷は混乱し、わけの分からないことを口走ってしまう。巫女さんはそんな神谷を見て微笑みつつ、そして華麗にスルーしつつ、これまた妙なことを口走った。
「ね、大場君。まだ始業式まで時間あるし、ちょっと静かな場所で話そうよ。屋上とか」
「え、でも……」
「大丈夫、そもそも始業式なんて多少遅れたって問題ないよ。ね、いこ」
そう言われ手を引かれる神谷には、巫女さんに手を引いてもらうなんてシチュエーションにあがらう力など存在せず、導かれるままに屋上へと向かわざるをえなかった。
116 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/09(水) 00:48:01.11 ID:Jki3KI7oO
神谷は手を引かれつつも観察した。いくら今のシチュエーションが素晴らしいとは言っても、相手が不細工な娘では絵にならないなんてことを思い、観察した。
顔は見えないが、短い記憶の中ではなかなか可愛かった気がする。ただ、巫女服が邪魔だ。いや、巫女服が嫌いだなんてほざくつもりはないのだが、巫女服では相手の体形がうまく想像できないのだ。
ただ、視界に入る手首や首筋から察するに、多分スタイルもいい。歩くたびにすそから覗く足首はとても美しいし、後ろでまとめられた髪は艶やかだし、文句のつけようもないくらいの美人であることが予想される。
なかでも一番神谷の琴線に触れたのは……足だった。緋袴によって足首から先は想像することしかできないが、重要なのはそこじゃない。
なぜなら彼女は、巫女さんは……素足に上履きをはいていたのだった。
緋袴で素足で上履き。その事柄だけで神谷は目の前の巫女さんにありえないくらい惹かれてしまっていた。
緋袴で素足で上履き。響きだってすばらしい!!
と、そんなことを神谷が考えている間に、二人は屋上に。こんな早い時間に屋上に人がいるはずもなく、予定通りの二人きり。巫女さんが神谷のほうを見る。
想像以上に、綺麗だった。光をはじくような黒い髪。薄い唇。そしてなぜか青色をした瞳。ラピスラズリを思わせる瑠璃色の瞳が、神谷にとっての彼女の印象を決定づけた。
──神秘的。
これ以上ないくらいに、この表現が似合う娘だった。
けれど、けれども神谷は不満がのこった。神谷の中で、巫女さんの条件は……黒髪! 白肌! 黒目!! で、あるべきなのである。
とはいってもこの巫女さんの神秘的な雰囲気に巫女装束が一役買っているのは間違いないことなのだから、よしとする。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:55:35.40 ID:0kFz4nOV0
猿がどうした!!!
118 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/09(水) 00:56:21.73 ID:Jki3KI7oO
「あのー、大場君。どうかしたのかな」
「えっ、いや! なにも!」
神谷はまさか自分が、本当にどうでもいいことに対してけちをつけていたことなど言えるはずもなく、ついあわててしまう。
「ならいいんだけどさ。……ねえ、大場君。質問!!」
「おう、なんだ」
「……私のこと、分かる」
そういって神谷の目をみて笑う。神秘的な雰囲気には似合わない、かわいらしい笑い方に神谷の心が大きく揺れた。
けれど、同時に神谷は困惑していた。どう考えても初対面の少女にこんなことを言われる覚えなんてないのだから。
彼女が子供の頃の幼馴染だったりしたら、冬休み中に飽きるほどプレイしたエロゲにでもありそうなシチュエーションだが、おあいにくさま。神谷のには親しかった女の子など記憶のどこにもいやしない。
「わからないんだ」
「……はい。すいません」
こんな可愛い子に悲しそうな顔をさせてしまう記憶力がいやになる。けれども本当に記憶にないのだ。こんな綺麗な女の子とあった記憶など、神谷の頭のどこを探しても見つかりそうもない。
「いいよ、謝らなくても。でも、今度はちゃんと覚えてね。私の名前は……雪、だよ」
「よしわかった、もう忘れねえ」
「絶対だよ?」
「おう」
「うん、じゃあさここからが本題……」
雪は唐突にに真剣な顔をして神谷を見つめる。神秘的な魅力全開。神秘も全開。
「あの、ねえ、その…………大場君さ、私と……結婚、しようよ」
31 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/11(金) 02:30:47.56 ID:nYouc0/rO
「あの、ねえ、その…………大場君さ、私と……結婚、しようよ」
……瞬間、神谷の思考は停止した。
付き合ってほしいとか、好きです。だとかは想定しなかったわけじゃない。この状況なら誰だって期待してしまうものだろう。
だから神谷も、きっとそういった類のことだろう、いやむしろそうであってほしいなんてことを考えていたわけだ。
そこでこの発言。そりゃあ思考だって停止するってものだろう。そもそも年齢的におかしいのである。
んでもって思考復活。まあここではさすがの神谷もいぶかってしまう。何らかの意図があるのだろうと、言葉をそのまま受け取るわけには行かないと、そう考えるわけだ。
「あの、その他意とかはないんだよ? ただ、私は大場君のことは前から知っててね。それでさ、その、私のうちの神社の神主さんをね、やって貰いたいの」
他意はないとことわっておきながら他意ありあり。
けれども神谷はそんなこと以上に神社の神主という部分、今日話を聞くべき親友が、よく将来の夢といって語っていた職業になってほしい、などといわれていることが気になった。
何かおかしい。神谷の中で小さな疑念が生まれる。
──このあたり一帯に神社と呼べるようなものはひとつしかない。そう、坂場の家がまさにそれだ。
他にもないといえなくもないが、それには人影なんてほとんどなく、神主なんてものが必要だと思えない。そもそも神社なのかどうかも怪しいレベルのものなのだから。まあありえないだろう。
そしてだ、その唯一といっていい神社の神主には、坂場雪哉その人がなることを目指し、國學院大學に入ることを目標にしてさえいたのだから。
ならばなぜ、目の前の少女は俺に対して神主になってほしいなどといってくるのだろうか? わからない。
考えられるのは、雪哉が諦めたということぐらいいだ
32 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/11(金) 02:35:05.02 ID:nYouc0/rO
けど、ちょっとまて、そういえば冬休みの間あいつから俺に来たメール、着信。その中に答えがあるんじゃないか……。
それに、冬休みの間の雪哉についてなにか忘れているような気がする──
神谷がここまで考え、ポケットの携帯電話に手を伸ばしたとき、ピンポンパンポーンなどという、校内放送の合図である間抜けな音が響いた。
「えー坂場雪さん。坂場雪さん。至急職員室までお越しください。坂場雪さん。坂場雪さん。しきゅう……」
「あれ雪さんって、君のことじゃあ」
「あ、うん、そうだよ。どうしよう……行かなくても大丈夫かな」
「いやまずいと……ていうか坂場って言うのか? 苗字」
「あっ……うん。そう、だよ」
兄弟か何かだろうか?
神谷は一瞬そう考えた。けれども坂場からそんな話聞いたこともない。それにあいつの神社には何度も訪れているが見かけたことは一度もない。
──誕生日──
唐突に神谷の頭にこの単語が思い浮かんだ。
そう、坂場の誕生日は冬休み中。それも一月一日だった。
ということはあいつは今、十六歳になったということだ。十六歳になったということは、女体化する可能性があるということだ。そして、もし坂場が女体化していたのなら、神主にはなれない。と、いうことだ。
「なるほど。なるほど。なるほど」
「えっ? なにかな」
「ふふ、もう白々しい演技はよすんだな坂場雪よ。つまりお前はこういいたいのだろう?
こんなに可愛いらしい女の子になってしまった私様はもう神主になることができないので、代わりに親友だった俺を神主にさせたいと。もしそうしてくれたのなら、この可愛い私様がお前の妻になってやるぞと。そういうことだろう?」
「う、あ……」
神谷は目の前にいる少女の顔が青くなったをみて確信した。自分は間違っていなかったのだと。けれども胸が痛む。やはり、綺麗な少女が悲しむ姿なんていいものじゃない。
33 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/11(金) 02:37:42.33 ID:nYouc0/rO
「ただ、だ」
「え?」
「俺が神主云々はまだしも、だ」
「うん」
「お前と俺が結婚するって、部分には大賛成かな。ま、ここだけ同意されても困るだけだろうが」
「……からかうなよ」
途端、先ほどまで弱い調子だった彼女の声が、厳しく変わる。神谷のあからさまにふざけた調子が気に入らなかったのだろう。その程度には、彼女の考えは本気だったのだ。
「からかってると思うのか?」
「からかってるだろう、どう考えてもっ! からかってないんだったらな、お前ちゃんと結婚しろよな、私と。言っておくけどな!
神主はついでなんだよ、私にとってはな。
いいか、よく聞けよ。さっきと違って私が誰かばれてるから、超絶的に恥ずかしいんだからな!
私にとってはな、将来、私が女として生きる将来。その想像の中で隣にいるのはお前なんだよ。他のやつと私が一緒になるなんて考えられないっ……。わかるか? お前の隣にいるのが私じゃないのがいやなんだ。私の隣にお前がいないのがいやなんだ。
……だからさ、神谷、私と、付き、あって、ほしいんだ……」
34 名前:ちふでさん ◆F9brl4jas6 [] 投稿日:2008/01/11(金) 02:39:13.40 ID:nYouc0/rO
「分かった。お前が大真面目じゃないってことはな」
「まじめだよ! おおまじめだよ!! 分かるだろ?」
「いーや、まじめじゃないね、なぜなら俺が大賛成なのは、お前と、結婚することだからな!」
「あ……」
「そうだな、神主か。かなーり迷うんだが、うーん。そうだなあ……もしもお前が、巫女服の時は黒のカラーコンタクトつけてくれるって言うのなら、考えてもいい」
「え……? は?」
「…………冗談だよ」
神谷は、とっくに神主なることくらいかまわないと。この、綺麗で、神秘的で、きっと俺にとってだけはかわいらしい巫女さんと結婚できるのなら、本気で神主を目指してやろうと、この恋人の夢を継いでやろうと、思っていた。
ただ、黒のカラーコンタクトはやっぱり捨てがたい。そんなことも、思っていた。
<了>
最終更新:2008年08月02日 12:21