安価『学園祭のメイド喫茶』

「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ♪」
メイド服に身を包み、来る客来る客に同じあいさつを言う。
すっごく猫を被ったその声、不快に感じる人もいるはずだ。
中では、ある者はお客と談笑をし、ある者はオーダーされたものを運ぶのに汗を流している。
さながら人気ラーメン店のような繁盛っぷりをみせている。

ちなみにここは秋葉原ではない。そこらへんにある公立高校の教室だ。
今日は生徒全員が・・・という訳でもないが、大方の人にとっては待ちに待った学園祭の日であった。

「・・・何で俺がこんなの着なくちゃいけないの・・・?」
クラスメイトを睨みつけながら言う。
彼が手にしていたのは、ドンキホーテで買ってきたと思われるメイド服であった。
「頼むよ・・・後一人だけ!どうしても足りないんだ!」
彼は必死に頭を下げる。本当に人が足りないみたいだが、俺はどうも乗り気ではなかった。
元々学園祭に対してやる気はなかったし、何か担当するのだったら、裏方役に逃げようかとずっと考えていた。
必死に懇願するクラスメイトの姿に、俺は少し戸惑っていた。
「・・・分かったよ、やってやるよ・・・」
俺の断りきれない駄目な性格がでてしまい、ついついこの役を引き受けてしまった。
少しばかり興味があったというのは内緒だ。
「よかったぁ~。これから他の女子に頼むのもあれかな、と思っててな。
 女体化したお前だったら引き受けてくれるだろうと思ってたよ!」胸をなでおろす彼。安堵の表情が伺えた。
「ま、元男のお前なら、男性陣のツボを知っているはずだから、よろしく頼むぜ!」
大役を終えた彼は、それじゃ、と手を振りながら更衣室を出て行った。
更衣室に一人となった俺は、少しばかり後悔の念が押し寄せてくる。
先程彼がいた場所には紙袋があり、その中にメイド服が入っていた。
「これを・・・着るのか・・・」
俺は躊躇した。少しばかりの興味はあったとしても、いざこれを着るとなると勇気がいる。
でもやると啖呵を切ってしまったからには、後には引けない。
時間は確実に過ぎていく。優柔不断な俺がそこにいた。







「おお、遅かったな。」
結局俺はメイド服に身を包んでしまった。
断りきれない性格、そして優柔不断な性格。時たま自分自身に対して嫌になってしまう。
「これで・・・何すりゃいいんだ?」
自分自身に対しての怒りと、友人に対しての怒りが合わさって、俺はちょっとツンツンしていた。
俺の雰囲気を感じ取ったか、彼はまず一言謝り、申し訳なさそうに俺に指示をした。
どうやらやることは普通の喫茶店と変らないみたいだ。
ただ違うところは、お客と妙に触れ合うところ。
あまり客が来ないことを期待して、一般開放の時間を待った。

俺の期待はもろくも崩れた。
今年は創立100周年記念ということもあり、学園祭のことを大々的に宣伝していた。
昨年とかに比べてお客の数が半端ない。
かつ土曜日ときたものだから、他の高校の生徒がたくさん来ている。
どこの会場も大盛況。俺のところのメイド喫茶も例外ではなく、相当数のお客が来ている。
「・・・ったく、面倒くせぇ・・・」
俺はここまで人が来るとは予想もしておらず、次第にやる気がなくなっていった。
俺を誘った彼も、お客の対応に右往左往していた。
「ほら、笑顔笑顔っ!」
同じメイド姿をした女の子から言われる。
彼女達は学園祭の出し物を決める際に、メイド喫茶というのにかなり難色を示していたのだが、いざやってみると楽しんでいるように見えた。
口では文句を言っていても、やってみれば楽しいものなのだろうか。
俺は彼女の言うとおり、にこっと笑顔をつくった。もちろん目は死んでいた。

「いらっしゃいませ、ご主人様ぁ」
俺ら次から次へとくる客の対応に追われていた。
ちらっと廊下を見ると、何かすごく並んでいる。
どうやら、俺らのメイド喫茶に並ぶ列であった。
最初にうちは根性とか何かで頑張っていたが、次第にやる気が殺がれていった。







「ハァ、ハァ、ねえ、君名前何て言うの?」
ラスト一人で休憩というところで、強烈な客が俺のところに来た。
それほど暑くもないのに妙に汗を掻いており、Tシャツ一枚。
何が詰まっているのか分からないリュックを背負い、常にふーふーと呼吸をしていた。
話し方もねちっこく、時たまキモイことを聞いてくる。
「ねぇ、メルアド教えて・・・」
「ねぇ、これが終わったら遊ぼうよ・・・」
始めのうちは黙って聞いていた俺であったが、次第に我慢の限界に達し、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「てめぇ!さっきから黙って聞いてればよ!このピザ野郎!」
俺の突然の変貌っぷりに、その男だけでなく周りにいた人も驚いた。
でもその男は懲りずに、今までとは違う要求をしてきた。
「ハァ、ハァ、もっと・・・罵って下さい・・・」
口元に溢れた涎を腕で拭い取りながら言う。
その発言に、俺の何かが覚醒し始めた。
「おい、なんで豚はここに来たんだ?」
俺はその男の髪の毛をつかみながら言った。
「メイドさん・・・いや、メイド様に会いに来たからで・・・す・・・」
「ほう、それは嬉しいねぇ・・・」
俺はそう言うと、男の頭にコーヒーを垂れ流した。
男はひぃっと言いながらも、すごく悦んでいた。
ド変態、そんな言葉が彼らにはぴったりである。
周りにいた人たちはその光景にただ立ち尽くすばかり。
俺らの公開SMショーを眺めていることしかできなかった。

数年後、俺は東京で1、2位を争う女王様となっていた。


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最終更新:2008年08月02日 15:22
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