安価『扇風機』

我が家には扇風機がない。
冷房に関してはエアコンしか使っていない。
以前扇風機を使っていたが、東京の夏はそんなものだけで乗り切ることは到底不可能だ。
たた温い温風をかき回しているだけで、まったく涼しくも感じなかった。

8月のお盆時期、帰省ラッシュの激しい混雑の中、疲労困憊しながらも父親の実家がある栃木についた。

「政美も来たんけぇ~。すーっかり変っちったなぁ~」

父親の母、つまりおばあちゃんが懐かしそうに言う。
ここ2、3年は部活やら何やらで父親の実家には足を運んでいなかった。
以前来た時とそれほど変っておらず、元気でなによりだ。

「もう夕飯の時間だから、荷物置いたら飯くうべ」

そう言うと、ばあちゃんは足早に台所へ行った。
私たちはいつもは使われていない部屋に荷物を置きに言った。
少し埃をかぶった障子を開けると、朱色に染まる男体山が顔を現した。
西日を浴びて、堂々とそびえ立つ日光連山。雄雄しい山々が連なる光景は、どこか懐かしい光景だった。

夕飯を食べ終えると、父親と母親は父親の両親たちと何やら談笑をしていた。
両親や弟たちは1年ぶりだが、それでも久々なのだ。
お酒を片手にほろ酔いながら、父親は心の底から笑っていた。
父方の両親も、同じような感じだ。


「政美、ちょっとこれ持ってって」

隣の部屋から母親の声が聞こえる。
はーいと返事をし、弟達とテレビを見ていた私は立ち上がってすぐに行く。
スイカでも切ってくれたのかな?と期待して行ってみると、何やらドデンと置いてある。

「これ、出し忘れてたんだって。寝るトコに持ってって」

白色の懐かしい形をした物体。そう、扇風機だ。
その辺の家電量販店に3000円くらいで売ってそうな安物であった。
そういえば、窓を開けっぱなしにしていたお陰で、全く暑さを感じていなかった。
東京だったら、こんなことはまずないだろう。



私は扇風機を持っていった。
かちゃりとコンセントを挿す。
埃が溜まっていたせいか、ピリッとスパークを起こした。
「首振」のボタンを押し、「弱」のスイッチを入れた。
扇風機は、ぶうーんという音とともに、心地よい風を送ってきてくれた。
田舎のほうだと、これだけでもこんなに涼しいのか……
私はそう思いながら、ぼーっと扇風機を眺めていた。

少し経ったとき、私は何かを思い出した。
(そういえば小さいとき、扇風機でよくやったことがあったなぁ)
そう、扇風機でアレといえばおなじみのアレである。
弟達はテレビに夢中になっている。
流石にこの歳になってまでアレをやるなんて恥ずかしい。
まして人に見られてしまった時なんか、穴があったら入りたいくらいの気持ちになるだろう。
私は辺りをキョロキョロと見回して、首振のボタンを「切」に変えた。ぶーんと私の方に冷風が吹き付ける。
ずっとその風を体に当て続けていると、さすがに寒くなってくる。
私は意を決してアレをやった。

「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……」

やってすぐに恥ずかしくなってきた。多分顔は赤くなっているだろう。
こんな歳になってまでやるもんでないと、少しずつ後悔の念が押し寄せてきた。
でもふと思ったことがある。
それは小さい頃やった時と、今やった時の音程がまったく一緒だということだ。
女体化していなければ、もっと低い音程だっただろう。

ちょっとだけ、小さい頃の懐かしい日々が思い出された


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最終更新:2011年06月16日 00:25
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