無題 2007 > 06 > 08(金) つむり

 ―男性は、15、6歳位までに童貞を捨てなければ女性化する。
成る程、いつまで経っても性行為に至れない不良品のオスが
遺伝子を残す方法としては合理的かもしれない。
しかし、神は残酷だ。
ただでさえ不安定な思春期の心をここまで弄ぶ必要がどこにあるのか。



1。
「前田、お前明日誕生日だろ。」
前田とは僕の名前だ。前田前男。たぶん親がふざけてつけた名前だ。
親しい友人にはマエコというあだ名で呼ばれている。
前子と言う名前の女みたいなイントネーションではなく、舞妓のそれに近い。
「はあ?」
心底触れて欲しくない部分に、心底触れて欲しくない人物が触れてきたので、
僕は嫌悪感を明らかにして視線を本に戻した。
確かに、明日は誕生日だ。そして僕は童貞だ。
女になる可能性は低くないどころではない。
しかし、僕が童貞だろうが、女になろうがオカマになろうが
コイツには全く関係ない。
今日一日、できるだけ穏便に過ごしてひた隠しにしておきたかった話題を
一瞬でえぐるコイツのデリカシーの無さ、まさに天に轟くが如しである。
「お前女になるんじゃねえの?」
「はあ?」
やっぱりその話か。
僕は話すつもりなし、とメッセージを込めて視線を落とした。
「あ~やっぱそうか、なんのか。
 楽しみだなあ、まあ俺の予想だと一番かわいくなんのはお前だと思うわ」
小谷がニタニタしながら言った。そのニタニタに対する嫌悪感から背筋が凍りかけた。
「お前、死ねよ。」
他に何の言葉も出なかった。



2。
「え?前田君誕生日なの?」
「明日らしいよ。」
「そりゃお前、マークしとけよ」
小谷とのやり取りで昼休みの話題の矛先は僕に向けられた。
男のまま誕生日を乗り切った男子達、そしてまだ誕生日まで余裕のある男子達は
まるで他人事といった感じで僕をいじった。
「お前ら、誕生日お、覚えとけよ」
「いやいや、前田君は女の子になった方がいいって」
「あー、絶対かわいいよね、うん」
「あれ?前田君赤くなってない?」
「うわーくあわいい!既に!既に!」
「かわいいよ前田くん!さん!」
まずい。この流れはまずい。
いじめですよこれは、いじめですよ。
あと赤くなってるとか言われたら、何も無くても赤くなっちゃうんだよ、馬鹿。
「いや、ならないから!ならない!うん!決めた!」
「いや、なるって、なるって!」
      • 『童貞じゃないから』と否定できないのが最大の弱みだ。
しかし僕が童貞だと決めてかかってくるこいつらは何なんだ。
「じゃあ分かった、もし女にならなかったら500・・・500ペナソスは貰うからな」
「んじゃあ女になったら1000ソンドムイヨルな」
よく分からないがなんとかこの話題に終止符を打つことが出来た。
ただ、最後の最後に唯一の親友と呼べる男、竹下が気まずそうにこの一部始終を
見ていたのに気付いてしまい、僕はもはや軽い鬱状態になってしまった。



3。
放課後のチャイムが鳴ると僕と竹下は部活に向かう。
同じテニス部で、万単位のストロークを重ね合った仲である。
ただ試合でダブルスとなると僕はネットにへばりつくほど前に出てしまう癖があり、
竹下は僕の尻拭いのために走り回る羽目になる。
大体僕と竹下の関係はそんなものである。
いつも通り更衣室に向かい、いつも通り着替え、いつも通りコートに向かう。
いつも通り。
しかし、竹下はことあるごとに怪訝そうな顔をしてこちらを見る。
分かっている。明日の事だろう。
それはこっちも分かってはいるが、そこを敢えて無視していつも通りやりたいのだが。
「それはこっちも分かってるけど、そこを敢えて無視していつも通りやりたいんだけど。」
口に出してしまった。
「ああ・・・うん。そっか。」
竹下にも竹下なりの気遣いがあるだろう。
しかし、いつ女になってもいい準備をしておくのは癪だ。
その時点で自分が女になる事を認めてしまっているような気がする。
服ぐらいは用意しておこうかと血迷った事もあったが、それも止めた。
いつも通り。いつも通り。
部活はいつもの時間に終わり、僕と竹下はいつもの場所で別れ、帰宅した。



4。
夕飯を食べ、風呂を上がると9時半だった。
いつもなら課題でもやって時間が潰せる所だが、こういう日に限って
何の提出物もない。かといって自主的に勉強するほど勤勉でもない。
自慢だが勉強はしなくてもテストは出来る方だ。
いつも通り・・・いつもなら何してたっけ。
僕は携帯電話を開き、竹下にメールした。
「女になっちゃ多、まじで」
誤変換を含めて焦ってる感じを出してみた。
こういうイタズラは好きだ。
しかし竹下にこういうイタズラをして面白い反応があるとは思わない。
だいたい12時前にそんなメールをしたって何のリアリティも無い。
思えば既に通常の精神状態ではなかったのかも知れない。
数分後、メール着信音が鳴る。
「わあ、大変だねえ」
見透かされているようである。
そういえば、竹下の誕生日はまだだっけ。
まあ、人気者みたいだし、童貞じゃないんだろうなあ。
僕が女になったら、竹下は異性になっちゃうわけか。
いやいや、ならないけど。ならないですよ、神様、聞いてますか。



5。 

特に理由は無い、という事にしておきたいが、元男の松野に電話してみる事にした。
こいつは4月生まれで学年生徒に先駆けて女になってしまったが、
保育園からの馴染なので異性という感じが全くしない。
いや、全くという訳ではない。現に携帯電話を持つ手も若干の緊張感を帯びている
気がするが、松野ごときに緊張するなど馬鹿馬鹿し過ぎる。
4,5回の呼び出し音。
「もしもし?」
「あ、前田ですけれども」
「ん?どうしたの?」
「別にどうもしないけど」
「あ、マエコ明日誕生日じゃない?」
「うん、まあ。」
「それで、女になる可能性が高いから、私にご教授願いたいと」
「はっはっは」
笑い声で続く言葉を塞いだ。
「別になんでもないよ。ただ、貴重な珍生物の第一号としての気持ちは
少なからず価値のある情報だと思ってねえ」
「あーあっそ。えーとね、まず服用意した方がいいよ」
「いや、しないよ。したら負けだよ。」
「負けとかじゃなくホントに困るから。」
「そういう滑り止め的な発想は嫌いなんだなあ」
「女兄弟とかいるの?」
「いや、兄貴だけ」
「お兄さんは童貞じゃなかったんだ」
「・・・」



6。
「マエコは童貞なんでしょ?なんとなく分かるけど」
「じゃあ、切るね」
「あ、待って。ちょっと聞いて欲しいんだけど。」
「ん?」
「あたしね、こないだ」
あたしってお前。
「彼氏出来たんだけど」
「えええええええええ!!??」
「ええええええええええ!?」
「ええええええええええ!!」
「そんな反応されるなんて、心外だわあ!」
「お前ホモか!成り果てたのか!」
「ホモじゃないもん!女の子だもんし!」
「だもんしじゃねえ!うわっお前きもちわる!やめてよほんと」
「そう言われましても・・・」
「きもちわるう!さぶ!こさぶ!」
「こさぶくないよ!」
「え、それで、その人は知ってんの?」
「何?」
「男だったって」
「それがね・・・」
「うわ!秘密のパターンか!」
「ダメかなあ?」
「ダメだって。当事者の立場になったらあり得ないし。」
「あっちゃあー、じゃあヤバイかも。どうしよう」
「うーん、まあ・・」
その後、やや錯乱した松野に数時間付き合わされた。
何度も切りかけたし8割は聞いていないが、我ながら徳の高い行いであった。



7。
「それでね?」
「え?」
「さっき言ったの、本当かな」
「何が?」
「あの、元男だとあり得ないって」
「あー、うん、あり得ないね」
「そうなんだ・・・」
「だって、男の頃とかずっと知ってるしなあ。
 それに、女になってからのお前とあんまり会ってないし、慣れるのに当分かかるかなあ」
「そっか・・・」
「でもその人は男時代知らないんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ大丈夫なんじゃない?」
「ばれても?」
「ばれても。」
「そっか、そうなんだー。まあ、それだけ分かっただけでも5時間話した甲斐があったよー」
「5時間話した割に収穫うっすいなー」
「あはは」
「え?」
「うん?」
「今何時?」
「二時過ぎだよ。」

やられた!松野のホモ話を聞かされている間に誕生日を迎えてしまうなんて!
僕は一方的に電話を切り、自分の体を見下ろした。
おそるおそる、両手で胸を確かめる。何も無い。
僕の胸だ。いつもの、男である僕の体だ。
勝利!
神様ありがとう!
安心しきった僕は、時間もあってか睡魔が一気に押し寄せたため
倒れるように寝入ってしまった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年08月02日 12:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。