勇気をつばさにのせて~登場人物~
◆鳥山 翼(とりやま つばさ)
14歳・男
大前、柴崎と小学校からの同級
白谷中学2年2組・野球部(投手)
今作の主人公的ポジション
◆大前 明(おおまえ あきら)
14歳・男
白谷中学2年2組・野球部(捕手)
野球部主将
◆柴崎 つつじ(しばさき つつじ)
14歳・女
白谷中学2年2組
女子バスケットボール部
「台風一過」という言葉がぴったり合うだろう。
昨日までの嵐が嘘のように、僕達の町は清々しい天気となった。
「部活はあるだろうけど、グラウンドの整備で終わりそうだな。」
家の窓から水の溜まった道路を眺めながら思った。
天気はよくても、まだ台風が過ぎ去ってから半日も立っていない。
アスファルトがこんな状態なのだから、学校のグラウンドではもっとひどいだろう。
「それじゃ、行ってくるね。」
「今日は午前中で終わり?」
「多分ね。」
「分かった。気をつけて行ってくるんだよ。」
「あーい。」
靴を履き終え、僕は自転車で学校に向かった。
「おはよ、翼。」
「おはよー。」
信号待ちをしていると、明が後ろからやって来た。
小学校からの友人で、かれこれ5年間一緒に野球を続けてきている。「今日はグラウンド整備で終わりそうだな。」
「だろうな。明日もあるし。」
一言言葉を交わす。
信号が青に変り、同時にペダルを漕ぎ出す。
昨日あのテレビを見たとか、あいつがこうだとか他愛もない話をしながら、僕達は学校へ向かった。
「そうだ、そろそろだな。」
マウンド付近の水溜りをスポンジでせっせと吸っている僕に、本塁方向から声が飛んできた。
「明、なにがそろそろなの?」
「女体化の授業だよ。二学期からは保健体育が女体総合になるじゃん。」
目を輝かせながら明が言う。
僕は内容はよく知らないが、彼はどんなものなのか知っているらしい。
この時点で僕はそんなに女体化という現象に関心を抱いていなかった。
女体化――――いつの時代から始まったのだろうか。
15、16歳を境に突然女体化してしまうという現象は、両親が生まれた頃からあったらしい。
日本だけでなく、世界各国でこんな現象が起きているのだから、政府が黙っているわけにもいかない。
女体化した人からデータを採取し、国は早急に対策を図った。
そして、その現象が起こってから1年後に、授業の一環として「女体化」に関することを中学2年で学ぶことになった。
「結局グラウンド整備、意味なかったな。」
「本当だよなあ。」
僕は机に座りながら外の景色をぼんやりと眺めていた。
外はどんよりとした雲に覆われており、しとしとと雨が降っている。
月曜日の学校。夏休み明けで一番だるい時だ。
土曜日にグラウンド整備をやったが、日曜日に雨が降ってしまい部活は中止。
今日も昨日からの雨でグラウンドはぐちゃぐちゃ。
何のためにやったのか、苦労が水の泡となった。
「まあ、今日はお楽しみ授業があるじゃないの。」
外の天気とは打って変わって、今日の明はすごくイキイキとしている。
いつもはこんなに感情を表にださないのだが、今日はいつもと違う。
俺は教室の前に張ってある、模造紙で作られた時間割に目をやる。
・・・ああ、そうか。今日はあの授業がある日なんだな。
5時間目のところには「保健体育」と書かれていた。
昼休み。外は相変わらず雨が降っている。
こういう時の昼休みというのは全国共通なのだろうか、天気のいいとき以上に教室がうるさい。
プリントを丸めてボールにし、清掃用具のほうきをバット代わりに使い野球をやったり、小さな少年のように教室を駆け回ったり、アホみたいな大声で談笑したりと、戦場のような空間と化す。
僕は自分の席で集中して小説を読んでいたが、それを遮るように横に誰かが来た。
「ねえ翼、あの授業って男女一緒かな?」
ショートカットの髪をかき上げならが話しかけてきた。大前と同じく小学校からの幼馴染、柴崎つつじだ。
「一緒でも問題ないだろ?」
僕は素っ気なく答える。
その答えに少し拍子抜けしたか、あれっという顔をした。
「翼ってあの授業の内容全然知らないの?」
「うん、知らない。」
「そこまで無関心なのもある意味すごいよ。」
彼女は腕を組みながら唸った。
14歳くらいの男の子であれば、こういうことに対して明くらい興味を持ってもいいものだ。
僕はオクテなんだろう。
「あんたもね、少しくらいはこういうことに興味持ったほうがいいと思うよ?」
「なんでお前に言われなくちゃいけないんだよ?」
「そんなこと・・・別にいいじゃん。」
今まで明るかった口調から一転、口を尖がらせながらそう言うと、彼女は僕の横から立ち去った。
地獄のような昼休みも終わり、5時間目の授業のチャイムが鳴り響いた。
先程までざわついていた教室も、ある程度静かになってきている。
「うっはー、楽しみだな。」
隣の席では明が今か今かと体を揺らしながら待っている。
目をキラキラと輝かせて、その姿はまるで遠足に行く小学生のようだ。
辺りを見回してみると、多くの男子はワクワクテカテカしている。
僕くらいなのだろう、落ち着いているのは・・・
そのとき、教室前方の扉ががらがらっと開いた。
「はーい、静かに。」
保健の女の先生が教室に入ってきたとき、一瞬教室が静まり返った。
束になったプリントをどさっと教卓に置いた後、黒板に文字を書き始めた。
「女体化」
でかでかとその三文字が黒板に書かれた。
みんなその文字をぽかーんと見ていた。
「最初に言っておくけど、先生は女体化してしまった人です。」
突然のカミングアウトに教室はどよめく。
「んなこといきなり言われても・・・。」
「だから何ですか?」
様々な言葉が飛び交う。
大概はそんな反応だろうと先生も予測していたようで、冷静に教室を見渡していた。
「うん、大体そんな反応だと思ってたよ。」
そう言うと、先生はぱっぱとプリントを配り始める。
「先生はね、女体化しちゃったことをね、今でも後悔してるんだよ。」
プリントを配り終え、教卓に手を掛けながら話す。
「色々とね、やりたいこともあったし、やり残したこともあったし・・・」
外をぼんやりと眺めながら、何かを思い出すかのようにみんなに話しかける。
「ま、アタシのことはいいとして、授業始めまーす。」
微妙な空気の中、女体総合の授業は始まった。
僕にとってそれは新鮮、かつ衝撃的な授業であった。
まずどうして女体化してしまうのかということを離された。
15歳、16歳で童貞であると女体化してしまう。
メカニズムに関しては数十年経った今でも解明はされていないらしい。
女体化しないためにはどうするか。
それはもちろん、性行為をするということ。
僕には性行為というものがどういうものか分からなかった。
ぽかーんとしながら聞いていたが、よく分からなかった。
隣の明に目をやると、異常に興奮している。
なぜだか口元がにやにやしている。
周りのほとんどの男子は異様に気が高まっている。
黒板のほうを見ると、いつの間にかスライドショーが始まっており、 男性器、女性器の写真が次々と映し出されていた。
女子の中には恥ずかしがりながら目を隠す人もいるが、淡々とノートを取りながら眺めている人もいる。
つつじを見ると、肘を机につきながらぼーっとスライドを眺めていた。
「むは、すごかったな。」
授業が終わった後、興奮気味に明が話しかけてきた。
「僕にはどこがすごかったのか分からなかったけど・・・」
「全く、お前は本当に興味ないんだな。俺なんか勃起しまくりだぜ。」
明はいきり立った愚息をズボンの上からペチペチと叩いて見せた。
確かにその部分だけ丘ができている。
「そんな汚いもの膨らませるなよ。」
「他のやつだって俺と同じ状態だぜ?」
僕は辺りを見渡してみた。
・・・確かに、みんななかなか席を立とうとしていない。
息子が勃起していると、その場所が目立ってしまって恥ずかしいのだろう。
明のようにおおっぴらに立っている人はあまりいない。
僕も自分の股間に目をやるが、そんな状態に一切なっていない。
こんな状態になるのは、朝くらいだ。
僕はため息をつき、しとしとと雨降る外を眺めていた。
「明、今日はどこで練習だ?」
「ああ、そういえばまだ雨降ってるもんな。」
6時間目が終わり、清掃の時間となった。
教室担当の僕と明は、今日の部活のことについて話していた。
明は野球部のキャプテンでもあるので、練習場所は顧問の先生に聞かなくてはならない。
「雨だもんな・・・体育館か?」
「借りられるの?」
「今日はバレー部、練習休みだって聞いたぞ。」
「お、ちょうどいいじゃん。」
「顧問に掛け合ってみるよ。」
掃除が終わると、明はさっさと職員室に向かった。
「雨、止まないな・・・」
降り続く雨、誰かの心模様を表しているようにも思えた。
僕達は体育館の半面を借りることができた。
もう半面では、女子バスケ部が練習の準備をしていた。
「それじゃ、捕手以外の野手は新聞紙でティーやって。」
ジャージ姿に着替えた部員は、明の指示に従う。
「それじゃ、俺らは・・・階段ダッシュでもする?」
明が捕手と投手を集め問いかける。
僕は別段やりたい練習がなかったので、頷いた。
他の人も別段構わないような感じであったので、僕達は体育館の階段へ向かった。
「んじゃ、とりあえず10往復。」
明の掛け声とともに階段ダッシュが始まった。
それとほぼ同時に、女子バスケ部の練習も始まる。
女子特有の高い声を聞きながら、僕らは一歩一歩確実に階段を上り下りした。
30分くらいたっただろうか。
僕らは階段ダッシュを終え、体育館で筋トレをしていた。
新聞紙ティーをやっている野手組みは、飽きてきた人もでてきたらしく、新聞紙を投げつけて遊んでいる人がいる。
明はそういう人たちに注意をし、自分の練習に戻った。
「ったく、ちゃんと練習しろって。」
ぶつくさ文句を言いながら戻ってくる。
キャプテンなのだから、多少なりとも不満はでてくる。
自分ひとりでチームを纏め上げるというのは大変なのだ。
「なあ翼。」
「ん、どうしたの?」
僕の横で腹筋をしていた明は、急にまじめな態度で話しかけてきた。
「あのさ、今日の女体化の授業のことだけどさ、女体化のこと結構真剣に考えないとやばいぜ?」
「なんで?」
「なんでって・・・野球できなくなるぞ?」
「女体化したってできるじゃん。」
「いや、そういうことじゃなくて、今まで通りにできなくなるってこと。」
その言葉にはっとした。
なんでそんな単純なことに気がつかなかったのだろう。
僕は腹筋をしていた体を止め、じっと床を見続けていた。
人生の中で一番重大な問題に直面した14歳秋である。
「それじゃ、今日は終わり。各自しっかりストレッチをしておくこと。」
顧問の先生が最後に一言述べて、今日の部活は終わった。
いつもと比べると1時間近く早く終わった。時刻はまだ6時前だ。
ネットで遮られた向こう側のコートを見ると、女子バスケ部が練習を続けていた。
「翼、今日はさっさと帰ろうぜ。」
「うん、分かった。」
そういうと、明は部室へ向かっていった。
「さて、僕も行くとするか・・・?」
帰り際、ふと体育館の端っこを見てみると、誰かが忘れたのだろう、帽子とタオルが落ちていた。
僕はそれを拾いに今一度体育館に足を踏み入れる。
忘れ物を拾い上げ、さっさと部室に戻ろうとしたとき、バスケットボールがこちらに転がってきた。
「つばさぁ、それとって。」
ボールを拾い上げ顔を見上げると、つつじがこちらに手を振っていた。
「お前が取りに来いよ。」
「分かった、今行く。」
そういうと、つつじは小走りで僕のほうに向かってきた。
「ごめんごめん、休憩のとき遊んでたらそっち行っちゃって。」
「こんなの自分で取りにこいっての。」
「・・・・・・。」
「ん、どうしたの?」
「今日、学校に残ってて・・・。」
突然のつつじの言葉に、僕はいまいち理解ができなかった。
「いきなりどうしたの?」
「いいから、教室で待ってて。」
今にも消え入りそうな声で話しかけてくる。
今までのつつじは、こんなふうになることはなかった。
(なんだか今日は僕の周りにいる人、ちょっと変だな・・・)
僕は不思議がりながらも、無言で頷いた。
「待ってるから、部活頑張れよ。」
「・・・うん。待っててよ。」
そう言い残して、彼女は向こう側のコートに戻っていた。
「―――てな訳で、まだ帰れそうにもないから。悪いね。」
「いやいや、そんなことがあるんだったら仕方ない。頑張って。」
明に何かと別の理由を告げ、僕は教室で一人、つつじを待つことになった。
外は雨の影響もあるのだろう。漆黒の闇が街を包んでいる。
遠くでは救急車の音が聞こえるが、ほとんどが雨音でかき消されてしまっている。
昼休みに読んでいた小説を開き、僕はつつじを待った。
「ごめん、待った・・・?」
「ううん、大丈夫。」
大丈夫、と言いながら時計を気にする。
時刻は7時を回っていた。施錠の時間まであと少しだ。
「そろそろ学校が施錠されるから、外に行く?」
「うん、そうしよう。」
僕とつつじは駐輪場に向かった。
外に出ると、雨は上がっていた。
かわりに、ひんやりとした冷気が僕達の肌に触れる。
「ところで・・・どうかしたの?」
僕は気になっていたことを聞いた。
なぜ彼女は僕をわざわざ呼び止めたのか。
「今日の授業・・・ちゃんと受けてたでしょ。」
「そりゃね。ちゃんと受けとかないと。」
「いや、そういうことじゃないの・・・」
彼女は何か言いたそうな雰囲気であったが、なかなか言えずにもじもじとしていた。
「野球・・・出来なくなっちゃうんだよ・・・って・・・。」
「・・・それだけ?」
それだけを言うのであれば、わざわざこんな時間まで待っていてくれなんていうことはない。
別に明日だって明後日だって、僕の15歳の誕生日の前日に言うのだって構わないはずだ。
「ねえ、これだけな訳ないでしょ?」
「・・・・・・。」
つつじは下を向いてしまった。
いつもは強気な彼女が下を向いてしまうなんて、滅多にない。
さすがに鈍感な僕も薄々何かを感じ取ってきた。
「他にも・・・言いたいことあるでしょ?」
「・・・つば・・・さ・・・」
震えた声で顔を上げる。
彼女と目線があったとき、僕は今までにない感覚が体を走った。
彼女は泣いていた。
明にもクラスメイトにも涙を見せたことのなかったつつじが、泣いている。
僕は今までに見たことのない光景に、動揺の色を隠せなかった。
「つつじ・・・」
「ふえっく・・・つばさが・・・おんなのこになっちゃうなんて・・・わたしは・・・うっく・・・いやっ・・・」
彼女は泣きじゃくった。
(こんなとき、どうすればいいんだろうか・・・)
戸惑いながらも僕は、彼女を精一杯抱きしめた。
時間はどれくらい経ったのだろうか。
5分、いや3分くらいしか経ってないのだろう。
でも、僕と彼女にとっては1時間、2時間にも思えるほど長い時間だった。
彼女を抱きしめている間、僕の体は今までにない反応を示していた。
頭は風邪でも引いたかのようにどんどんぼーっとし始め、体もどんどん火照ってきていた。
そしていつの間にか僕の愚息は、今までにない膨張を見せていた。
ただの同級生としか捕らえていなかった彼女を、今では別の感情を持って見ている。
彼女を一回ぎゅっと抱きしめた後、僕の体から離した。
今まで何とも思わなかった同級生が、今はとても可愛く見える。
彼女の目は赤く充血していた。
「つばさ・・・」
「うん?」
「好き・・・だよ・・・」
その言葉に僕の理性は一瞬吹き飛んだ。
今まで内に秘めていた、僕の中の「何か」が吹き飛んだ。
僕は再び彼女を抱きしめた。
帰り道。すっかり暗くなった夜道を二人で歩いた。
道端のススキから聞こえる鈴虫の声は、僕達を祝福しているようにも聞こえた。
「でもさ、あそこで翼が抱きしめるなんて思いもしなかったんだよね。」
先程とは打って変わって、すっかりいつもと同じ「柴崎つつじ」がそこに居た。
ただいつもと違うところがある。
それは表面上では分からないものだ。
「僕だって、やるときはやるよ。」
にこっと答える。
こんなに感情が高ぶったのは初めてだ。
今まで異性にあまり興味がなかったものの、今日を境に視点が変っていきそうだ。
二人一緒に歩いている時間もあっという間に過ぎてゆき、いつの間にか僕の家の近くの交差点に来てしまった。
「それじゃ、気をつけてね。」
「うん、翼も気をつけてね。」
「それじゃ、バイバイ。」
彼女に手を振って、僕は自宅の方へ歩いていった。
「あ、待って!」
突然彼女が呼び止める。
僕はくるっと振り返る。
すると彼女が目の前に立っていた。
「ん?忘れ物?」
「そう、忘れ物。」
囁きながらそう言うと、彼女は背伸びをし、僕と唇を重ね合わせた。
「それじゃ、また明日ね。」
「うん、じゃね。」
僕は彼女の背中が見えなくなるまで見届けた。
彼女との感触を確かめつつ、家路へと急ぐ。
「ただいまー。」
「お帰り。遅かったね。」
「うん、そうだね。」
「ご飯は?」
「うん、どうだろ。」
母親のいうことも上の空。
僕はご飯も食べずにさっさと自分の部屋に行った。
制服を脱ぎ捨て、スウェットに着替える。
胸に手を当ててみると、まだドキドキと鼓動が強く打っていた。
唇に手をやると、まだ彼女の感触が残っているように感じた。
そして僕の愚息は今までにない膨張率を見せていた。
「僕は・・・つつじのためにも・・・そして明のためにも・・・」
その晩、僕は限りなく続く快感の海に溺れていた。
翌朝、僕の体は異常にだるかった。
「昨日やりすぎたかも・・・イテテテ・・・」
愚息に手をやると、もう勘弁してくれといわんばかりの状態であった。
「でも・・・気持ちいいんだな・・・」
そんなことをずーっと考えながら、学校へと向かった。
HR前、本を読んでいると後ろからどんっと叩かれた。
「翼、おはよう!」
叩いた主は、隣の席の大前明だ。
なぜだか分からないが、妙に元気がある。
「どうした?すごい元気だな。」
「いや、昨日嬉しいことがあってな。」
明も僕と同じことがあったのだろうか?
いつも以上の満面の笑みで僕に話しかけてくる。
HRが始まった。
つつじのほうに目をやると、彼女もこちらを見ていた。
目線が合うと、恥ずかしそうに微笑んだ。
嗚呼、至福の瞬間。
早く授業が終わってくれないかな、と今日以上に願った日はなかった。
授業中、休み時間、学校にいる間はずーっとつつじのことが頭から離れなかった。
お陰さまで、他の人の話は上の空、何を言っても「うん」「ああ」の2択でしか答えてなかった。
部活中も練習が身に入らず、顧問や明に怒鳴られた。
ブルペンでも、いつも以上に力が入らなかった。
「おい翼、何か変じゃないか?」
球を受ける明が言う。
「ん、そうか?」
「顔、赤いぞ?風邪でも引いた?」
「いやいや、全然元気だぜ!」
変なの、とでも言いたいような表情で明は俺の顔を見た。
練習も終わり、僕達は部室で帰り支度をしていた。
「なあ明。もし僕が女体化しなかったら・・・」
「どうした?」
「一緒に同じ高校に来てくれる?」
「そりゃもちろん。お前以上信頼できる投手はいないからな。」
グラブを磨きながら淡々と言う。
小学校、中学校と計5年間も一緒に野球をやっていれば、これ以上にない信頼関係が生まれる。
「僕も、明を信頼してるよ。」
え、という感じで明はキョトンと僕の顔を見た。
今日の僕の雰囲気ではこんなこと言い出すとは思ってもいなかったのだろう。
「ふふっ、お前らしいって言えばお前らしいよ。」
「頼むぜ、相棒。」
「ああ。都大会優勝しような。」
改めて、僕と明の友情関係を認識した。友情に勝るものなし。
そして僕はこの時点である決心をしていた。
部活が終わった後、僕は体育館前でつつじを待った。
今か今かと待ちわびていると、彼女が出てきた。
「あ、待ってくれたんだね。」
「ちょっと言いたいことがあってね。」
いつもとは違う道を僕らは歩いた。
「言いたいことって・・・何?」
彼女から先に話しかけてきた。
すぐにでも聞きたかったのだろうが、僕が言いたいことが彼女なりに重要だと感じたのか。あえて今まで黙っていたのだろう。
「うんとね・・・その・・・ええっと・・・」
やはり本人を目の前にしてしまうとどぎまぎしてしまう。
正直言ってはっきりと言いづらい単語だ。
「昨日あんなことしたんだから、何言われても平気よ。」
あんなことではあるが、今回はあんなことの比ではないはず。
だからなかなか言い出せない。
「もしかして・・・やらせて・・・とか?」
彼女からの意外な言葉に僕はむせた。
「ううううううう、まあ・・・そう・・・かな・・・」
「そうかな?じゃないでしょ!図星でしょ?」
ここまで彼女に悟られては隠しきれるはずもなく、僕はその理由を打ち明けた。
「大前、いや明に約束したんだ。高校でも一緒に野球やろうって。そして昨日のつつじのあの告白・・・こう来たら女体になんてなれる訳ないだろう・・・」
「・・・」
「僕・・・いや、俺はお前を一生守る。死ぬまで守ってやる。」
一瞬だけだが、僕カッコイイと思った。決め台詞、付加する理由を言った。後は彼女の返事待ちだ。
「まあ、感じ的にそんなことを言うのだろうって思っていたわ。」
「あれ、バレバレだった?」
「うん。」
結構自分の中では練ったつもりだったのだが、あっさりと見破られていてちょっとショック。
「それで・・・どう?」
「どうって?」
「いや・・・僕と・・・セック・・・ス・・・してくだ・・さ・・い。」
消え入りそうな声で彼女に言う。
多分彼女には聞こえていたはずだ。
しかし意地悪な彼女。あえて聞こえないふりをしてきた。
「え?聞こえない?なんだって?」
手を耳のところに持ってゆき、ちゃんと聞こえるようにとジェスチャーしてきた。
「僕と・・・節句・・・いや、セッ・・・クス・・・してくだ・さ・・い。」
「聞こえなーい!。」
「セックスさせて!!!」
突然の大声に彼女はびっくりした。
周りにいた人も「うおっ!」といった感じで僕を見てくる。多分頭がおかしい人なんだな、と見られているはずだ。
「これでいいんでしょ?」
「ふふ、よく言ってくれたわ。」
「てことは・・・?」
「昨日私が言ったこと、もう忘れてるの?私はつばさが好きなんだから・・・」
彼女は恥ずかしそうに下を向いた。
可愛らしいその姿に、僕の愚息は相変わらずの反応を見せた。
善は急げ。
果たしてこの言葉は今最適な言葉なのか・・・?
とりあえず、つつじは僕の家に来ることになった。
「ただいま。」
「お帰りなさ・・・あら、つーちゃんじゃないの!」
「どうも、お久しぶりです。」
「何にもないけど、ゆっくりしてきな。」
「おじゃましまーす。」
つつじの姉と僕の姉は同級生で、わが家と柴崎家は結構前から親密な関係にあるので、彼女が僕の家に来ることに関して、家の人は全く疑問は持たない。
これから何が起ころうということも知らずに・・・。
僕は部屋に入ると真っ先に鍵を掛けた。
プレイ中に親が入っても来たらそれはもう大変な修羅場と化すだろう。
「えーと、いきなりだけどやっちゃう?」
僕のベッドに腰掛けている彼女が積極的に仕掛けてきた。
でも僕は避妊道具を一切持っていない。
「ゴム・・・持ってない・・・」
それを聞くと、彼女は自分のバックからごそごそと何かを取り出した。
「兄貴から貰ってきたよ。」
ぽんと僕のほうに渡してきた。
現物を見るのは初めてで、どう使うのかもよく分からない。
とりあえず、あふれないように気をつけようとこのとき思った。
「それじゃ・・・本当にいいんだよね?」
僕の問いかけに彼女はこくんとだけ頷く。
部屋の電気を暗くし、僕と彼女は服を脱ぎだした。
ごそごそっという服の擦れる音だけで僕の愚息はいきり立ってしまっている。
いきり立っている僕の愚息も、これから立派な息子になろうとしている。
「入れるよ・・・」
「ちょちょちょ、これじゃ入らないから。」
彼女は急ぐ俺の愚息を手に取り、自分の恥丘から一旦遠ざけた。
「まずは・・・私の・・・ここを・・・」
彼女は僕の手を秘部のところへ持っていった。
「ここを・・・濡らすの・・・」
消え入るような声で僕に頼む。
僕は彼女を悦ばせるため、一所懸命に愛撫をした。
指、そして舌を使ったりと、知識だけでどうにかそれらしい形にする。
それに応えるように、彼女の秘部からは熱いものがトロリと溢れ始めてきた。
少しずつ彼女の息遣いは荒くなっていき、同時に自分の呼吸も乱れ始めてくる。
「そろそろ・・・大丈夫・・・?」
僕は右指を彼女の秘部へと送り込みながら問いかける。
暖かく、そして彼女の鼓動を感じることができた。
彼女は無言で頷く。言葉を出すことすらきついのだろうか。
「いく・・よ・・・」
小さく閉じていた秘部に僕の愚息が吸い込まれる。
ぐぐっと入る瞬間、彼女はくうっと声を漏らした。
自分も息が荒くなってくる。
「はい・・・った・・・」
「う・・・ん・・・」
僕と彼女は何かを確認しあうかのように互いの唇を重ね合わせた。
「ねえ・・・ちょっとこのままの状態でいていい・・・?」
「うん・・・いいよ・・・」
僕は今彼女の中にいる。
もうこれで僕は一生「男」として生きていくことができる。
彼女を守っていくこともできる。
明と野球を続けることもできる。
もう・・・心配はいらない・・・
その後僕は彼女と一心同体となった。
僕の愚息は立派な息子へと成長し、彼女の熱い中で果てた。
二人とも果てた後、どちらも動くことができなかった。
二人とも運動部に所属しているが、こんなに激しい運動は始めてであったからであろう。
精根尽き果てた僕らは、そのまま夢の中へと飛び込んでいった。
中学3年の夏。
僕は都大会の決勝のマウンドに立っていた。
7回の表、白谷中学の守備。
1アウトランナー満塁。一打逆転のピンチに立たされていた。
それでも僕は動揺はしていない。
最高の捕手、最高の仲間、そして最高のパートナーに恵まれた今、僕に怖いものはない。
相手スタンドからは必死の応援。
「・・・これで終わりにしてやるよ。」
今、運命のボールは僕に託された。
みんなの勇気は僕に託された。
ここを守れば決着がつく。だが僕はここを守るだけではない。
僕にはもうひとつ、守るものがある。
一呼吸置き、1塁側スタンドを見た。
そこには僕の守るべき人が、僕のことを見守ってくれている。
「今回は、君が守ってくれる番だよ・・・」
僕の渾身の一球は、アキラのミットに消えていった――――――
【勇気をつばさにのせて~完~】
最終更新:2008年08月02日 13:11