10 :保守代わりに投下。マジで先が見えない。:2008/05/16(金) 22:25:39.00 ID:yOUIWihO0
俺はため息をつき、昇降口から教室へ引き返そうと靴を脱いだ。牧田が「おい」と不満そうに言うが、俺は取り合わなかった。
「お姫様はここで待っててよ、俺が持ってくる」
「殺す、死ね」
言いながら、それは本気でないと分かる。それくらいの軽い気持ち。なのに、残酷な言葉を吐くのは、信頼しているから。信頼しているつもりなのかもしれないが。
下駄箱に靴をしまわないで俺は上履きに履き替えて教室に戻った。階段を上ったところで、宇宙が居た。
何故か廊下の中央で、立っていた。俺を認めると笑った。
「宇宙」
「どうした?」
「傘忘れた。雨降りそう」
「売店は…ああ、閉まっているな」
ちょっと待ってろ、と言いながら宇宙は教室へ引き返し、すぐに走って俺の元へやってきた。宇宙はいつも俺に優しい。牧田にも優しい。だから、俺は宇宙が嫌われると悲しい。
宇宙の手にはジャージがあった。ジャージの上着を投げ渡され、俺は宇宙を見た。
「どうすんの」
「傘代わり。牧田は途中でバスに乗るだろ」
「宇宙はどうすんの」
「俺は迎えに来て貰うよ、パパがいるんだ、今日は」
宇宙は笑った。
「だから、雨は好都合だ」
俺はそっと宇宙の肩に触れて、すぐに引き返した。
階段を駆け下り、すぐに靴を履いて牧田の腕を引っつかんで走って帰った。
宇宙の「パパ」はヤクザで、血を好む狂人だった。
俺は、泣きたい。
12 :保守代わりに投下。マジで先が見えない。:2008/05/16(金) 22:32:15.11 ID:yOUIWihO0
「痛い!」
牧田が叫ぶ。
「痛い!痛い!フジ、痛い!やめろ!」
「だって、だって」
「フジ!!」
牧田が無理矢理腕を解き、「フジ!」と大声で叫び、俺の頬を叩いた。そこで、俺はやっと立ち止まることが出来た。
「馬鹿!」
頬が痛かった。人の目が集まり、だけど俺は牧田しか見えなかった。いや、見たくなかった。
本当は何も見たくなかったけど。
「宇宙に何があった?」
「…別に」
「宇宙に何も無いのにお前はここまで動揺しないよな?だってお前、宇宙のこと大好きだもんな!」
「違う」
好きじゃない。俺が好きなのは、違う人。
「俺は自分が無力で、それが、いやで」
牧田が腕を伸ばす。暑いからと袖を捲くったために見えた肌は白い。少女で、それでも少年を残している牧田は、不思議な強さがある。
「無力だ無力だってここで言ってたって仕方ないだろ!学校戻るぞ!」
16 :保守代わりに投下。マジで先が見えない。:2008/05/16(金) 22:49:12.03 ID:yOUIWihO0
俺は宇宙のジャージを掴みながら走った。雨が降ってきた。それでも走り、学校に戻る頃にはずぶ濡れだった。
牧田は前は男だったが、女体化現象になって女になった。だけど、中身は誰より男らしい。多分、俺よりも。そして宇宙よりも。
宇宙は過激で、暴力的で、なのに見た目はおとなしい。そのギャップが「中二病」とか呼ばれてしまう。
俺は俺でホモとか呼ばれているが、もう気にしていない。だけど、宇宙が傷つくのは嫌だ。
空っぽの学校で宇宙!と叫びながら探す。宇宙!宇宙!
「うちゅ」
「何やってんの」
宇宙が俺の前に姿を現した。ずぶ濡れの俺を見て、困ったように顔をしかめた。
「お前さぁ」
「だって」
「俺の話聞いていた?」
「だって」
「だってしかいえないのかよ、お前は」
宇宙は「ちょっと待ってろ」と言いながら俺に背を向けようとした。それを、手首を掴んで引き止めた。
「宇宙」
「何?」
無邪気に細める目。大嘘つき。
「なんで助けてって言ってくれないの?俺たちだけに優しくなんかしたって意味ないじゃんか」
それとも。
「俺が頼りない?だから、助けてって言ってくれない?」
19 :保守代わりに投下。マジで先が見えない。:2008/05/16(金) 23:01:14.67 ID:yOUIWihO0
本当はパパが好きじゃない癖に。パパなんて、死ねばいいと本気で思っているくせに。
逃げたいって言えばいいじゃねえか!
「手、ちょっと、痛いっすよー」
「宇宙」
「大丈夫だから」
微笑む宇宙に、俺は悲しくなった。俺の言葉なんてちっとも届かない。俺が女だったら、ちょっとは違ったのかな。
「宇宙」
牧田が後ろからやってきた。振り返ると、静かに首を振った。
「俺もフジもお前が好きだよ、宇宙。恋じゃなくても、好きだよ」
牧田の腕が白かった。雨音に混じって、「手をとって」と言ったか細い声は綺麗だった。
伸ばされた手を、俺はとった。
宇宙は躊躇い、それから俺の手を外して、牧田の前髪にそっと触れた。
「ああ、本当に俺は」
幸福だ。
宇宙がそう呟いた。
雨音が響く中、小さな小さな悲鳴のように聞こえた。
最終更新:2008年09月04日 17:22