389 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/20(木) 23:27:26.95 ID:vRLNvuKb0
何かどこかで聞いたことあるような題名ですがご勘弁を・・・
とりあえず登場人物と舞台設定を前予告で・・・
舞台は栃木県のとある高校
高校名は「作文学院」
どうみても作s(ry
◆栃木 卓(とちぎ すぐる)
東京・白谷中学出身
2年投手(左・左)
今の時点で言えることは、主人公ってこと
◆宇都宮 翔万(うつのみや しょうま)
栃木・九和中学出身
2年・捕手(右・右)
栃木の友人
◆二荒 正二(ふたら しょうじ)
野球部監督
今のところ上の3人だけが登場します
390 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/20(木) 23:30:25.82 ID:vRLNvuKb0
新緑の風が爽やかに大地を駆け抜ける皐月の季節。
黄金週間という言葉は、甲子園を目指す高校球児にとって関係のない言葉だ。
5月5日。世間一般では「こどもの日」という休日であるが、今日も彼らは練習に汗を流していた。
「もう1球っ!」
張りのある声がブルペンに響く。
3つあるマウンドには一人の男が立っており、投げる体勢に入っていた。
コーチが見守る中、彼は左腕のオーバーハンドから繰り出される直球を放った。
スパーンと気持ちのよい音がキャッチャーミットから出る。
キャッチャーは痛がっているのか、それともあまりにも惚れ惚れとする球だったのか、少しばかり静止していた。
彼は何かをかみ締めるように、ぐっとミットを握り締めてから、球を投手に返した。
「卓、相変わらずいい球放るな。」
返球を受け取ると、彼の口元から白い歯がこぼれた。
「よし、あと10球で終わりだ!」
ミットのポケット部分を右手でパンパンッと叩き、彼の球を待っていた。
彼は捕手の構えている位置を確認し、おおきく振りかぶる。
ふんっ、という力む声が漏れた後、ミットからは心地よい音が響き渡った。
「今日はこれまでにしておく。各自体を休めておくこと。」
休日であれば午後まである練習も、今日は早々と終わった。
解散前にするミーティングも、あっけのないほどすぐに終わった。
いつもであったら、ああだこうだと部員から意見が出るように、監督が色々と言ってくるのだが、今日は一言だけ。
不思議に思った俺は、解散後監督に聞いてみた。
「監督、どうして今日はこんなに早いんですか?」
「いや、今日はこどもの日だろ?ウチのチビがうるさくてな・・・」
少し照れくさそうに髪の毛をかきながら、その理由を話してくれた。
監督に奥さんがいたのは知っていたが、子供がいることまでは知らなかった。
子供ができると丸くなるというのはよく聞く話だ。
そういえば、以前より監督が怒らなくなったと先輩方から聞いたことがある。
393 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/20(木) 23:33:50.07 ID:vRLNvuKb0
「栃木も、今日はゆっくり休めよ。」
俺の右肩をぽんっと叩き、監督は足早にグラウンドを去っていった。
どんどん遠くなる後姿を眺めていた俺は、少しだけ監督に対する印象がよくなった。
「卓、今日は昼飯でも食べに行こうぜ!」
グラウンド整備を終え、部室へと戻ろうとすると、後ろから声が掛かった。
俺とバッテリーを組んでいる宇都宮だ。
いつもテンションが高く、練習後だというのにすごく元気がある。
暑苦しいヤツで、時たまウザいと感じるときもあるが、俺の唯一無二の親友だ。
今日もいつものように肩を組んできた。
宇都宮は今日あった出来事を事細かに話す。日焼けした顔から、白い歯がこぼれる。
「今日さ、セカンドのやつがよぉ――――」
宇都宮は俺と同じ2年ながら、先輩を抑えて正捕手として活躍している。
人数の少ない県立高なら2年で正捕手というのも分かる。
だがここは県内に限らず、全国から野球をやりに来るものが集う私立強豪校なのだ。
彼はいつものように先輩や仲間の愚痴をこぼす。
レギュラーならではの嬉しい悩みだ。
と言いながらも、俺もこの高校の2年生エースとして活躍している。
東京からの越境入学。始めのうちは友人なんて一人もいなかった。
授業はもちろんのこと、大好きな野球を苦痛と感じたこともあった。
正直辞めたいと思った矢先、宇都宮が声を掛けてきてくれたのだ。
俺は始めのうちは壁を作っていたが、次第に俺から声を掛けるようになっていった。
当たり障りのない性格に、いつでも明るく振舞うその姿。
100人を超す部員がいる中で、彼の悪口を言うものはほとんどいない。
次期主将は宇都宮で、という声も多い。
394 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/20(木) 23:36:24.06 ID:vRLNvuKb0
「それじゃ、どこに食べに行く?」
「とりあえず、駐輪場に行ってからだな。」
さっさと着替えをし、俺と宇都宮は駐輪場へ向かった。
時刻は2時近く。俺らの腹時計は限界の音を鳴らしていた。
「あぁ、腹減って死にそう・・・」
宇都宮が腹を抑えながら言う。本当に死にそうな表情をしており、一刻も許さない状況だ。
彼の表情を見ながらくすっと笑っている俺も、かなり腹が減っている。
俺は財布と相談し、近くのファミレスではどうか?と提案した。
「ファミレス?俺の金がない・・・」
宇都宮はポケットから財布を出し、中身を俺に見せてきた。
お札入れのところにはもちろん何も入っておらず、小銭しかない。
肝心の小銭も、申し分ない程度にしか入っていない。
俺はため息をつき、仕方なく言う。
「俺が奢るよ。」
それを聞いた彼、水を得た魚のようにと突如元気になった。
「まじで?やったね!」
指をパチンと鳴らし、俺の肩をばんばんと叩いてきた。
こういうところがちょっとウザいな、と思いながら苦笑する。
俺らは自転車に跨り、学校近くのファミレスへと向かった。
「いらっしゃいませぇ~」
ドアを開けると、心地よい微風と共に、元気のある声が飛んできた。
二人で中のほうに入ると、女性店員の人が人数を聞いてきた。
俺は右手でピースサインを作り、無言で2名であることを伝える。
煙草の有無も聞かれたが、もちろん禁煙席だ。
スポーツ選手に煙草は厳禁。とは言いながらも、部内でも誰か吸っているやつがいるという噂は聞いたことがある。
未成年が吸っても何になるのだか、と思いながら、俺らは窓際の席についた。
396 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/20(木) 23:41:52.93 ID:vRLNvuKb0
「そういや、今度の練習試合、俺とお前で行くっていってたぜ。」
「ん、ああ・・・」
先程から宇都宮はメニューにかぶりついており、俺の話など右から左へ受け流していた。
よほど腹が減っていたのだろうか、ファミレス特有の大きなメニュー表からなかなか目を離そうとしない。
俺は軽くため息をつき、大窓から見える外の景色を眺めていた。
駅に向かう大通りに面しており、たくさんのバスや車が通行している。
今日はこどもの日ということもあるのだろう。道行く人は、子供連れが多いように感じた。
ふと小さい頃の記憶がよみがえってくる。
いつかは分からない。親父と母親と共に遊園地に行った遠い日の記憶。
父親と乗ったジェットコースター、母親と乗ったメリーゴーランド、そして家族で乗った観覧車・・・
懐かしい思い出が次から次へと頭の中に映し出され、俺はちょっぴりブルーな気分になった。
「卓、俺は決まったぜ。」
ぼーっと外を眺めていた俺。宇都宮の言葉は耳に届いていなかった。
「卓、ほら!」
宇都宮は体を乗り出し、メニュー表の角で俺の体をつついた。
何かが触れていることにようやく気付き、悪い悪いと言いながらメニュー表に目をやった。
ハンバーグ定食、とんかつ定食、まぐろのたたき定食・・・。豊富なメニューに目移りする。
宇都宮は冷えた水を一気に飲みながら俺のことを待っていた。
「よし、決まった!」
すぐに決まると思っていたがなかなか決まらず、数分間メニュー表と格闘していた。
色々と食べたいものがあったのだが、財布の中身に加え、これ以上宇都宮を待たせるのは悪いという気が押し寄せ、安くて量のあるハンバーグ定食にした。
傍らに備えてある呼び出しボタンを押すと、ピンポーンという音が店に響いた。
ただ今伺いまーす、とどこからともなく聞こえてくる。
今日は祝日ということもあり、2時過ぎだというのに結構混んでいた。
397 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/20(木) 23:42:12.64 ID:vRLNvuKb0
「大変お待たせいたしました。」
ちょっと時間を置いてから店員はオーダーを取りに来た。
先程俺らを案内してくれた人だ。
「えっと、ハンバーグ定食の大盛りと―――――」
宇都宮がメニュー表を見ながらテキパキと注文を伝える。
手馴れたもので、店員はすらすらっと注文用紙に書き留める。
以上でよろしいですか?と言われ、宇都宮は俺のほうを見た。
何か忘れてないかというような表情。
ドリンクバー2個、と左指でブイサインを作り、店員に伝えた。
料理がきたのは、注文してから約30分後。
いくら混んでるからとはいえ、これは遅すぎる。
俺と宇都宮は飲み物を大量にお替りしまくり、なんとか今に至った。
大変お待たせしましたぁ、という定型文が妙に腹立たしい。
でもそんなの関係ない。料理が来た今、俺らのすることはそれらを食べつくすことのみ。
テーブルに運ばれると同時に俺らはフォークを手にとり、一気にがっついた。
食事中、二人はまったくの無言であった。
「うまいなぁ」とか、「今日の部活がよ」なんていう会話は一切なし。ただひたすら料理を食べていた。
「そういえば、お前誕生日いつだっけ?」
とんかつ定食を食べ終えた宇都宮が、ソースがついた口元を拭いながら話しかける。
俺はまだ口の中にハンバーグが入っており、「ん?」としか返すことができなかった。
「いや、食べてていいぞ。」
そう言い直すと、彼はウーロン茶を一気に飲み干した。
俺はその言葉どおり、お構いなしに食べ続ける。
外を眺めずに俺を眺めている宇都宮。その表情には、どこかしら寂しげな雰囲気が出ていた。
なんでそんな表情なんだろ?そう疑問に思う。
だがこの時点で、俺は事の重大さに気付いていなかった。
678 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/24(月) 17:50:22.63 ID:nWgEPd7g0
黄金週間も終わり、最初の日曜日がやってきた。
ほとんどが他県との対戦なのだが、今日は珍しく県内の高校と試合をする。
県内の高校と試合をするのは楽なものだ。
他県の高校とやるときは、移動するだけで疲れてしまう。
朝が苦手な俺にとって、練習試合がある日はちょっぴり憂鬱だ。
先日の五月晴れはどこへやら。灰色の雲が一面空を覆っている。
南のほうから吹いてくる生温い風が、俺らの肌にまとわりつく。
第一試合にバッテリーを組む俺と宇都宮は、他の人たちより先にアップを始めていた。
「今日は早く終わらせたいな・・・」
一緒にランニングをする宇都宮がぼそっと呟く。
天気を気にしているのだろう。灰色の雲に覆われた空は、今にも雨が降りそうだ。
面倒くさいとかそういうことは考えていない。
多分俺らの体のことを気遣ってそう言っているのだろう。
いつもより早めにランニングを切り上げ、柔軟体操をし始めた。
「そういえば、今日は鬼怒川を使うって言ってたな。」
前屈をしている俺に、腕を伸ばしている宇都宮が声を掛けてきた。
対戦相手は県内の高校、そしてハッキリ言って悪いが俺らより格下だ。
今日は3年のレギュラー陣を休ませ、2年生中心で行くようだ。
ちなみに鬼怒川というのは、俺らと同じ2年で、栃木絹川中学出身。
豪快なバッティングがウリで、1年のときからレギュラーを獲得していたが、1年の秋季大会前に交通事故に遭い、戦線離脱していた。
「鬼怒川、怪我治ったのか?」
「そうみだいだな。この前練習に来てたぜ。」
へえ、と頷く。つい先日から鬼怒川が練習に来ていたことに気付かなかった。
679 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/24(月) 17:52:01.62 ID:nWgEPd7g0
「俺は鬼怒川のこと見なかったぜ?」
「練習に来てたけど、朝は病院で、練習も遅刻、早退ばっかりだったみたいだぜ。」
なるほど、と納得。俺と野手は別メニューなのだから、あまり絡む機会がない。
俺が鬼怒川の存在に気がつかなくても仕方なかった。
詳しく聞くと、今日も遅れてくるとのこと。バスの中に彼がいなかったことも納得できる。
「ま、今日は気楽に行こうぜ!」
俺の肩を軽く叩きにこっと笑う。彼の口元には、白い歯がこぼれていた。
彼の笑顔を見ると、俺も知らず知らずのうちに笑みがこぼれた。
ちょっぴり憂鬱だった俺の心も、晴れ晴れとしてくる。
(今日は気楽にできそうだな・・・)
そんな俺の心模様とは対照的に、愚図ついている空は次第に、濃い灰色へと変っていったのである。
「これからオーダーを発表する!」
キャプテンの声を聞くと同時に、皆ささっとベンチ前に集まる。
試合前の作文学院ベンチ。オーダー発表前は、心地よい緊張感が漂う。
「一番!ライト塩谷!」「オエッ!」
「二番!セカンド烏山!」「オエ!」
「三番!キャッチャー宇都宮!」「オエ~ィ!」
「四番!ファースト鬼怒川!」「オエェェェ!」
「五番!サード黒磯!」「オエッ!」
「六番!レフト那須!」「ォエッ!」
「七番!ピッチャー栃木!」「ウオエッ!」
「八番!ショート足利!」「ゥォエッ!」
「九番!センター矢板!」「オエィ!」
キャプテンの掛け声と共に、張りのある声がベンチ前に響く。
今日は本当に2年生主体で行くみたいだ。
というかいまさら気付いたのだが、3年生がキャプテン以外にいない。
680 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/24(月) 17:54:28.95 ID:nWgEPd7g0
試合が始まるまで宇都宮とキャッチボールをする。
グラウンド整備をしている人たちを横目に、軽く肩を慣らしていた。
少しだけ雨がぱらついてきた。このまま持ってくれれば、と心の中で思う。
北の方を見ると、灰色の分厚い雲が押し寄せてきている。
「こりゃまずいな・・・」
雨の日の試合は嫌いだ。
グラウンドはぐちゃぐちゃになるし、泥だらけになる。
そしてなにより球が滑るということだ。
持ち味である伸びのある球、そして切れのよいスライダーが生きない。
だが、こんなとこで贅沢を言っていては甲子園なんて以ての外だ。
俺は嫌な気持ちをぐっとこらえ、集合の合図を待った。
集合の声が掛かり、両チームの選手とも勢いよくホームに集合する。
「天気が悪いので、スピーディーに攻守交替をするように!」
主審が元気良く言う。天気がよくても同じようなことを言うが、今日みたいな日は攻守交替を早くやらないと9回まで持たない。
礼と言う号令と共に、両チームの選手全員が互いに威勢良く挨拶をした。
鬼怒川の復帰緒戦は、どことなく不吉なことを暗示しているような天気だった。
681 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/24(月) 17:56:53.14 ID:nWgEPd7g0
先行は茄子大学付属高校。作文学院は後攻である。
挨拶を終えると、俺らは早足で守備につく。
少しグラウンドがぬかるんでおり、スパイクの歯に泥が食い込む。
俺はマウンドに立つ。渡された新品のロージンバッグを早速ポケットにしまいこんだ。
雨が降る日は、ポケットにロージンを入れておかないと使い物にならなくなってしまう。
それにこういう日は、ロージンバッグが生命線となる。
一回、二回と左手に軽く馴染ませ、ゆっくりと投球練習に入った。
初回の投球練習は7球、それ以外の回は3球だ。
俺はマウンドの感触を確かめながら、規定の7球を投げ終えた。
「初回っ!零点でいこうっ!」
宇都宮の声がグラウンドに響く。それに応えるように、野手全員から勢いよく返事が返ってくる。
俺は軽く体が疲れている。でもこれがちょうど良い感覚なのだ。
先程と雨脚はそれほど変らない。でもよくなりそうにもない。
天気ばかりは俺らでもどうしようもない。神のみぞ知る事象なのだ。
軽く一礼し、左打席に一番打者が入る。
今日の俺の調子はそれなり。やや変化球がいつもよりキレが悪かった。
「今日は直球中心がいいな。」と試合前に宇都宮からのアドバイス。
サインを見ると、直球のサインを出していた。コースは指定されていない。
俺はこくんと頷き、投球モーションに入る。
オーバーハンドから放たれた直球は、ど真ん中ストライク。
打者は見逃し、宇都宮のミットに勢い良く収まった。
(ど真ん中見逃すなよ・・・)
軽く舌打ちをし、返球を待つ。初球だから致し方ないと思うが、振ってくれてもいいだろうと思った。
今日の球のノビはそんなに悪くはない。今日くらいの相手なら、8分の力で勝てるはず。
だが俺のポリシー、全力で敵を倒すということ。
ただ・・・今日は変化球が如何ほど通用するのか・・・ちょっぴり不安だった。
682 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/24(月) 18:01:02.05 ID:nWgEPd7g0
なんだか呆気のないほどその回は終わった。
杞憂だった変化球のキレも、そこまで悪くはなかった。
というより、これくらいのキレでも相手打線を抑えることができた。
セオリー通りのサインを出し、俺はそれに従うまま。
追い込んだら、外に逃げる変化球を見せるだけで軽く振ってくれる。
三者三振、上々の立ち上がり。
投手としてこれ以上に楽なことはない。
この様子なら、今日は早く終わりそうだと思った。
「ナイスピッチ」
全力でベンチに戻る作文ナイン。
宇都宮は笑顔で俺のグラブに軽くタッチをする。
俺からみたら、別にいい投球というわけでもないが、彼はいつもこう言ってくる。
調子が悪くても似たようなことを言う。
決して試合中に投手を不快にさせるようなことは言ってこない。
俺には無理なこと。キャッチャーは大変なポジションとつくづく思う。
軽く円陣を組み、監督から一言二言アドバイス。
向こうの投手はそんなに高いレベルではないが、腐っても私立。
130キロ近い球は放る。中々ノビのある球だ。
だが球が速いだけでは意味がない。それほど制球がいいようには見えなかった。
変化球もそんなに切れない。
「気を抜かないで、全力で倒せ!」
監督が激を飛ばす。俺らはそれ威勢よく返事をする。
どんな相手でも全力だ。
手を抜かぬこと、それが相手に対する礼儀。
空からは、相変わらず雨が落ちてくる・・・
684 名前:白球の記憶 ◆yhNqGdIG7M [] 投稿日:2007/09/24(月) 18:03:37.75 ID:nWgEPd7g0
急激に雨脚が強くなった12時前。何とか試合は終わった。
結果は言うまでもなく、俺らの楽勝である。
怪我から復帰した鬼怒川は5打数5安打、2本塁打の大活躍だ。
俺は結局6回でマウンドを後の投手に譲った。
13奪三振、自分でも結構驚いた。
大会であれば絶対に続投なのだが、今日は練習試合だ。
色々な人に経験させておくという意味合いもあり、俺は早めにベンチに下がった。
「2試合目は中止だそうだ。」
ベンチで待機している俺らに、監督から声が掛かる。
試合後すぐに、向こうの監督と相談したようだ。
1試合目が終わると同時に雨脚が強くなっていた。
確かにこんな土砂降り雨の中では試合は無理だ。
グラウンドはぐちゃぐちゃ、雨が上がってもグラウンド整備に時間がかかる。
まして大会まで後1ヶ月と半分。こんなところで風邪を引いてしまっては残り僅かな練習期間がなくなってしまう。
そういう意味合いを含めて、今日の練習試合は1試合で終わった。
「今日はいつも以上によかった気がしたんだけどな・・・」
「相手が相手だったからな。」
学校に帰るバスの中。俺と宇都宮は同じ席に着く。
朝が早かったということもあり、車内の至るところから寝息が聞こえてくる。
一番前の席に座っている監督も眠っているようだ。
俺らは小さな声で、話を続けた。
今日の試合で気に掛かったこと、今後の課題等、色々と話し合った。
ああだこうだ言っているうちに、宇都宮がウトウト、俺もウトウト。
バスの心地よい振動には勝てず、俺と宇都宮はいつの間に夢の中へ潜り込んでいた。
夏の県大会予選まで後1ヶ月と少し。
甲子園のマウンドに立つ自分の姿を思い浮かべながら、バスは帰路につく。
最終更新:2008年08月09日 23:00