安価『おみくじを売る巫女さん』

「なぁ」
俺――舘林 喬介――は前をぼんやりと見詰めながら、隣に座る悪友――七海 亜樹名――に声をかける。
「何さ?」
直ぐ様返事が返ってくるが、その声色もどこかぼんやりとしていた。
「この光景についてどう思う?」
「さて、どの光景について言ってるのかな?」
亜樹名を一瞥する。欠伸を噛み殺したためか、その長い睫毛に涙の粒が光る。
恐らく亜樹名もわかっていることだろう。だが、恐ろしく暇であるため、そんな冗談染みた言葉のやり取りを俺たちは続けていた。
「そうだなぁ、強いて言えば…」
「強いて言えば?」

「正月なのにがらんとしたこの境内…とか?」

俺は目の前に広がる空虚な光景を指差した。
本来初詣の参拝客で賑わう筈の社務所の窓から見える景色は、見渡す限りの人、人、人…などではなく、ただただがらんとしている。
「なんだってまたうちの神社はこんなに流行ってねーんだ?」
「そうだね、理由は様々あると思うよ?例えば本殿がボロいとか本殿がボロいとか本殿がボロいとかね」
そんなボロくて、流行ってねーうちの神社に毎年毎年正月の手伝いに来てくれる亜樹名は割りといいヤツだ。
線の細い美少年系の顔立ちをしてるヤツは勿論モテるし、時たま彼女を連れているところを見たりもする。
…長続きしてるとこは見たことねーけど。
まぁ、そんな亜樹名だが、どう言うわけか年末年始は必ずうちで手伝いをしてるわけだ。
その事についてヤツに聞くと、答えは毎回「何て言うかね?彼女の隣は僕の居場所じゃないって言うか…」と口籠ってしまう。
じゃ、ナニか?長続きする俺の隣はお前の居場所だっつーのか?これは俺もちょいと貞操の危機を感じた方がいいのかも知らんね…。
いや、勿論冗談だけど。コイツに限ってそれはねーよ、うん。
「それはそれで箔が付く場合もあるだろ?歴史的な趣がうんたらかんたらで」
「場合もあるってだけでしょうが。少なくとも喬介んちに限ってそれはない」
うん、単純にボロいからね。そりゃもう憑いてんじゃないかってくらい。…神様じゃないものがね。

「それと…これを言うとすんごいバカにされそうだし、すんごい言いにくいんだけど…」
「なんだよ?」
「いや、あのさ…その…」
「………」
無言で先を促す俺。踏ん切りが付くまで待ってやらないと喋らないからな、コイツは。妙なとこで内気なヤツだ。
「や、その…巫女さんがいないことも原因かなって…」
え?あー、うん、巫女さんね。確かにいないね。だから俺たちがわざわざ御神籤なんか売ってるわけだ。
いや、ここには神主さえいねーけど。神主であるうちの親父は、寒いと腰が痛いとかで自宅でぬくぬくしてくるとさ。
「ふーん、そんなこともあるのか」
「相変わらずの無感動症だね、全く…」
外国人みたいなジェスチャーでやれやれと溜め息を吐く亜樹名。んなこと言われてもだな…。
「それよりもうちの神社に巫女さんがいないのって何でなんだろうな。なんかすぐ辞めちまうし」
何を思ったか亜樹名が数秒間ぽかんとした顔で俺を見つめてきた。…どちらかと言えば珍獣でも見る目付きか?
「えと、それ本気で言ってる?」
「本気も本気。大真面目。理由がさっぱり分からん」
「え?だって、喬介の所為でしょ…?」
「…は?」
俺がぽかんとする番だった。
「あ、珍しく驚いてる」
今度はアンノウンなフライングするオブジェクトでも見たかのような目付きだな。
そんなに俺が驚くのが珍しいか。俺だって人並みには感情があるわい。
…いや、そんなことはどうでもいい。
「俺の所為ってどう言うことだ?」
「バイトの巫女さんにコスプレ紛いの巫女服を着せて、視姦して悦に入ってるって聞いたけど?」
あー、それな。なんか色々誤解があるようだ。だからそんなゴミ虫を見るような視線を送るのはやめろ。
「アレはうちの神社の巫女用の正装だ。疑うんなら文献見せてやってもいい。
大体親父に『神事の時くらい正装してもらえ』って言われたから着るように指示しただけだ視姦なんてしてねぇよ」
まぁ、あの格好じゃそう思われるのも仕方ない。袴がミニスカだったり袖と身ごろがセパレートだったり…。

「へぇ、そうだったんだ」
「やけにすんなり信じるな」
「や、喬介嘘吐かないし」
どんな信頼だよ、全く。
「俺だって嘘ぐらい吐くかもしれない」
「少なくとも僕は見たことないよ」
「大体、そんな疑いを掛けられたら誰だって自己擁護するだろ」
「本当にやってなければ尚更ね」
次々に応えが返ってくる。いっそ小気味いいくらいだ。
「…疑って欲しいわけ?」
「そんなわけねーだろ。ただ理由もなしにそんな信頼されても気持ち悪いっつーか…」
「理由なら、あるよ」
静かに、だが確りとした声音で呟く亜樹名。普段の何処か飄々とした空気は感じられず、何か決意めいたものを抱いているように見える。
「…何だよ、それ?」
少し気圧されて一瞬反応が遅れる。
「それは…」
口を開きかけたとこで俺にもたれ掛かってくる。え?やっぱそういう展開なわけ?


「ちょ、熱ッ!」
もたれ掛かってきたわけでなく、どうやら倒れたらしかった。
支える腕に触れた亜樹名の身体は平常時とは明らかに違う熱を持っていて、心なしか呼吸も荒い。
「ったく、体調悪いのに無理してたのか、コイツ…」
俺は一つ愚痴を零すと、亜樹名を抱えて後ろの座敷に運んでいった。







「しかし客来ねーな…」
一人になった社務所の受け付け。話し相手すらいなくなった俺は、暇に飽かせて思わず一人ごちた。
「ホントに何か憑いてんじゃねーのか?この神社…」
神社の息子として洒落にならないような言葉も出てしまう。
「暇だ…」
「喬介…?」
俺がそう漏らすのと同時に亜樹名のか細い声がした。
「あー、起きたか。お前体調悪かったんだろ?休んでていいぞ」
「う、うん、ありがと…」
「そーゆーときは先に言っとけよな?どーせ誰も来ねーし、無理に手伝う必要なんかねーんだから」
「うん…」
何か違和感を感じる。なんだろ?ぐるぐる思考を巡らす俺。…あ、そーか。
「…お前声高くねーか?」
「ちょっとこっち見てよ…」
そういや外見っぱなしだったな。どれどれ?…あー、なるほど、それでか。納得。
「や、その…お、女の子に、なっちゃった…」
「見りゃわかる」
大きくくりくりした瞳に、柔らかそうでぷくぷくした頬、低かった身長は今や140cm台か?体格は…大して変わらないか。元が細身だしな。
「…見事に幼女だな」
「…驚かないの?」
「驚いて欲しかったか?」
間髪入れずにそれだけを言う。そんなそっけない俺に、亜樹名はそっぽを向いた。
「いや、別に…」
きっと頬が赤かったのは気のせいだろう。
「でもよかったでしょ?これでこの神社にも巫女ができたよ」
くるんと半回転。振り向いたときには既に笑顔の花が咲いていた。切り替え早いな、コイツ…。

「いいのか?それで」
「親友が女の子になったって言うのに、驚きもしなかった人の言葉とは思えないね」
「悪かったな、反応薄くて」
皮肉に皮肉で返す。結局のところいくら外見がアレなところで、亜樹名は亜樹名だと言うことを再認識した。
「ま、悩んでたって仕方ないしね」
「そーか。ま、兎も角これで…」


「エロい格好の巫女さんをおもうさま視姦出来るな」

…頬を真っ赤に腫らした男と、腋の開いた巫女服を着た女の子が並んで御神籤を売っていた正月のこと。

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最終更新:2008年06月11日 23:25
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