無題 2007 > 11 > 24(土) ナガ

後輩の吉田が最近おかしい。びっくりするくらいおかしい。
俺に対して挙動不審。俺がフランクフルトを銜えていただけでなんでお前はびくつくんだ。お前はフランクフルト恐怖症か。
他にも、俺が飲みかけていた缶コーヒーを差し出しただけで困惑したりする。
お前は一体どうしたんだ、吉田。
どうしてしまったんだ。なんで最近、俺とバイクのニケツしてくれなくなったんだ。
どうでもいいような小さな不満と不安が積もり積もって、俺は最近不機嫌だ。
責任取れよ馬鹿野郎。

朝起きて大学に行く支度をしているとき、俺は鏡のなかの自分を見て顔をしかめた。
最近、やっぱり女っぽくなっている。
元々女顔だったわけではない。なのに、最近、俺は女に間違えられる。
多分、惰性で肩のあたりまで伸びた髪のせいだけじゃない。
「あー女体化しているんだなぁ」
しみじみと呟く。
童貞だと十代半ばで女になる、というのはもう世界の常識だ。だが、ここ数年、若者の体質の変化なのかどうなのかよく分かっていないらしいが、女性化も今までとは変化が生じた。
一部の若者のなかには、徐々に女性化する者が出てきた。俺もその一人だ。
下半身のアレも小さくなってきたし、胸も少しずつ出てきた。妹の春香は
Aカップだが、俺はAAカップくらい。だからブラジャーもつけていないけど。
俺はズボンの上から太もも、尻を触る。ふっくらしてきた気がする。いや、筋肉がなくなっただけかも。
「んー…」
呻きつつ自分の体の感触を確かめていたら、兄貴に頭を叩かれた。
「ばかムスメ、大学へ行け」
「まだムスメになってねーっつの」
中途半端な状態で、俺はいまいち実感がない。

二十歳過ぎていきなり女体化しはじめた奴なんて俺くらいじゃなかろうか、と思っていたら意外や意外、そうでもないらしい。
最近、俺の周りは男と女、それと俺と同じように中途半端な奴、となかなかバリエーションが増えたような気がする。
俺は昔から交友関係が広い。が、結局広すぎて浅すぎる結果になる。
携帯に登録しているメルアドは多分、百は軽く超えている。だけど、人間の中身を知っている奴は多分、三人にも満たないかもしれない。
この年になると、俺はこういう人間なんだから、と諦めていて、親友なんていうもの強く望まなくなった。
だけど、親友といえないけど、「結構仲が良くて中身もちっとは知ってる」奴が出来ると嬉しい。
大学に入って、俺はそんな奴が出来た。後輩の吉田だ。


当時付き合っていた彼女が文化祭実行委員会のメンバーで、俺も付き合いで手伝いをした。
俺と同様に付き合いで手伝わされていたのが一学年下の吉田で、吉田はちょっと不気味だった。
無表情で、働く割には存在感がない。いつのまにか仕事を終えて姿を消しているので、一部では「妖精」と呼ばれていたぐらいだった。
妖精と呼ばれていた割には、吉田は可愛くない。むしろ「忍者」とか「下級武士」とかそういう単語がよく似合う。
なので、俺は仕事を手伝っている間、吉田のことを「三郎」と呼んでいた。古風な名前が似合うと思ったが時代劇なんて見ないので、とっさに浮かんだのが「三郎」だったからだ。
吉田は暫くの間、俺や俺以外の人間から「三郎」と呼ばれていたが、文化祭の打ち上げのときに居酒屋で、俺に言った。
「自分は、三郎ではなく、吉田ツナグです」
つなぐ、と俺が呟くと吉田はわざわざメモ帳を取り出し「繋」と書いた。
「人と人を繋ぐ立場の人間であれ、という願いをこめられてつけられた名前です。いい響きだとは思いますが、自分よりも津田さんにあってますね」
俺は吉田を凝視してしまった。まさか、吉田が俺の名前を知っているとは思わなかった。
「俺は、響(ヒビキ)っていうんだ。お互い一文字の名前だな」
「ええ、そうですね」
真面目腐って頷く吉田は、冗談なしという口調で言った。
「先輩の名前はとても素敵ですね」
俺はそのとき、初めて「素敵ですね」と真顔で言う男を見た。それが、吉田に興味を持ったきっかけだったのかもしれない。

吉田は携帯を持っていなかった。俺が「メルアドおせーて」と聞いても「おせーて、って略語ですか。
メルアドってなんですか」と聞く始末だった。
俺は仕方なく「メルアドが略語で、おせーては教えてを軽く言い換えたものだ。そしてメルアドはメールアドレスのことだ」と教えた。
メールアドレスってなんですかと言われたらどうしようかと思ったが、流石にそれはなかった。
「メールアドレスは持ってますが、殆ど使いません」と答えが返ってきただけだった。
一応、パソコンのメールアドレスは持っているが家族共有のもので、吉田自身、携帯を持つ気はないらしい。
じゃあどう連絡つければいいんだよ、と拗ねた俺に吉田は家の電話番号と住所を教えてくれた。それと、
二階の自分の部屋の位置と、不法侵入の仕方も。
「自分の家の庭に大きな木があるんです。それを登れば窓から簡単に入れます。自分の窓は鍵が壊れているので、勝手に入ってきてください。夜中は足音に気をつけて」
最初は冗談かと思った。自宅を教えるなんて、リスクが高いこと平気でする奴がいるとは思わなかった。
だが、吉田は真剣そのものだったので俺も有難くその好意を受け取った。多少ずれているとは思ったが。

文化祭が終わって暫くたっても、俺は吉田と話をすることが多かった。吉田の部屋に不法侵入をかますことも度々あったし、吉田のバイクに乗せてもらってでかけることも少なからずあった。
だが、ここ最近、吉田は変わった。
俺は元々、ボディタッチが多いほうだ。前の吉田は平然としていたのに、最近俺からの身体接触を避ける。結構、堪える。
俺は今までと変わったつもりはない。なのに、なんでだ。
「あーもうパンクする」
講義が終わり、俺は呻いて髪をかきむしった。そんな俺を、友人の濱野が哀れみの目で見る。
「よせやい、友よ。そんな目で俺を見るな!いや!あたいを汚さないで!」
「大丈夫、もう汚れている」
肩に手を置く濱野の手を「ぱっしーん!」と効果音つきで払いのけ、俺は濱野を叩くふりをする。
「触らないでええあたいは安くないわぁあ!」
「声が男っぽいのに女言葉使わないでええええ!」
その言葉に俺の頭が停止しかけた。
俺は今、男と女の間にいる中途半端な存在。そんな奴は、気持ち悪いんだろうか?
俺はへらへら笑う濱野に「俺って気持ち悪い?」と聞こうとしたがやめた。真面目な答えが返ってくると思えないし、下手に心配されたくない。
俺は濱野と馬鹿な話をして表面は笑っているくせに落ち込んでいた。そんな自分が惨めだった。

レポートを図書館で片付け終わってほっとしていると、吉田を見つけた。
吉田、と声をかけようとしたとき、吉田が女の子と話しているのが見えた。
吉田は俺が知る限り、友達は殆ど居ない。女友達なんているはずがないと思っていたのに、親しそうな様子で
会話している姿に衝撃を受けた。
ふらふらと吉田に近づき、本棚の影に隠れて会話を盗み聞きした。最低だと自覚していた。
「繋は次の講義、取ってた?」
「あ、辞めた。興味なくしたから」
「あー、単位落としたことない人は自由でいいなー。一つくらい単位分けてくれたらいいのにぃ」
「そういう制度が出来たら、ヒカルにやるよ」
ヒカルと呼ばれた女はくすぐったそうに笑う。ふわりとした雰囲気がある、可愛い子だった。
「冗談」
「分かっている」
ヒカルが吉田の肩を軽く叩く。吉田もお返し、と言ってヒカルのおでこをでこピンする。
名前で呼び合っている。親しそう。俺から避ける身体接触を行っている。
俺はめげそうだ。いや、もうめげている。

その日、俺は家に帰るなり寝て過ごした。携帯の電源を切って寝ていたら、夜中に目覚めてしまった。
夕飯も食わないで寝てしまったので、腹が減って仕方が無かった。しかし、覗いた我が家の冷蔵庫も俺と同じくはらぺこ。母ちゃんは春香の小さな胸を育てることに必死で、俺と冷蔵庫は眼中にないらしい。
「かわいそうな冷蔵庫…」
俺は冷蔵庫に抱きつき、互いの不遇を嘆きあった。そんな光景を兄貴に見つかり、兄貴は俺を哀れんで千円札を二枚、くれた。
持つべきは優しい兄だと思った。

俺はコンビニで甘いものを大量に買い込んだ。甘いものは人の精神を救うと俺は信じている。
歩きながら、俺はふと吉田の家を思い出した。俺の家からはちょっと遠いけど、歩けない距離ではない。
へこんだ気分を持ち直すために、無茶なことをやりたくなった。
「待ってろ吉田ー」
俺は小さく呟き、吉田の家を目指した。

吉田の家に着いて、俺は吉田の部屋の窓から不法侵入すべく木に登ろうとした。そこで、木から降りようとする人物と目が合った。
隠れることも出来ず固まっていた俺に、降りてきた人物が「こんばんは」と笑う。
暗い中よくよく見れば、それはヒカルだった。
「あ」
「繋ならまだ起きてますよー」
「あ、ありがと」
「いいえー」
ヒカルは未練もなしに颯爽と塀をよじ登って帰っていった。見た目よりもかなり豪快だ。
彼女のお許しがあるからいいよな、と勝手なことを思いながら俺は木に登り始めた。コンビニの袋が邪魔で仕方がなかったが気合だーと心の中で念じ、なんとか乗り越えた。

窓を開けて入ると、吉田は俺に背を向けていた。上半身裸で、俺はぎょっとしてしまった。
彼女と、やってたんだ…。
「なんだ、ヒカル、戻ってきたのか」
ベッドの上を片付けながら、俺に背を向けたまま吉田は言う。俺はコンビニの袋を胸に抱きしめて、途方に暮れた。引き返すべきだ。だが、動きたくない。
「コンドームならやっただろう。三個じゃ足りなかったか」
コンドーム?
俺はもう、泣きそうだ。
可愛い後輩は、実は男でした。全然不自然じゃない。でも俺は最近まで吉田のことを不気味な妖精だと思っていたんだ。
それが男だったなんて…。女の子を連れ込んでコンドームをおみやげに渡す奴だったなんて…。



後編


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月04日 17:20
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。