『さあ、恋の言葉を吐け。』

160 :さあ、恋の言葉を吐け。:2008/02/15(金) 23:08:58.88 ID:WzRJ3ICl0
名島の声は硬かった。俺はサラダサンドイッチに噛み付き、名島の黒い瞳から目を逸らしていた。
名島の目は、一言で言えば暴力だ。分家だからしつけが厳しかったとか、血筋のために差別されて育ったとか、そういう過去が名島の目を厳しく、恐ろしいものにしている。
「吐け」
名島が言う。俺は無言でサンドイッチを食う。咀嚼したレタスの感触だけ、やたらとリアルだった。
「吐け、宮野」
名島の長い指がついた掌が俺の顎を掴む。
「さあ、吐け。俺への恋の言葉を」
俺は意地でもサンドイッチを食った。
愛しているとか、好きとか言ったら、俺はお前より弱者になる。


161 :さあ、恋の言葉を吐け。:2008/02/15(金) 23:09:30.40 ID:WzRJ3ICl0
駅に貼られているポスターをなんとなく見た。
「私も使っている!」と白地が踊る派遣会社のポスター。その隣には。「好きな人と旅に出よう」とスキー場のポスター。駅に貼られているポスターを眺めるのはなんとなく楽しい。
「宮野」
名島の声に振り向く。背が高いし、顔だって整っている。なのに、何で俺に執着するんだ。
「楽しい?」
「まあな」
風が冷たい。冷気が足元から昇ってきて、凍える。
「疲れた」
名島が小さく息を吐く。
「早く楽にしてくれ。俺を拒絶するか、愛するか、どっちか」
極端だと思った。それでも、名島はその極端を望んでいる。
「名島、ちょっと待って」
俺は二枚のポスターの間に立って、小さく笑った。


162 :さあ、恋の言葉を吐け。:2008/02/15(金) 23:10:07.17 ID:WzRJ3ICl0
「これが俺の答え」
「は?」
怪訝そうな顔をする名島の目の前で、俺は派遣会社のポスターの「私も使っている!」の「使っている」が頭で隠れるような位置に立ち、片手で、スキー場の「な人と旅に出よう」の部分を隠すようにした。
「私も好き」と見えるように立ったつもりだったが、失敗したかもしれない。
そう思っていたら、名島の手が俺の髪に伸びた。
俺の長い髪を、優しく触った。
「俺も好きだ」
小さく呟いたその言葉を聞いて、俺は泣きたくなった。
弱者になんかなりたくなかった。でも、俺は、お前より上に立てるとは思えない。

終わり。


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最終更新:2008年09月04日 17:18
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