とある晴れた日の昼下がり。
じめじめした梅雨も明け、解放感漂う夏の季節の到来だ。
今日も気温が30度を超えそうだ。
夏服への移行期間ということもあり、若干ではあるが冬服を着ている人もいる。
だけど下は冬服を着ていても、上は半袖のYシャツだ。
クローゼットの奥に眠っていた夏服を身に纏い、僕は石神井氏の処へ向かう。
少しばかり防腐剤の匂いが気になるが、身につけている以上どうしようもない。
女体化してからも彼・・・いや、彼女とは変わらぬ関係を保っている。
今日もいつもと変わらぬ日であると思った。
ただ、少しだけ何か違うように感じた。
道行く人が僕のことを見てクスクスと笑う。
面白いものでも見ているかのような雰囲気が周りの人から伝わってくる。
何か変なものでもついているのかな・・・?
あまり僕はそのことには気を留めず、石神井氏の所へ向かった。
3-2の教室。ここに石神井氏はいる。
開け放たれたドアをくぐり、キョロキョロと石神井氏を探す。
クスクス・・・
やはりここでも似たような反応。
男女問わずに僕のことを見て笑ってくる。
何でだろう、とただただ首を傾げるばかりであった。
「お、石神井氏、屋上で弁当食べましょう!」
窓際に佇む石神井氏を見つけると、大きな声で呼んだ。
外の景色を眺めていた彼女は、くるっとこちらに振り返る。
一瞬僕のことを凝視し、そそくさと視線を反らした。
?
いつもとは反応が違いますね。
僕と石神井氏は友達じゃないんだよと言わんばかりの反応ですぞ?
なんだか石神井氏はとても恥ずかしそうな表情をしていますぞ?
本当に今日はおかしい日だなぁ・・・
その後何回か彼女を呼ぶものの、こちらを向かず。
一向に埒が開きそうになかったので、僕は仕方なく一人で屋上に向かうことにした。
「それにしても、石神井氏でさえあんな反応とは・・・少し驚きですな。」
屋上のいつものポジションで弁当箱を広げる。
今日は僕の好きな唐揚げと、甘い卵焼きが入っている。
頭に音符がつくような感じで箸を手に取り、卵焼きを一口頬張る。
卵と砂糖の甘い部分が口の中に広がる。ちょっぴり至福の瞬間だ。
少しばかり自分の世界に入っていると、不意に後ろから誰かに指で突かれた。
あまり突かれたという感触はなかったが、何となく突かれたということは分かった。
くるっと後ろを見ると、少しばかり頬を赤らめた石神井氏が立っていた。
弁当を手にしており、膝丈くらいの長さのスカートが夏の涼風に靡いている。
僕は下に座っているので、もう少し下から覗けば今日の色を確認できる。
何とかして見れないかと下から覗きこんでいたら、彼女にぽかんと頭を叩かれる。
「またHなこと考えてたんでしょ?まったく・・・」
腕を組みながら仁王立ち。僕のことを少しばかり睨んでいました。
よく見てみると、ブルマを装着しているじゃないですか。
(面白み半減じゃないですか・・・)
ここ1年で彼女の口調はすっかり変わってしまった。
昔は容姿と話し方にギャップがあったが、今ではすっかり一女性として生活している。
現に彼女に告白した男子もいるし、彼女が男だったということを知らない女子もいる。
僕が密かに彼女に惚れているなんてことは秘密ですよ・・・ポッ
「それにしてもさ、どうしたの?」
共に弁当を食べ終え、彼女が最初に発した言葉だ。
僕は何を言っているのか、瞬時に理解できなかった。
どうしたのって、体の具合が悪いわけでもないし、いつもと特に変わってないだろうと自分では思っていた。
・・・ああ、そういえば、何かがおかしかったんだな・・・
「どうしたのって、何がですか?」
「いや、その髪型だよ・・・」
「髪型・・・?」
彼女に言われて、自分の手で髪の状況を確認してみた。
僕は若干天然パーマ気味だったので、少しばかりふさふさほんわかという感じであった。
が、今日の感触は何だか違う。
ふさふさほんわかでは済まされないくらい変な質感。
もふもふ?ぽわぽわ?がりがり?表現し難い感触だ。
「石神井氏、鏡を貸してもらえませんか?」
「うん、いいよ。」
通学用の青い鞄から、手のひら大くらいの大きさの鏡を僕に手渡す。
友人と一緒に撮ったと思わしきプリクラが何枚か貼ってあり、色んな装飾が施されている。
心も女性になってきているのだなと垣間見えるアイテムのひとつだ。
僕は早速姿を確認する。彼女は終始僕のことを見て笑っている。
やっぱり変だなぁ・・・
別に顔には何もついていない・・・ん?
髪の毛が・・・おかしい・・・
例えるならば、パーマ屋に行った直後のおばちゃんとか・・・
いや、「大仏」のほうが分かりやすいかな?
とにかく僕の髪型は、天然パーマから大仏パーマへと変わっていた。
「・・・ねぇ、なんで言ってくれなかったの?」
僕は少し声を震わせながら言う。
何も知らずについ先ほどまで普通に授業とか受けていたのだ。
今さらではあるが、恥ずかしさとぶつけようのない悔しさが込み上げてきた。
何でこんなことに気がつかなかったのか、正直自分でも不思議だ。
朝起きた時は特に変わりはなかったし・・・訳が分からない・・・
こんな髪型、早く直さないとなぁ・・・
「でもね、あたしそういう髪型の人・・・好きなんだよね・・・」
顔を紅潮させながら、僕のことをまじまじと上目使いで見つめる。
なんだ。そんなことならこの髪型でもいいや。
初夏の強い日差しが、僕の大仏パーマに照りつける。
最終更新:2008年08月02日 16:32