無題 2007 > 11 > 25(日) ナガ

「ヒカル?」
返事をしない相手のことを不審に思ったのか振り返った吉田は固まった。
「津田さん、なんでここに」
「お前、コンドームとか、な、な」
俺は混乱し、気づけば目に涙が溜まっていた。ああそうか、吉田、お前はやっぱり男の子だったんだ…。
「…吉田はそういう子だったんだ」
「津田さん、あの、誤解です」
「コンドームおみやげに、お前は」
頭が破裂しそうだった。言っていることも支離滅裂だと自覚していたが、止まらなかった。
「や、や、やってんだよな。そうだよな、お年頃だし、そうだ、お前って妖精の三郎じゃないんだし」
「津田さん、落ち着いてください」
俺の傍に寄って、俺の肩を触ろうとした吉田の手を振り払った。
「触るな…」
言ってはいけないことを言ってしまったと後悔した。性欲なんて誰にでもあるもんで、それは仕方ないことで、何回もオナニーしているような俺が責められるわけがない。
なのに、俺は責めてしまう。

「が、学生なのに、なんで女の子とやっちゃうんだよ。し、しかもさ、お、俺には触らないくせにヒカルには触るんだ」
「津田さん、落ち着いてください。えっと、なんでヒカルのこと知ってるんですか」
同じ学部でしたっけ、と首を傾げる吉田に俺はコンビニの袋を投げつけた。
「ちげーよ馬鹿!」
「声がでかいです、津田さん。外に出ましょう」
「や、やだ」
「津田さん」
いつもの仏頂面ではなく、吉田は困り顔だった。落ち着いてくださいよ、と囁かれ俺は何度も首を横に振った。
やだやだ、やだやだ、落ち着けるかよばーかばーか。
最初はそんなふうに言っていたのに、最終的に俺は本気で泣いた。
不法侵入した挙句に勝手に怒り、勝手に泣き出す俺を、吉田は優しく宥めてくれた。

俺はいつのまにか吉田のベッドの上で、吉田の肩にもたれて座っていた。散々泣いたせいで頬ががびがびだった。
隣に居る上半身裸の吉田は寒いだろうに、服を着るよりも俺と話すことを優先してくれていた。
「津田さん、誤解なんです」
「誤解…?」
コンドームをおみやげに渡すことに誤解もへったくれもあるのかよ、と思った俺の心中を読んだのか、吉田は小さくため息をついて言った。
「ヒカルには、ちゃんと恋人がいます。ただ、二人ともコンドームを買うのに勇気がいって」
「男なら勇気くらい出せよ」
「ヒカルの恋人は教師なんです。高校のときの。だから、おおっぴらに買えなくて」
悪態をついた俺に吉田はあっさりと爆弾を投下する。教師と元教え子のカップル。ちょっと危険なにおいがする。
「あ、そ、そうなんだ」
「ヒカルは、津田さんと同じですよ」
「え」
もしかして、と呟いた俺に吉田は頷く。
「十七のときに女体化しました。そのときに相談に乗ってくれたのがその教師で…、最近、あいつはやっと本懐を遂げられるらしいですよ」
「本懐?」
「セックスできる、ってことです」
俺は思わず俯いた。クソ真面目な吉田の口から「セックス」という単語が出てくるとは思わなかった。妙に居心地が悪い。それでも口を開いてしまう自分が恨めしい。
「まあ、女の子がコンドーム買うのにも勇気がいるしな」
「ヒカルはただ面倒なだけですよ。俺が持っているって知っているから、わざわざ買うより貰っちゃえ、って」
「…そうなんだ」

ヒカルが吉田の恋人じゃないと知ってほっとしたが、また俺はめげる。
コンドームなんて、恋人が居なけりゃ持っている必要性なんてない。つまり、コンドームを持っている吉田は、彼女がいるってことだ。
「…吉田」
「はい」
「彼女、可愛い?」
「へ」
「付き合っている彼女、いるんだろ。コンドーム持っているくらいだもんな」
「津田さん、また誤解していますね」
吉田はちょっと笑ったようだった。肩が少しだけ揺れて、その振動が俺に伝わった。
「俺は彼女なんていません。ただ、コンドームの感触が好きなだけです」
そうですね、と吉田は少し間を置いて言った。
「コンドーム萌え、って言うんですか」
「…その使い方は激しく間違っていると思う」
とりあえず、吉田が意外にもコンドームが好きなことは分かった。
「じゃ、なんで上半身裸なんだよ」
「寒いから体を鍛えたくなるので、筋トレしてました」
「…そうか」
吉田はどこまでも真面目だ。なんだか自分が馬鹿らしくなってしまう。吉田が性欲を持っていることにうろたえてしまったり…。
沈黙が訪れるのを恐れた俺は、ついつい余計なことを口に出してしまう。
「なあ、俺のこと、気持ち悪い?」
「え、なんでですか」
恐る恐る顔を上げて吉田を見ると、吉田は困ったように頬を人差し指で引っ掻いた。
「俺は、津田さんのこと気持ち悪いなんて思ったことないのですが…」

「嘘だ。最近、俺に対して挙動不審じゃん」
「それは…」
「バイクもニケツしてくれなくなったしさ」
「いや…それはですね…」
歯切れの悪い吉田に俺は拗ねた。
「なんだよ、お前は俺のこと嫌いなんじゃん」
「いや、可愛いと思うからです!」
不意に大声で言われ、俺は呆然とした。
可愛い、って言った?
吉田は硬直し、それから一気に耳を真っ赤にした。顔は赤くないのに耳だけ真っ赤で面白い。
「…すみません」
両手で顔を覆った吉田はもう一度謝った。本当にごめんなさい、と。
「…津田さんのこと、尊敬しています。俺にはないことが沢山できる。だから、一緒に居て楽しかったし、でも、
まさかこんな気持ちを抱くなんて思わなかったんです。ごめんなさい」
「いや…」
俯く男の姿が、可愛いと思った。
「吉田、俺のこと好き…?」
吉田はゆっくりと頷く。
「好き、です」
「今、男と女の中間なんだけど、好き?女になるから好きなんじゃなくて?」
「男でも女でも、好きです」

「…チンコついているんだけど、まだ、女の子のアレもちゃんと出来ているかあやしいんだけど」
俺は心臓をばくばくさせながら、言葉をつむぐ。
「俺と、できる?」
顔を上げた吉田は真顔で俺を見、また困ったように頬を引っ掻いた。
「…できる、って何をですか…?」
こいつ俺から言わせる気か、どこまで天然だ、と苦笑しながら俺は言う。
「セックス、って言えばわかるか?」
吉田はゆっくり瞬きをし、それからやっと言葉の意味を理解できたのか肩をびくつかせた。
「つ、津田さん」
「うん」
「それは、本気で仰っているのですか」
なんでそこで謙譲語になるんだろう。
「本気です」
ちょっと前までまで吉田はただの後輩だったのに、俺はいきなり、こいつとならやっていいかな、と思ってしまった。元々考えなしで行動する人間だから、一度エンジンがかかってしまったら止まれない。
「つーか、さっきから、触りたくて仕方ないんだけど」
吉田の胸の筋肉とか鎖骨とか、そういうところが気になって仕方ない。ホモじゃないけど、でも女にもなっていないけど、さっきから俺は発情しているんだと思う。
吉田は沈黙し、動かない。

やっちまったな、と思った。
吉田はひいたらしい。そりゃそうだ。
女性化してきたとはいえ、俺の声はまだ男の声だし、まだ体だって完全に柔らかいわけでもないし、いくら「男でも女でもいい」と言っても、やはり体の関係となると抵抗感があるんだろう。
やっぱごめん、さっきのなし。
そう言って笑おうとした。
「よ」
吉田、と呼ぼうとして吉田が俺の肩を掴んだ。その目は血走っていて、ちょっとだけ怖かった。
「つ、津田さん」
「な、なに」
「本当に可愛いです。響さんは名前だけでもなく、全てが素敵です」
いきなりの褒め言葉に俺はうろたえた。
「あ、ありがとう」

吉田の喉仏が動き、掠れた声が出た。
「でもですね」
「う、うん」
「お言葉に甘えてしたいんですけど」
「すればいいじゃん」
「そういうわけにもいきません。俺、響さんのこと壊してしまいそうです」
壊してしまいそうです、の一言で生々しい想像をしてしまい、俺は顔面が熱くなった。
「だ、段階踏んでいいですかね」
「お、お好きにどうぞ」
吉田の掌が俺の頬を包む。心臓が飛び出そうなくらい、うるさい。鼓動ってこんなに自己主張激しいんだっけ…。
吉田の匂いがする。あとちょっとで唇が触れる―。
ジリリーン!と電話の呼び出し音が聞こえて俺の体が跳ねた。吉田も硬直する。
「こ、これって、で、でんわ」
「あ、携帯です」
「携帯?」
すみません、と謝って俺から離れた吉田は黒い携帯電話を持って俺のもとへ戻ってきた。
「買ったんです。津田さんと、メールしたくて」
携帯を持つ気がないと言っていた吉田のその一言に、俺は泣きそうになった。
マジで、お前は反則。俺はもうお前にメロメロだよ。どうしてくれる。
「ちょっと待っててくださいね」
電話に出た吉田は今取り込んでいるから、とか、うるさい、と言って一方的に切ってしまった。
「ヒカルからです。でも、なんでもないですから」
「うん」
俺の隣に座った吉田に体を寄せる。そっと尻を浮かして、その頬に軽くキスをした。
「…今日は、ここまでな」

すぐに吉田の腕が伸びて、思いっきり抱きしめられた。息が詰まりそうで苦しかったが、同時に嬉しかった。
人間のからだって温かい。
「好き、です」
「うん、俺も」
俺たちは暫く体を離すことが出来なかった。離れてしまうことが惜しかった。

帰り際、吉田が俺の額に軽くキスをしてくれた。
「やっぱりやっちゃう?俺、構わないよ」
そう言うと、吉田はとんでもない、というように首を横に振った。
「いや、その、嬉しいです。ですが、ここでがっつくわけにもいきません」
俺の肩に顔を埋めて吉田は勘弁してください、と嘆いた。
「我慢しているんですから。ここでやったら、俺、体目当てみたいじゃないですか」
「分かった。ありがとうな」
大事にされている、ということはとても気持ちがいいと知った。
「あーお前ちょー可愛いー」
俺は吉田の背中を撫でた。本当に可愛くて、俺はもう、メロメロだ。







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最終更新:2008年09月04日 17:21
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