『須藤と中崎』(2)

146 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 03:55:16.70 ID:9YQnD6mW0
「お願いします!僕と付き合ってくださいっ!」
こんな思い切った 告白をこんな形でするとは夢にも思っていなかったけど、
たった今、本人の前で口に出してしまったからにはもう引っ込みようが無い。
中学2年の7月。僕が女になってから半月後の、宿泊合宿の事だった。

当初、中崎と僕の間柄がそう変わったわけではなかった。
あの翌週から僕は今までどおり、男子学生服を着て登校した。母さんは勧めたが、セーラー服は作らなかった。
いや。本当はこの辺の話にも色々なトラブルがあったのだ。従姉妹の御下がりが黒猫で届いたり、美容室でストパーかけられたり…。
僕の頑固な針金頭の前にはさすがのストパーも何の効果も無かったのだけど。

極力、僕は男として生活した。
少し僕を今までと違った意識で見ているのはなんとなくわかったが、クラスの男子もだんだん元通りに接してくれるようになった。
流石に僕の前で好きな女子の話とか、エロい話をするのは中崎でさえ控えるようになったけれど、僕自身、もともとそー言った話に首を突っ込まなかったし、
男同士の交友関係はたまに僕が女になったことを軽いジョークにしたりする程度の変化しか無かった。
男子バスケ部をやめたので部活の友達でクラスが違う奴とは一気に疎遠になった。
一方で女子バスケの先輩とはかなり仲良くなったが、女子バスケ部には入らなかった。

大きな変化がおきたのは女子の態度のほうだ。





151 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 04:43:42.78 ID:9YQnD6mW0
まず僕は、女子の間で3日と立たずいじられキャラが定着した。
一番最初に男子制服で学校に来たとき、どうしていいかわからなくなったことが一点あった。
例のトイレ問題だ。前回のこともあって男子トイレに入るのも気が引けたし、かといって女子トイレは…。
二つのトイレの前でちょっと困ってたそんな時、強引に女子トイレに僕を引きずり込んだのが谷脇さんだった。
谷脇さんは僕よりちょっとだけ背が低くて割とアクティブな女子でありとあちこちと仲良くできる、少し世話焼きな子だった。
谷脇さんとは以前、文化委員で一緒だったので割りと話をしたこともあるが、それ以外ではまったく話したことが無かった。
お節介すぎるといわれることもあったが、それとなく性格もいいし、それなりにクラスの中でもかわいかったので、男子の話の中でもたまに名前が挙がる女子の一人だった。

さておき、女子トイレと言うのは、完全に男子トイレとはまったく異質な空間だった。
便器の汚さとか、そういうことのは案外どっちもどっちだったけど、その空間の用途がまったく違う。
休憩時間には手洗い場の部分、(スリッパに履き替えなくていい場所)に常に4,5人の女子が屯して談笑していた。
特に人に聴かれて困るような話はしてなかったみたいなんだけれど、流石に僕がトイレに入ってくると、
とたんに話をやめたり声を潜めたりして、こっちをちらちらと見てくるので、正直トイレに行くのが嫌だった。
2日目か3日目くらいに、ちょうど手を洗って外に出ようとしたとき、雑談所に居た谷脇さんに声をかけられた、
「須藤君。生活、だいぶ慣れた?」
慣れた?と聞かれるほどまだ変わったつもりも無かったと言うか、変えるつもりはなかったのだが、それとなく苦労してるのでとっさに答えられない。
どもってる僕に女子たちは次々と質問を投げかけてきた。女子と面と向かってまともに話したことが無かった僕はどういう風に返答していいのかわからず、
あっという間に弄られる立場に転落し、昼休みトイレから出てきたときには肩下までのぼさぼさ髪が2本のおさげにされていた。
男子学生服に2本のおさげ。疲れた僕の顔を見て中崎は大いに笑って「くそにあわねぇw」といった。僕もそう思う。
以来、どんなにうっとうしくても髪を三つ編みにだけはしないことにしている。
ちなみに、この日から僕は女子の間で「りょーちゃん」と呼ばれることになる。詳しい経緯は言わないが、なんとなく察してもらえれば幸いだ。
谷脇さんには色々お世話になった。髪の纏め方からトイレの使い方にいたるまで、いろいろなことを教わった気がする。





154 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 05:17:21.48 ID:9YQnD6mW0
僕は放課後、よく女子バスケ部の更衣室でジャンプ読んでいた。
時期的に日が落ちるのが遅いとはいえ、部員が女子ということもあって部員達は暗くなる前に少し余裕をもって帰らせられる。
女子バスケ部の主将、大岸先輩は昨年の秋まで男子バスケ部のキャプテンだった。
流石に中学で女性化している人の数はそう多くない。
僕は13歳で女性化したが、これはかなりイレギュラーなことだ。
先輩は僕の身近なところに居る人間で、唯一同じ立場に居る人間だ。

7年前に突如として始まった女性化現象。主に15~18歳の頃に起きると言われてる。
先進国だけを突如として襲ったこの謎の現象は、医学的にも未知の部分が多すぎて、各国が共同で研究をしている真っ最中だ。
「性交渉を経験している人間はきわめて女性化しにくい」と言うのはどこの国でも言われていることだが、どの国も正確な統計を取れずにいる。
おおむね間違った話でないことは確からしいが、事が事だけに各国政府は確証も無い中で安易な措置に出るわけにも行かず、女性化には具体的な歯止めがかからない状態なのが実情だ。
そのため、治安・風俗・その他モラル等の低下、少年犯罪の増加等、先進国が抱えている今一番頭の痛い問題が「青少年の女性化」であることくらい、中学生の僕でさえ知っている。
こと日本においては、現象の勃発により国会内での女性の権限が一気に上がり、与野党がひっくり返ることは無かったが、右翼的な政権はかなり旗色が悪くなり、女性の人権の尊重だとか、乱交の防止とか、どんどんわけがわからない方向に走っている。
政府の対策は遅れに遅れ、20代の男女比は女性が68%、3年後には10人に3人しか男性が居なくなるというとんでもない話だ。






155 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 05:51:45.96 ID:9YQnD6mW0
女子部員がどやどやと入ってきたので僕は更衣室から追い出された。いや、……僕はまだ何かとそー言う扱いを受けている。
大岸先輩はクールダウンのため解散後もしばらく運動したりストレッチをしたりしていた。
ほとんどの部員が着替え終わった頃に先輩と一緒に更衣室に入っていろいろと話をする。
女性として半年ほど先輩でもある大岸先輩は谷脇さんとは違い、どちらかと言うと、ストレスをどう発散するかとか、
女性化してからの交友関係をどうすべきかとか、そういったカウンセリング的な話をしてくれる。
経験からのあれこれをいろいろと気をつけるべきこととか聞くとかなり参考になって助かるのだけれど、
割と人目を気にせず女の体のことをかなり露骨にいろいろと表現するのにはむしろこっちが赤面だったりする。
今の大岸先輩は言うのもなんだけれど並みの女子よりも美人だと思う。男子バスケ部のキャプテンだっただけのこともあって身長は170代、僕みたいにぼさぼさでない黒髪は短いけれどとてもきれいだ。
出るとこがでて引っ込むところが引っ込んでる女子バスケ部で一番プロポーションがいいんじゃないだろうか。
「須藤。お前髪染めたか?」
「いや、染めてませんけど…。」
「ふーん。…ちょっと茶色くなってきた感じだな。ぼさぼささえ直れば案外可愛いくなるんじゃねぇの?」
とか案外めちゃくちゃなことを言いながら、セーラー服に着替える先輩。……ブラをつけてパンティをはいてる。
その着替えをジャンプを読みながらちらちら見てる自分は死ねばいいのに…。漫画がぜんぜん頭に入んない。





158 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 06:18:43.59 ID:9YQnD6mW0
先輩は普段セーラー服で生活している。…かと思うとある日突然「洗濯が間に合わなかった」と男子学生服で来たりする。
当事者はひどく真面目だが、傍目から見ると結構謎めいた変な先輩なのだ。
いや、先輩は何をきても似合うからいいのだが、僕がセーラー服を着てるのはちょっと想像できない…てゆーか痛々しい。
「さっきの話だけど、大喰いなら今の時点で気にすること無いんじゃないか?微熱はまだでてるんだろ?」
「はぁ。37度台ですけど…。」
「じゃ、むしろ喰ったほうがいいな。それって体が作り直されてる証拠だから、その時期に食わないと一生後悔するぞ。」
「あー…。なんとなくわかります。」
「俺なんか、給食だけじゃ腹が減ってどうしようもなかったから毎日弁当持ってきて喰ってたぞw足りなかったけどなwwっ!」
「いや、……流石にそこまでは……。」
「口内炎とか貧血とか立ちくらみとかできてたらまだ栄養不足の証拠だから、気をつけたほうがいいぞ。」
あ。まずい。全部心当たりがある。
「後、筋トレは絶対にやったほうがいい。女子になると筋力落ちるって勘違いしてる奴がたくさん居るけど、体作り直される過程で筋力落ちてるだけだから。その時期って結構体力的にも精神的にもきついけど、ちゃんと筋トレしたら男のときにも負けないしっかりとした筋力がつくから。まぁ、ムキムキマッチョにはなかなかならないけどな!」
「そ、そーいうもんなんですか?」
「うん。俺も女子になって57キロくらいまで体重減ったけど、それを差し引いても跳躍力とかかなり上がってるな。ストレッチも大事だぞ。体硬くなっちまうからな。」
「えー…。今の先輩はぜんぜん力があるようには見えないですけどねぇ…。」
「自分で言うのもなんだけど、まだまだ結構自身あるぜ。この前、腕相撲で横河に勝ったしな。」
横河と言うのは、現男子バスケ部のキャプテンである。どっちかと言うと力強いと言うよりひょろっとした感じの先輩だが、
それでも腕相撲で勝つって言うのは容易なことじゃないはずだ。
「まぁ、女バスに入りたくないってのは俺的には残念なんだけど、いつものウォームアップとか背トレとかストレッチとか……後、インナーまっするを鍛える類のはやったほうがいいと思うぞ。今その時期に筋トレとか栄養摂取サボったらマジでとりえしつかないからな。よく聞くだろ?女性化して歯がぼろぼろになった、とか言う話。アレは栄養不足のわかりやすい例だな。」
「うぁ…。」
「……そー言うことだよ。」






161 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 07:12:36.44 ID:9YQnD6mW0
一通り、着替え終わった先輩は荷物をまとめ始めたのでジャンプを返した。実は先輩の私物だったりする。
先輩はカバンにジャンプを入れながら話した。
「あぁ、あと、男の時にやりたかったことで、まだやれることがあるんだったら今のうちにやっといた方がいいぞ。」
「へ?……どういう意味っすか?」
「お前は体もまだ塩ビ管で特に『変わった』ってことを意識してないみたいだからわからないかもしれないけどな。」
「ちょ。塩ビ管ってどういう意味っすか?
「体がだんだん女っぽくなるのと同じように、考え方とか、中身のほうもだんだん女っぽくなっていく気がするんだ…。」
大岸先輩はそこでふぅーっとため息をついた。
目元に以前の面影があるその美人な顔はいつに無く深刻だった。

「……俺、最近自分の性格が女になってることを痛感するんだよな。」

…ウソだ。絶対にウソだ。

先輩は僕の顔を見てくすっと笑った。
ショルダーバッグを提げて、更衣室出入り口の近くに無造作においてあったパイプいすに座っている僕に近づいて、僕のボサボサ髪をさらにぐしゃぐしゃにした。
「ともあれ、男の頃にやりたかったことは中身が男のうちにやっておいたほうが良いぜ。」
僕は先輩と体育館を出ながら、色々と考えていた。
何かやり残した大事なことがあっただろうか、決定的なやり残し。
やりたかったことがあっただろうか。
色々あったような、無かったような。
男としてやりたかったこと。なおさら漠然としてちっともイメージがまとまらない。
男として……男として……





162 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 07:13:35.21 ID:9YQnD6mW0
「先輩!」
「ん?」
僕は思い切って先輩に聞いたのだった。
「先輩が男としてやりたかったことって何ですか!?」
「……。」
その時、先輩の顔が少しさびしそうに見えたのは気のせいじゃないと思う。
先輩がもう一度口を開くまで、もう数秒かかった。
「そうだなぁ。……バスケで大会制覇をしたかったなぁ。」

女子バスケ部はたとえ僕が入っても試合に出るにはまだまだ人数が足りない。
それに、そんなにレベルの高い部員ばかりじゃない。
女になってしまったことで、大会制覇の夢は崩れ去ってしまったのだ。

「まぁ、バスケは高校に入ってからでもできるしな。」
そう自分で自分の発言をフォローした先輩だったが、目はどこか遠くを見ているようで、
僕は、まだほかに先輩にとって大事なやり残しがあったんじゃないかと思った。
なんか、僕達の周りには大岸先輩が一番嫌いな中途半端にしみったれた空気が漂っていた。
「…すいません。先ぱ――」
そこまで言った時、先輩の腹の虫が激しく鳴いた。
「おぉーっ!腹減ったなーっ!」
と、大きな声で先輩。
「マック行くか。マック。驕るぞ。」
「え、まじっすか、いや、行く分には構わないですけど、僕の分は僕が…」
「いやいや、驕るっつてんだから!遠慮すんな!」
「あの、でも、僕、さっきも言いましたけど、一度食べ始めると止まんなくなるんで…」
「あー。ダイジョブ!ダイジョブ!必要な栄養全部とる気で喰え!」
「いや、それはちょっと……。払いますよ。」
「おごるっつってんだから驕るの!女に二言は無い!」





163 名前:名も無きFLA屋 ◆upb/RTungI [] 投稿日:2007/07/19(木) 07:14:23.43 ID:9YQnD6mW0
「……なんか先輩、男の頃よりはるかに気前が良くなって、……ていうか、金遣いが荒くなってません?」
「あー。そりゃまぁ。あれだよ。年頃の女の子は何かとお金がかかるからな。」
先輩は笑いながら僕の頭をおもいっきりぐしゃぐしゃにした。

「……可愛い娘に馬鹿な親父がこづかい弾んでくれるんだよ。」
先輩は楽しそうだった。


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最終更新:2008年09月04日 17:28
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